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生物と映画と政治とマレー・インドネシア語にうるさい大学生の戯言

映画1 「ブラック・スワン」

2011-06-06 01:24:00 | 映画
 ずっと気になっていた「ブラック・スワン」をついに鑑賞してきた。予想以上の、凄まじきゲテモノ映画だった。
 (以下、ネタバレを含みます)
 
 ストーリー自体は、ナタリー・ポートマン演じるニナがバレエ「白鳥の湖」の主役に抜擢され、一人二役の白鳥と黒鳥、特に邪悪な黒鳥を演じきるまでを描くシンプルなもの。ただ、その描き方がひたすらに恐ろしい。登場人物にまともな人間は皆無だし、何より演出の過剰さが常軌を逸している。手ぶれ長回し撮影の多用、関節の音や息遣いなど生々しい音のこれでもかという誇張、何かにつけて現れるエロなど、挙げげだしたらきりがないが、一番はホラー演出だろう。鏡の像は勝手に動き、ドアを開ければ危険人物が登場する。幻覚はもはや日常茶飯事で、ニナは後半で変な薬を飲んで以降、エクソシストもびっくりな超常現象の嵐に見舞われる。R15指定だが、18にしたほうがいいんじゃないか?(笑)
 
もともとシンプルなはずの話に、不安をあおる演出を加えてスリルとサスペンスを引き出すのは「サイコ」などヒッチコック監督作品と似ているが、この作品のあおり方は「サイコ」の50倍くらいだ。これだけ非現実的な演出を押し出しながらも観客をしらけさせないのは、白鳥の湖を構成する重厚なクラシック音楽と、高速のテンポで進む脚本のなすすさまじい勢いがあってこそのもので、全く気が抜けなかった。猛毒演出の中でも存在感を発揮したナタリー・ポートマンの演技も相当なレベルで、クライマックスの狂気に満ちたダンスシーンには圧倒されてしまった。
 
 ただ、勢いと激しさで見せる映画だけあって、突っ込みどころも多い。一番の欠点は、優等生の白鳥タイプだったニナが黒鳥へ変貌する過程がとても曖昧なことだ。確かに、執拗な嫌がらせや親との対立、ここに書けないようなあれこれを通じて負のエネルギーはたまっているのだが、すべて周囲の人間に流された結果に過ぎず、自ら進んで黒鳥の世界に足を踏み入れた明確なシーンがないのである。監督としては終盤での一件がきっかけだと言いたいのだろうが、それもほとんど事故のようなもの。直後のポートマンの表情もぎょっとするようなものではなく、前半の洗面所で見せた怖い顔のほうがよほど凄味があった。ニナは結局、白鳥から脱せていないように思えてしまう。これでもかとばかりのあおり演出でごまかされているが、主人公の成長と変化を描く点では致命的だろう。同級生は「要するに薬はダメって映画だろ。適当だよね。あとニナがむかつく」と厳しめの評価をしている。

 また、終始凝った演出をしているにもかかわらず、ラストの白鳥が身投げをするシーンで、ステージから下のマットへ落ちるポートマンが単なる上からのスローで撮影されている。あまりにオーソドックスで、拍子抜けしてしまった。そしてこれだけえぐいものを見せられても、終わってみれば何も残るものがなく、いつも通り電車内で本を読みながら帰宅し、その後勉強できてしまった。頭が真っ白になって電車で爆睡してしまった「2001年宇宙の旅」や、後味の悪い絶望で萎えてしまった「冷たい熱帯魚」のような後を引く印象がなかった。

 結論として、この映画をホラーとしてみるなら、文句なしの傑作である。しかし、主人公が狂気に支配される恐ろしさといった要素を重視するならあまりに非現実的、雑だと見ることもできる。広告を見る限りでは後者のほうが重視されている気がするので、手放しに評価はしづらい。ただ、これだけハードな内容で、公開から1カ月近くたっているにもかかわらず、劇場を満員にする数の観客を呼び、息もつかせぬ展開で釘付けにし、終了後には「何これ」「やばい」「疲れた」と一言いいたくなるようなパワーを持った怪作であることは間違いない。是非劇場で、この不気味サービスのオンパレードを味わってほしい。そして、こんな自分につきあって鑑賞してくれた同級生に感謝。

 個人的評価:☆☆☆☆

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