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Tedのつゆ草の旅

母校関西学院ラグビー部とアメリカンフットボール部の試合を中心に書いているブログです。

人間の倫理

2009-11-12 23:34:44 | 日記・エッセイ・コラム

人間の知識はキリストの誕生からルネッサンスまでの1500年で、倍になった。

ルネッサンスからフランス革命の間でも2倍になった。

フランス革命から自動車が誕生する産業革命の絶頂期にかけてさらに2倍になった。

そして最近では2年ごとに倍増している。

しかし昨今ではそれと同時に道徳の分野は進化していない。

人類の技術的能力が、倫理的能力を大きく引き離してきたのである。

一昨日逮捕されたイギリス教師死体遺棄事件や島根県立大学性殺傷事件、鳥取結婚詐欺事件等々など日本国内では人を人だとは思わない思想が発生しているのである。

今や知識より人間の原点に戻り地球に住む70億の住人に倫理に相当するものを考えださなくてはいけないだろう。


今日の株価

2009-03-10 17:09:26 | 日記・エッセイ・コラム

10日の東京株式市場で日経平均株価は小幅に3日続落。

終値は前日比31円05銭(0.44%)安の7054円98銭でバブル経済崩壊後の安値を連日で更新した。

1982年10月6日(6974円35銭)以来の安値となる。

前日の米株式相場の下落に加え内外の景気悪化懸念を背景に継続的な売りが出て総じて安い水準での推移が続いた。

一方では、公的年金とみられる買いの思惑が引き続き下支え要因となり下値も限られた。

東証株価指数(TOPIX)も3日続落し、終値は前日比7.03ポイント安の703.50と連日でバブル後安値を更新。1983年12月以来、25年3カ月ぶりの安値を付けた。

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花園ラグビー場で試合の後で流れる歌「ノーサイド」
 
【オリジナル曲 歌手:麗美】
http://www.youtube.com/watch?v=bzUcIDHKc7Q

【松任谷由美】
http://www.youtube.com/watch?v=ZZFoJ2-vm8I&feature=related

【キンモクセイのノーサイド:僕のお気に入り】
http://www.youtube.com/watch?v=1p_SqgQGkIs&feature=related

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キリスト教について

2006-05-16 20:56:00 | 日記・エッセイ・コラム

一口に「キリスト教」と云ってもその中にはいくつかの流れがあります。

これを「教派」と云います。

それは大きく分けると三つです。

1.は「ローマ・カトリック教会」です。
 ローマ教皇を頂点とした全世界的な組織を持つ教会です。

2.は「プロテスタント教会」です。
 16世紀にマルチィン・ルターらによって行われた「宗教改革」によってローマ・カトリック教会から分かれた流れです。
私はこの教会の教徒です。

3.は「東方正教会」です。
「ギリシャ正教、ロシア正教」とも呼ばれます。東京のお茶の水にある「ニコライ堂」が有名です。この教会はヨーロッパの東方、ギリシャや小アジア(現在のトルコ)地方で育ち後にはロシア、東欧に広まっていったキルスト教です。

これら三つの流れに分けて人口を調べてみると世界全体ではカトリックが6億3千万人、プロテスタントが3億7千万人、東方正教会が6千万人となっています。

日本ではカトリックが39万人、プロテスタントが70万人、東方正教会9千万人とあんっています。

世界全体ではカトリックが多数ですが日本ではプロテスタントが多数なのです。

私達のまわりにはキリスト教と名乗っていても実はキリスト教とは全く違う「キリスト教系新興宗教」がいくつかあります。

○「エホバの証人(ものみの塔)」                         この人々はイエス・キリストが神の独り子、即ちまことの神であることを否定しています。それを否定したらもはや「キリスト教」ではありません。この団体は聖書を非常に偏った仕方で読んでいます。それ故に「輸血の拒否」などと云う非人道的なことが「聖書教え」として説かれるのです。
○「統一協会(統一原理)」                             この団体はイエス・キリストによる救いが不十分であったと主張しそれを完成させる「救い主」として韓国の「文鮮明」を教祖としています。イエス・キリストが救い主として不完全であったとするのはもはや「キリスト教」ではありません。又、この団体と「霊感商法」「インチキ募金」「集団結婚式」等の反社会的活動との関係も明らかです。嘘をついて金儲けをすることとキリスト教は相容れません。
○「モルモン教(末日聖徒イエス・キリスト協会)」この団体の教えの特徴は聖書と並んで「モルモン経」を信仰の規範とすることです。事実上は「モルモン経」の方が聖書よりも大事にされています。聖書以外のものを規範とするのにはやはり「キリスト教」ではありません。・・・etc

最後にカトリックの説教を唱える人を「神父」と云いプロテスタントの説教をを唱える人を「牧師」と云います。
カトリックは規律が厳しくて「神父」は結婚も出来ません。

「牧師」はすべて自由です。


主に導かれて

2006-05-15 18:08:02 | 日記・エッセイ・コラム

  イエス・キリストのことを思い起こしなさい。わたしの宣べ伝える福音によれば、この方は、ダビデの子孫で、死者の中から復活されたのです。この福音のためにわたしは苦しみを受け、ついに犯罪人のように鎖につながれています。しかし、神の言葉はつながれていません。だから、わたしは、選ばれた人々のために、あらゆることを耐え忍んでいます。彼らもキリスト・イエスによる救いを永遠の栄光と共に得るためです。次の言葉は真実です。

写真:[ネポ山の羊飼い]
Photo_3
「わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、
   キリストと共に生きるようになる。
耐え忍ぶなら、
   キリストと共に支配するようになる。
キリストを否むなら、
   キリストもわたしたちを否まれる。
わたしたちが誠実でなくても、
   キリストは常に真実であられる。
キリストは御自身を
   否むことができないからである。」
(テモテへの手紙二 2章 8~13)

ヨハネの黙示録 13章

2006-05-08 22:23:53 | 日記・エッセイ・コラム

1. わたしはまた、一匹の獣が海の中から上って来るのを見た。これには十本の角と七つの頭があった。それらの角には十の王冠があり、頭には神を冒涜するさまざまの名が記されていた。

2. わたしが見たこの獣は、豹に似ており、足は熊の足のようで、口は獅子の口のようであった。竜はこの獣に、自分の力と王座と大きな権威とを与えた。

3. この獣の頭の一つが傷つけられて、死んだと思われたが、この致命的な傷も治ってしまった。そこで、全地は驚いてこの獣に服従した。

4.竜が自分の権威をこの獣に与えたので、人々は竜を拝んだ。人々はまた、この獣をも拝んでこう言った。「だれが、この獣と肩を並べることができようか。だれが、この獣と戦うことができようか。」

5. この獣にはまた、大言と冒涜の言葉を吐く口が与えられ、四十二か月の間、活動する権威が与えられた。

6. そこで、獣は口を開いて神を冒涜し、神の名と神の幕屋、天に住む者たちを冒涜した。

7. 獣は聖なる者たちと戦い、これに勝つことが許され、また、あらゆる種族、民族、言葉の違う民、国民を支配する権威が与えられた。

8. 地上に住む者で、天地創造の時から、屠られた小羊の命の書にその名が記されていない者たちは皆、この獣を拝むであろう。

9. 耳ある者は、聞け。

10. 捕らわれるべき者は、捕らわれて行く。剣で殺されるべき者は、
剣で殺される。ここに、聖なる者たちの忍耐と信仰が必要である。

11. わたしはまた、もう一匹の獣が地中から上って来るのを見た。この獣は、小羊の角に似た二本の角があって、竜のようにものを言っていた。

12. この獣は、先の獣が持っていたすべての権力をその獣の前で振るい、地とそこに住む人々に、致命的な傷が治ったあの先の獣を拝ませた。

13. そして、大きなしるしを行って、人々の前で天から地上へ火を降らせた。

14. 更に、先の獣の前で行うことを許されたしるしによって、地上に住む人々を惑わせ、また、剣で傷を負ったがなお生きている先の獣の像を造るように、地上に住む人に命じた。

15. 第二の獣は、獣の像に息を吹き込むことを許されて、獣の像がものを言うことさえできるようにし、獣の像を拝もうとしない者があれば、皆殺しにさせた。

16. また、小さな者にも大きな者にも、富める者にも貧しい者にも、自由な身分の者にも奴隷にも、すべての者にその右手か額に刻印を押させた。

17. そこで、この刻印のある者でなければ、物を買うことも、売ることもできないようになった。この刻印とはあの獣の名、あるいはその名の数字である。

18. ここに知恵が必要である。賢い人は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人間を指している。そして、数字は六百六十六である。


 ★僕ののひと言
13章において竜がその戦いを続けるため新しく2匹の獣に全権を委託したことが述べられます。12章の神話的な表現から歴史的な具体性が出てきています。

1~10節はダニエル書に基づく象徴的な表現となっています。ここでは海からの獣が活動しますが、11~18節では地からの獣です。偽預言者がこの地からの獣に仕えます。

 選ばれた人々が刻印を押されたように、獣に従う人も刻印を押されます。この刻印は「獣の名、あるいはその名の数字」でした。これは皇帝を礼拝する者がもっていたなんらかのしるしのようです。

ヨハネの黙示録 12章

2006-05-07 16:58:35 | 日記・エッセイ・コラム

1. また、天に大きなしるしが現れた。一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっていた。

2. 女は身ごもっていたが、子を産む痛みと苦しみのため叫んでいた。

3. また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、火のように赤い大きな竜である。これには七つの頭と十本の角があって、その頭に七つの冠をかぶっていた。

4. 竜の尾は、天の星の三分の一を掃き寄せて、地上に投げつけた。そして、竜は子を産もうとしている女の前に立ちはだかり、産んだら、その子を食べてしまおうとしていた。

5. 女は男の子を産んだ。この子は、鉄の杖ですべての国民を治めることになっていた。子は神のもとへ、その玉座へ引き上げられた。

6. 女は荒れ野へ逃げ込んだ。そこには、この女が千二百六十日の間養われるように、神の用意された場所があった。

7. さて、天で戦いが起こった。ミカエルとその使いたちが、竜に戦いを挑んだのである。竜とその使いたちも応戦したが、

8. 勝てなかった。そして、もはや天には彼らの居場所がなくなった。

9. この巨大な竜、年を経た蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれるもの、全人類を惑わす者は、投げ落とされた。地上に投げ落とされたのである。その使いたちも、もろともに投げ落とされた。

10. わたしは、天で大きな声が次のように言うのを、聞いた。「今や、我々の神の救いと力と支配が現れた。神のメシアの権威が現れた。我々の兄弟たちを告発する者、
昼も夜も我々の神の御前で彼らを告発する者が、投げ落とされたからである。

11. 兄弟たちは、小羊の血と自分たちの証しの言葉とで、彼に打ち勝った。彼らは、死に至るまで命を惜しまなかった。

12. このゆえに、もろもろの天と、その中に住む者たちよ、喜べ。地と海とは不幸である。悪魔は怒りに燃えて、
お前たちのところへ降って行った。残された時が少ないのを知ったからである。」

13. 竜は、自分が地上へ投げ落とされたと分かると、男の子を産んだ女の後を追った。

14. しかし、女には大きな鷲の翼が二つ与えられた。荒れ野にある自分の場所へ飛んで行くためである。女はここで、蛇から逃れて、一年、その後二年、またその後半年の間、養われることになっていた。

15. 蛇は、口から川のように水を女の後ろに吐き出して、女を押し流そうとした。

16. しかし、大地は女を助け、口を開けて、竜が口から吐き出した川を飲み干した。

17. 竜は女に対して激しく怒り、その子孫の残りの者たち、すなわち、神の掟を守り、イエスの証しを守りとおしている者たちと戦おうとして出て行った。

18. そして、竜は海辺の砂の上に立った。

 ★僕のひと言

 12~13章は『ヨハネの黙示録』の中心部分となっており、種々の象徴や神話的表現が用いられています。

 教会の大敵を象徴する竜、メシアを象徴する幼子、闇の子と光の子の宇宙的な戦いが述べられています。

 1節に出てくる「大きなしるし」という表現はマタイにでてくる終末的な意味があります。
 「しるしが現れ」ること、「女は身ごもっていた」ということはイザヤ書7章を思い起こさせます。
 「竜」はギリシャ語のドラゴンで蛇とか海や川に住む怪物を指しています。

 「男の子を産んだ」とありますが、これは十字架の死と復活によってイエスがメシアとして生まれたことをと考えられています。

 「竜」は将来世界を支配するメシアを幼子の時に滅ぼしてしまおうと思ったのですが、失敗に終わったので神の国を代表するミカエルとの戦いになります。

 女には荒野、神の用意された場があります。「竜」はこの女への攻撃に失敗したので子孫への攻撃へとの作戦かえることになります。


ヨハネの黙示録 11章 1節~19節

2006-05-06 21:52:08 | 日記・エッセイ・コラム

1. それから、わたしは杖のような物差しを与えられて、こう告げられた。「立って神の神殿と祭壇とを測り、また、そこで礼拝している者たちを数えよ。

2. しかし、神殿の外の庭はそのままにしておけ。測ってはいけない。そこは異邦人に与えられたからである。彼らは、四十二か月の間、この聖なる都を踏みにじるであろう。

3. わたしは、自分の二人の証人に粗布をまとわせ、千二百六十日の間、預言させよう。」

4. この二人の証人とは、地上の主の御前に立つ二本のオリーブの木、また二つの燭台である。

5. この二人に害を加えようとする者があれば、彼らの口から火が出て、その敵を滅ぼすであろう。この二人に害を加えようとする者があれば、必ずこのように殺される。

6. 彼らには、預言をしている間ずっと雨が降らないように天を閉じる力がある。また、水を血に変える力があって、望みのままに何度でも、あらゆる災いを地に及ぼすことができる。

7. 二人がその証しを終えると、一匹の獣が、底なしの淵から上って来て彼らと戦って勝ち、二人を殺してしまう。

8. 彼らの死体は、たとえてソドムとかエジプトとか呼ばれる大きな都の大通りに取り残される。この二人の証人の主も、その都で十字架につけられたのである。

9. さまざまの民族、種族、言葉の違う民、国民に属する人々は、三日半の間、彼らの死体を眺め、それを墓に葬ることは許さないであろう。

10. 地上の人々は、彼らのことで大いに喜び、贈り物をやり取りするであろう。この二人の預言者は、地上の人々を苦しめたからである。

11. 三日半たって、命の息が神から出て、この二人に入った。彼らが立ち上がると、これを見た人々は大いに恐れた。

12. 二人は、天から大きな声があって、「ここに上って来い」と言うのを聞いた。そして雲に乗って天に上った。彼らの敵もそれを見た。

13. そのとき、大地震が起こり、都の十分の一が倒れ、この地震のために七千人が死に、残った人々は恐れを抱いて天の神の栄光をたたえた。

14. 第二の災いが過ぎ去った。見よ、第三の災いが速やかにやって来る。

15. さて、第七の天使がラッパを吹いた。すると、天にさまざまな大声があって、こう言った。「この世の国は、我らの主と、そのメシアのものとなった。主は世々限りなく統治される。」

16. 神の御前で、座に着いていた二十四人の長老は、ひれ伏して神を礼拝し、

17. こう言った。「今おられ、かつておられた方、
全能者である神、主よ、感謝いたします。大いなる力を振るって統治されたからです。

18. 異邦人たちは怒り狂い、
あなたも怒りを現された。死者の裁かれる時が来ました。あなたの僕、預言者、聖なる者、御名を畏れる者には、小さな者にも大きな者にも報いをお与えになり、地を滅ぼす者どもを滅ぼされる時が来ました。」

19. そして、天にある神の神殿が開かれて、その神殿の中にある契約の箱が見え、稲妻、さまざまな音、雷、地震が起こり、大粒の雹が降った

  ★僕ひと言

 11章の最初の部分は、ユダヤの黙示文学の一部を採用してものと言われています。
 聖なる都が42ヶ月の間踏みにじることが述べられた後、2人の証人のエピソードが語られています。いろいろな複雑なシンボルが出てきます。

 8節は黙示録における歴史の解釈がどういうことかを知るために大切なメッセージのある箇所となっています。

 13節にある「地震」は、悔い改めないエルサレムを罰するために、神の起こされた災いです。この地震で生き残った人は悔い改めて神に立ち返ります。

 その後、第七のラッパの吹奏があります。これによって世の終わりを宣言し、第3回目の大きな災害が下るのですが、その前に天上の状況をあらかじめ読者に知らせておきます。15~18節に2つの賛歌が歌われます。1つの賛歌はみ使いと四つの生き物により、第2の賛歌は24人の長老によるものです。


ヨハネの黙示録 9章  13節~21節

2006-05-05 18:25:22 | 日記・エッセイ・コラム

13. 第六の天使がラッパを吹いた。すると、神の御前にある金の祭壇の四本の角から一つの声が聞こえた。

14. その声は、ラッパを持っている第六の天使に向かってこう言った。「大きな川、ユーフラテスのほとりにつながれている四人の天使を放してやれ。」

15. 四人の天使は、人間の三分の一を殺すために解き放された。この天使たちは、その年、その月、その日、その時間のために用意されていたのである。

16. その騎兵の数は二億、わたしはその数を聞いた。

17. わたしは幻の中で馬とそれに乗っている者たちを見たが、その様子はこうであった。彼らは、炎、紫、および硫黄の色の胸当てを着けており、馬の頭は獅子の頭のようで、口からは火と煙と硫黄とを吐いていた。

18. その口から吐く火と煙と硫黄、この三つの災いで人間の三分の一が殺された。

19. 馬の力は口と尾にあって、尾は蛇に似て頭があり、この頭で害を加えるのである。

20. これらの災いに遭っても殺されずに残った人間は、自分の手で造ったものについて悔い改めず、なおも、悪霊どもや、金、銀、銅、石、木それぞれで造った偶像を礼拝することをやめなかった。このような偶像は、見ることも、聞くことも、歩くこともできないものである。

21. また彼らは人を殺すこと、まじない、みだらな行い、盗みを悔い改めなかった。

  ★僕のひと言

 第六のラッパの吹奏についてです。戦いをいどむ悪魔的な騎兵による第六の災害についてです。人間の三分の一も死にます。このひどい災害にもかかわらず、人間は償うことも神に立ち戻ることもしません。


ヨハネの黙示録 9章 1節~12節

2006-05-03 14:01:29 | 日記・エッセイ・コラム

1. 第五の天使がラッパを吹いた。すると、一つの星が天から地上へ落ちて来るのが見えた。この星に、底なしの淵に通じる穴を開く鍵が与えられ、

2. それが底なしの淵の穴を開くと、大きなかまどから出るような煙が穴から立ち上り、太陽も空も穴からの煙のために暗くなった。

3. そして、煙の中から、いなごの群れが地上へ出て来た。このいなごには、地に住むさそりが持っているような力が与えられた。

4. いなごは、地の草やどんな青物も、またどんな木も損なってはならないが、ただ、額に神の刻印を押されていない人には害を加えてもよい、と言い渡された。

5. 殺してはいけないが、五か月の間、苦しめることは許されたのである。いなごが与える苦痛は、さそりが人を刺したときの苦痛のようであった。

6. この人々は、その期間、死にたいと思っても死ぬことができず、切に死を望んでも、死の方が逃げて行く。

7. さて、いなごの姿は、出陣の用意を整えた馬に似て、頭には金の冠に似たものを着け、顔は人間の顔のようであった。

8. また、髪は女の髪のようで、歯は獅子の歯のようであった。

9. また、胸には鉄の胸当てのようなものを着け、その羽の音は、多くの馬に引かれて戦場に急ぐ戦車の響きのようであった。

10. 更に、さそりのように、尾と針があって、この尾には、五か月の間、人に害を加える力があった。

11. いなごは、底なしの淵の使いを王としていただいている。その名は、ヘブライ語でアバドンといい、ギリシア語の名はアポリオンという。

12. 第一の災いが過ぎ去った。見よ、この後、更に二つの災いがやって来る。


ヨハネの黙示録 8章

2006-05-02 17:15:46 | 日記・エッセイ・コラム

1. 小羊が第七の封印を開いたとき、天は半時間ほど沈黙に包まれた。

2. そして、わたしは七人の天使が神の御前に立っているのを見た。彼らには七つのラッパが与えられた。

3. また、別の天使が来て、手に金の香炉を持って祭壇のそばに立つと、この天使に多くの香が渡された。すべての聖なる者たちの祈りに添えて、玉座の前にある金の祭壇に献げるためである。

4. 香の煙は、天使の手から、聖なる者たちの祈りと共に神の御前へ立ち上った。

5. それから、天使が香炉を取り、それに祭壇の火を満たして地上へ投げつけると、雷、さまざまな音、稲妻、地震が起こった。

6. さて、七つのラッパを持っている七人の天使たちが、ラッパを吹く用意をした。

7. 第一の天使がラッパを吹いた。すると、血の混じった雹と火とが生じ、地上に投げ入れられた。地上の三分の一が焼け、木々の三分の一が焼け、すべての青草も焼けてしまった。

8. 第二の天使がラッパを吹いた。すると、火で燃えている大きな山のようなものが、海に投げ入れられた。海の三分の一が血に変わり、

9. また、被造物で海に住む生き物の三分の一は死に、船という船の三分の一が壊された。

10. 第三の天使がラッパを吹いた。すると、松明のように燃えている大きな星が、天から落ちて来て、川という川の三分の一と、その水源の上に落ちた。

11. この星の名は「苦よもぎ」といい、水の三分の一が苦よもぎのように苦くなって、そのために多くの人が死んだ。

12. 第四の天使がラッパを吹いた。すると、太陽の三分の一、月の三分の一、星という星の三分の一が損なわれたので、それぞれ三分の一が暗くなって、昼はその光の三分の一を失い、夜も同じようになった。

13. また、見ていると、一羽の鷲が空高く飛びながら、大声でこう言うのが聞こえた。「不幸だ、不幸だ、不幸だ、地上に住む者たち。なお三人の天使が吹こうとしているラッパの響きのゆえに。」


ヨハネの黙示録  7章

2006-05-01 19:16:38 | 日記・エッセイ・コラム

1. この後、わたしは大地の四隅に四人の天使が立っているのを見た。彼らは、大地の四隅から吹く風をしっかり押さえて、大地にも海にも、どんな木にも吹きつけないようにしていた。

2. わたしはまた、もう一人の天使が生ける神の刻印を持って、太陽の出る方角から上って来るのを見た。この天使は、大地と海とを損なうことを許されている四人の天使に、大声で呼びかけて、

3. こう言った。「我々が、神の僕たちの額に刻印を押してしまうまでは、大地も海も木も損なってはならない。」

4. わたしは、刻印を押された人々の数を聞いた。それは十四万四千人で、イスラエルの子らの全部族の中から、刻印を押されていた。

5. ユダ族の中から一万二千人が刻印を押され、ルベン族の中から一万二千人、ガド族の中から一万二千人、

6. アシェル族の中から一万二千人、ナフタリ族の中から一万二千人、
マナセ族の中から一万二千人、

7. シメオン族の中から一万二千人、レビ族の中から一万二千人、
イサカル族の中から一万二千人、

8. ゼブルン族の中から一万二千人、ヨセフ族の中から一万二千人、
ベニヤミン族の中から一万二千人が刻印を押された。

9. この後、わたしが見ていると、見よ、あらゆる国民、種族、民族、言葉の違う民の中から集まった、だれにも数えきれないほどの大群衆が、白い衣を身に着け、手になつめやしの枝を持ち、玉座の前と小羊の前に立って、

10. 大声でこう叫んだ。「救いは、玉座に座っておられるわたしたちの神と、
小羊とのものである。」

11. また、天使たちは皆、玉座、長老たち、そして四つの生き物を囲んで立っていたが、玉座の前にひれ伏し、神を礼拝して、

12. こう言った。「アーメン。賛美、栄光、知恵、感謝、誉れ、力、威力が、世々限りなくわたしたちの神にありますように、アーメン。」

13. すると、長老の一人がわたしに問いかけた。「この白い衣を着た者たちは、だれか。また、どこから来たのか。」

14. そこで、わたしが、「わたしの主よ、それはあなたの方がご存じです」と答えると、長老はまた、わたしに言った。「彼らは大きな苦難を通って来た者で、その衣を小羊の血で洗って白くしたのである。

15. それゆえ、彼らは神の玉座の前にいて、昼も夜もその神殿で神に仕える。玉座に座っておられる方が、この者たちの上に幕屋を張る。

16. 彼らは、もはや飢えることも渇くこともなく、太陽も、どのような暑さも、
彼らを襲うことはない。

17. 玉座の中央におられる小羊が彼らの牧者となり、命の水の泉へ導き、
神が彼らの目から涙をことごとくぬぐわれるからである。」


 ★ わたしのひと言
 神の怒りが下る前に二つの幻が現れます。

(1)1~8節:み使いたちは地上にいる神のしもべたちに刻印し、全世界の災いから逃れさせます。刻印をおされたイスラエル民族は14万4千人ですが、これは歴史的なイスラエルの部族とみるよりは、全教会を意味する新しいイスラエルの象徴とみられています。

(2)9~17節:天上にいる殉教者の群れ、神と小羊に声をあわせて賛美の歌を歌います。

 14節にある「彼らは大きな苦難」とは、歴史的事実であるネロ帝、ドミティアヌス帝の大迫害を暗示しています。

 17節の「玉座の中央におられる小羊が彼らの牧者となり、命の水の泉へ導き、神が彼らの目から涙をことごとくぬぐわれるからである」は、旧約聖書からの引用ですが、牧者をキリストにあてています。終末的な恵みを象徴的に表現しています。

イースター(復活祭)

2006-04-30 18:09:55 | 日記・エッセイ・コラム

イースター(復活節)はいつ祝われるか

●
イースターは、クリスマスのように毎年同じ日ではありません。

●イースターは、春分の次の満月のすぐ後の日曜日と定められています。3月22日~4月25日の期間を移動する、移動祝祭日です。

●このように決められたのは、325年のニケア公会議においてです。それより以前は、ユダヤ教の、過ぎ越しの祭りとともに祝われてきました。イエスが最後の晩餐(ばんさん)を行ったのが、過ぎ越しの祭りのときであったことからこのときに祝われてきたと思われます。