エースSHの離脱。リーグ戦も大詰めを迎えて、チームに訪れたのは『緊急事態』か、いや『新たなる衝撃』だった。目標に王手をかける大きな白星の立役者となったのはSH山戸椋介(社3)。代役? ナンバー2? もはや、そんな枕詞を誰がつけられよう—
■山戸椋介『シンデレラストーリーは必然に』
お互いに顔をくしゃくしゃにさせながら、試合終わりのゴール裏へと歩いていく。肩を取り合っていたのは山戸椋介と徳田健太(商3)の3回生同士、ポジションをSHと同じくする二人だった。
やがてクールダウンが終了して、報道陣が山戸を取り囲む。いましがたピッチ上で描かれたシンデレラストーリーに注目が集まった。
事態は急転した。リーグ戦も終盤に差し掛かった11月15日の第5節・立命大戦。激しい試合のなか、SH徳田が負傷した。手術を要するほどの症状で、その日の時点では復帰までに数週間はかかる、急いでも大学選手権か、などの見方が取られていた。
とはいえども、次の試合は翌週に迫っている。少なからずのざわめきがチーム内に広がった。
なんせチームの枢軸を担ってきた存在である。プレースキルの高さは言わずもがな、一年生次からトップチームに君臨、U20日本代表を経験し、今季のリーグ戦では関西ラグビー協会が選ぶマン・オブ・ザ・マッチに2試合連続で受賞されるほど。ここにきての負傷離脱は、痛手と見て当然だった。
一方でエースSHが抜けたいま、こちらも当然に白羽の矢が立った名前があった。これまでの試合にてリザーブとしてベンチ入りを果たしていた山戸である。
「特別、Aチームの先発だからと、いつも以上に考えずにはいました」
11月23日、第6節・同志社大戦にて『9』番を着けた山戸は堂々とフィールドに足を踏み入れた。ジュニアリーグでは先発を任されていたが、Aチームでスタメンは初めてのこと。
これまでの途中出場では限られた残り時間を突っ切ることだけを考えていた。では、スタメンのときは。キツさ自体は同じでも、時間が経つにつれて馴染んでいき、やがて本人曰く〝ランナーズハイ〟のような状態になるのだという。
試合前、チームメイトたちには「80分間、持つかな」なんて漏らしていた。だが大一番で、彼自身がそんな疑心を吹き飛ばしてみせる。
開始早々、試合の流れがどちらにも往きかねる時間帯。先手を打ったのは鈴木組だった。敵陣も深くはポスト下、ディフェンス網を割ってゴールラインへ山戸が飛び込む。が、がっちりと足を掴まれており、こぼれたボールにノックオンの笛が鳴った。逃した決定的チャンス、それでも—
「きわどかったです。けど、あのノックオンでいい意味で吹っ切れて。取り返そうと」
前半、同志社大は積極果敢に攻撃を展開。元気な状態の相手を見定めたSHはチームにリズムをもたらすべくボールを配らせる。「そこで関学がアタックに消極的になったら、いままでやってきたことが無駄になる。相手を疲れさせるためにもアタックし続ける」
そうして前半25分、待望の先制点が挙げられる。ボールを持った山戸がゴール手前で相対した相手FBをステップで交わす。最後の砦を華麗に切り裂き、トライを奪った。
ポスト裏へボールを置いた山戸のもとへ一斉に駆け寄る仲間たちは喜びを隠し切れない。観客席の応援団たちも総立ちだ。その歓声のなか、当の本人は。
「あまり覚えてないんです。。。無意識にプレーしてて。歓声も聞こえず、無我夢中でした。
コンバージョン蹴ったときくらいに…歓声が聞こえました」
喜ぶスタンドから、フィールドを駆け回り先制点を我が手で獲得した背番号『9』の姿に感情を押さえ切れずにいたのは、他でもない徳田だった。序盤のあわやトライというシーンから泣きそうになっていたという彼の涙腺は、このとき決壊した。
同期で同じポジション。SHという一つしかないポジションで、スタメンを飾るのはレギュラー争いを勝ち抜いた一人だけ。ウエイトトレーニングも一緒に入るなど切磋琢磨してきた関係を徳田は「頼りになる大きい存在です」と話す。自分が離脱し、そこに就いた同期の活躍ぶりに心を打たれていた。
ピッチ上で体現した鈴木組のSHとしての役割。トライもさることながら山戸は80分間、チームに攻撃のリズムをもたらした。それは「テンポにパス、徳田にひけをとらなかった」と主将・鈴木将大(商4)が目を丸くさせるほど。もっとも「全然心配してなかったです」と笑ったキャプテンの期待に存分に応えるプレーだった。
「初スタメンなんで不安の方が大きかったです。練習で不安を少しでも減らしていくしかなかった。そこは意識して」
そう語る山戸本人が抱いていた不安を挙げるとすれば、徳田が担っていたトライ後のコンバージョンキック。ただ、それも横に頼もしい先輩が寄り添っていたことで、緊張も和らいだ。ジュニアチームも含めて、ともにキッカーを務めていた野崎勝也(経4)がキックティを持ち運ぶ補助係に。コンバージョンの際には「楽に蹴り」と声をかけてもらい落ち着いて蹴ることができたという。
1トライに3ゴール、まさに大車輪の活躍で同志社大から勝利を奪う立役者となった山戸。自身が不安していたプレー時間も終わってみれば80分間を走り切った。「終わった瞬間は勝てて良かった、が大きかったです」
安堵に浸りながら、仲間たちが待つスタンド正面へ。すると、目に飛び込んできたのは、目頭を熱くさせている徳田の姿だった。その涙につられて、山戸も熱き涙が溢れ出た。二人で肩を組み、クールダウンへと向かう。囲うようにチームメイトたちも歩き、80分間の戦いを讃え合った。
かくして、チームが関西制覇への切符をかけた大一番で、シンデレラストーリーは綴られた。
監督に続いて、記者たちが殺到した山戸は「人生で初めてで、何言ってるか分かってなくて。テンパりながらも、しっかり話せたかな」と、そのときの様子を振り返る。その姿を見ながら、目元を赤くした徳田は口にした。
「やりすぎ…出来過ぎです(笑)。ほんと良かったです」
笑みを含ませ、おどけた表情を浮かべたが、喜びと驚きと、そして少なからずの危機感がエースSHの胸に芽生えたか。「来週にはいけるかも」と徳田は早々の復帰を明言し、取材陣の要望もあって、山戸との2ショット撮影に応じていった。
自分たちのラグビーをピッチ上で実現することにおいて、攻撃にリズムをもたらすSHの存在。欠かせないピースがまた一つ、ここに誕生した。
しかし、その表現ももはや失礼かもしれない。己の立つフィールドで、いつどんな場面でも態勢を彼は整えていた。突然ともいえるスタメン抜擢にも、平常心で自分のプレーをやってみせた。
「関学のSHは徳田だけじゃないということを証明できました!…ちょっと調子乗るんですけど…(笑)」
生来の性格からか謙遜し、山戸は微笑んだ。いやいや、断言しても構わない。それにふさわしい活躍を、君はしたのだから。
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