血気盛んな司令塔がボールを持ち出し、攻撃を仕掛ける。外へ開く、と思いきや背後からその進行方向とは逆に駆け込んでくる大きな影が。CTB金尚浩(キム・サンホ/総政4)の加速がいよいよ止まらない。この男、デコイにして、脅威につき。
■金尚浩『Can't stop,Won't stop moving』
ロッカールームに引き上げて、スパイクを脱ぎながら、何やら軽快に口ずさんでいる。
「Shake it off,Shake it off~」
どうやら人気の女性シンガー、テイラー・スウィフトの新曲『Shake it off』のメロディ。チームの勝利後とあってか、キム・サンホは上機嫌だった。11月1日、リーグ第4節の試合終わりに、彼は自身のパフォーマンスについて話した。
「CTBとしての動きが分かってきた。SOとか、BK内での連動は出来るようになってきたと思います」
ラストイヤーにして本格的に取り組んだ、新しいポジションへの確かなる手応え。彼の大学4年目は長期のリハビリから始まった。春シーズンの終わりに復帰するも、夏を前に別の箇所を負傷する。菅平合宿では少しだけの試合出場に留まり、完全復調まで2ヶ月あまりを要した。
それでも自らの役割を明確に思い描きながら、リーグ戦へ挑んだ。「一番良い状態で臨めている」と語ったサンホは戦いのなかで、その使命を徐々に色濃く、ピッチ上で体現していくのである。
開け—
そうコールがかかったのは10月5日の関西大学Aリーグ開幕戦も前半20分の場面。相手がオフサイドの反則を犯しプレーが一旦、区切られる。マイボールでリスタートを切るにあたって、SO清水晶大(人福2)は一瞬の隙を見逃さなかった。
左隅を見ると、相手プレーヤーはしゃがんでいたり、よそみをしている。ならば、と外に構えるWTB中野涼(文3)、そしてサンホにむけ「開け!」と叫んだ。
相手のディフェンス網の整備を待つわけもなく、そこから大きく振られたパスは、最後サンホの元へ渡る。
「自分の得意なライン際。ボールもらった瞬間に、コースが見えて、これイケるな、と」
リーグ開幕戦、「何が何でもトライを」と狙っていたサンホは自身第一号を挙げる。それは、もとに就いていたWTB時代の彼を彷彿とさせるプレーだった。
大型プレーヤーの活かし方において、アンドリュー・マコーミックHCが発揮する相馬眼。WTBからCTBへコンバートした松延泰樹(現東芝/商卒)に代表されるように、配置転換によってBK陣にさらなる攻撃的エッセンスをもたらしてきた。その点でサンホのCTB起用は、十分に考えられるプランでもあった。(事実、3年生の春シーズンでCTBに取り組んだことも)
ポジションを変えても、トライへの嗅覚と意欲は変わらなかった。そのことを証明したオープニングゲームでの一撃。
それらのソフト面はサンホの強みではあるが、やはり魅力的に映るのはハード面だろう。チームのBK陣でもひと際大きな体格と、それをもってして繰り出される豪脚。その武器の活かし方はWTB時代と今とでは少し違う。自身の役割を交えてサンホは言う。
「WTBのときはお膳立てされていた。いまは逆に、それを作ってあげないとダメで。抜けそうにないところでも何とかこじあけて」
それまでは味方が相手ディフェンスを崩し、大外へいるサンホへボールを渡らせていた。そうしてトライを決め切るのが役割だった。いまは、そのシチュエーションを作ることが求められている。大型プレーヤーとして、スピードに乗り、防御網に風穴をこじあけること。
「起点になるのが一番の仕事」ときっぱり述べ、不敵に笑いながら彼は口にするのである。
「僕が来るのが、相手も嫌がるだろうし、ね」
サンホのビックヒットから生み出される好機。目に見えて効果的なそれは、そのぶん彼の存在を明るみにしている。開幕戦ですら、敵チームは激しく、この大型CTBに執着してきたという。「だいぶ相手のマークが強くて」と試合後には語っている。それでも「地道に身体をぶつけて。愚直にボールをキープし続けたら」と前に突き進むことだけを見据えていた。
〝活かされる側〟から〝活かす側〟へ。その決意は最後のリーグ戦で確固たるものとして、サンホの胸にある。
確たるものといえば。これまでに積み重ねてきたハード面の強化を、リーグ戦の半ば、彼はこう説いていた。
「身体の芯の強さは前提として必要でして。
外までボールを回して、ディフェンダーが前からやってきて『外は無理だ』と思ったときに、内に切り込むんです。相手としては弱い方の肩にプレーヤーがくるので、タックルにもいきにくい」
『ナイフ』というキーワードで称されるその動作で、敵との衝撃はむろん生じるが、それを制する強さはチームとして備わっている。スピードも強さも持ち得るサンホとあれば、いっそうにである。
「WTBからCTBになってボールを持つ機会も増えて。自分はコミットしてナンボですから!」
そう語気を強めた彼の、なんとも頼もしきことか。
リーグ戦を経て、円熟味を増す『CTB金尚浩』。それはチームが目指す頂への挑戦権を得た大一番で存分に発揮された。11月23日、宝ケ池球技場で行なわれた第6節・同志社大戦。ゲームの流れを引き寄せた転機があった。
序盤から一進一退の攻防を見せた試合は、しかし互いに自分たちのミスで攻め手を欠いていた。まずは外に展開しようと踏んでいたチームも、予想以上に押し上げてくる相手のプレッシャーがあってか上手くボールをつなげられない。そこでピッチにいたBK陣、なかでも4回生を中心に修正を施した。内に切っていこう、と。
すると、面白いようにこの転換がはまった。ディフェンスラインを次々と突破するBKたち。前述のナイフも、文字通り防御網を切り裂く一手となる。「練習でしてきたこと。強みでもあるし」と、その切れ味にサンホは得意気な表情を浮かべた。
そして彼自身の動きも切れ味十分だった。〝司令塔〟SO清水とのコンビプレー。
「アキは自分からいくタイプで。相手はそこに釘付けになる。
僕がそこに入ることで、相手はどこを見たら分からんようになる」
清水は果敢にラインブレイクを図っていくタイプ。彼がボールを持てば必然に相手の視線は集まる。そこにサンホが、ときに交差するような動きで駆け込む。ボールを受け取り、サンホがキャリアとなれば、自身の「シンプルに強さと速さ」を繰り出す。
突破力のある彼がプレーに絡んでくることで、相手はそちらも警戒しなければならなくなる。が、清水がボールを持ったままの選択肢もある…。
同志社大戦では、幾度とこの場面が見られたのである。そうして清水もサンホもビックゲインを見せた。コンビネーションの相方、若き司令塔との連携を踏まえて、サンホは改めて自らの役目を話した。
「僕をダミーとして使っていくという。『抜けてトライ』じゃなくて、『僕が起点に』です。そうして、BKが機能していると」
WTBとしてのトライゲッターから、ポジションを移し、自らに課す使命は変わった。アタックの起点に、本人曰く『デコイ=囮』役を買ってでて、フィールドを駆け回っている。だが、そのさきのインゴールを目指すという姿勢は変わらず、ましてや、より強くなったとさえ感じさせる。
「やってきたことを出せば、トライも取れるしディフェンスもできる。
いまCTBで試合に出ている4年生は僕だけで。今年からCTBやのに、『オレらの分も』ってメールくれたりで。そいつらの気持ちを背負って、身体を張って。負けられないなと」
そう意気込み試合を戦うサンホは、シーズンの佳境へと挑んでいく。これからは相手のマークも厳しくなるだろう。それでも、強い意思と肉体をもってして—
試合が終われば、口ずさんでいるかもしれない。テイラー・スウィフトの曲の歌詞を。
【But I keep cruising,Can’t stop,won’t stop moving】
キム・サンホは止まらない、誰にも—止められない。