だ円球に懸ける、青春の集大成。その日々のなかで、PR井之上亮(社4)が笑顔をはじけさせている。それが意味するのはラグビーができる喜びか、いや、それ以上の―。
■井之上亮『ファイトクラブで、漢は笑う』
試合時間80分間のなかの、どのプレーひとつを取っても、そこには意思と意図が込められている。
ラグビーの王国に生まれ、一国の代表キャプテンを務めた指導者は、教え子たちを送り出す際に、ある言葉をかけるという。試合前にアンドリュー・マコーミックHCが口にするアルファベット3文字の単語。
『FUN』=楽しもう―。
「ガチで楽しいんですよ、最近。アンガスの言う、『FUN』が分かるような気がしてきて」
10月10日。前週にリーグ戦が開幕し、2日後には第2戦を控えた日のこと。練習を終え、クールダウンにつとめる井之上は、そう口にした。
インタビューで彼が話したのは、スタメンを飾った開幕戦のこと、自分のコンディションのこと、そしてチームメイトのこと。質問をぶつけるたびに、思いの丈を打ち明けてくれる。
近畿大とのオープニングゲーム、井之上は試合終了間際ぎりぎりまでピッチに立っていた。まだひとふんばりと見せたダッシュを最後に、動けなくなり辛くも交代となったが「あの時間帯に普通はプロップ、走れないです」としたり顔。己の足が動く限り、彼は走り続けた。
昨年は夏に大怪我を負い、戦線から離脱した。年末の全国大学選手権では数分間の出場はしたものの、プレーできる状態になったのは今年の春シーズンの半ばあたり。しかしスタミナ不足とあって、万全のコンディションには至らずにいた。
それでも、彼は帰ってきた。ラストイヤーのリーグ戦。その開幕に合わせるかのようにトップチームの3番に就く。久しぶりの公式戦で、動けることを証明した。
筆者のカメラに残っていた近大戦の写真を見ながら、井之上は自身のパフォーマンスを振り返った。そこで挙がったのは二つのプレーだった。
近大戦の後半も残り時間が少なくなってきても、チームは自陣からでもボールをつなぎインゴールへと攻め立てる。その一連の流れにおいて、井之上はパスをもらうや、相手ディフェンダーをさらりとかわしてみせた。
「実は一個ステップ踏んでるんです、で、内に入っていった。
練習中に、相手に当たる前に一歩踏むことを意識的にやってたから出た。あれは、やろうと思ってやったんじゃないんですよ。味方からボールが来た、とは思ってたけど、あとは無心で。ああやって切り込めたのは準備があったから」
パスがきた、さて前へ行かん。その場面で、それこそ流れるように相手ディフェンダーを置き去りにしたワンステップは、日頃から取り組んできた動作だったというのだ。
身体に染み付いた動きが、無意識下で繰り出された。無心のなかでのリアクション」と彼は話した。対してもう一つ、明確に実行に移した動きもあった。井之上は続ける。
「ハーフからボールをもらうプレーですね。あれなんかは、近大戦でうまくいかなかった。今日そこは人が多いな、って。だから、前半あえてやらなかったり」
ゲームのなかで、求められる修正の部分。状況や展開に応じて変更せざるをえないところを、意図してプレーに反映させることで突破口を見出した。
彼がリーダーを務めるスクラムにおいても同じことがいえた。相手と真正面からぶつかりあうセットプレーは豪快にみえて、その実、繊細な技によって成り立っている。その一列目で軍勢をリードする井之上は断言するものだ。「PRは修正する力が一番必要」と。
カメラのモニターに映った自身の写真に目を輝かせながら、見せた笑顔とどこか納得げな表情。
近大戦でのプレーを通じて、彼は一つの解を導きだしたのだろう。
常日頃の積み重ねが形として表れると同時に、意識して施される修正によって移す動作が変わってくる。無心と思惑が結合する表裏一体の様。これが「ラグビー」なのだと。
「だから面白いですよね。考えながらでないと勝てない」
それを実感したいま、マコーミックHCが言う『FUN』=ラグビーの面白さを彼は知り得たのである。
そして何よりも、ラグビーに対してこれだけ明るく向き合えているのは、今シーズンの充実があるから。鈴木組を表すキーワードの一つには、部内での熾烈なレギュラー争いがある。リーグ戦で3番に君臨してもなお、井之上の気が緩むことなどない。
「毎回がテストのような感じ。ガンテ(金寛泰/人福4)が3番くる可能性あるし、もーちゃん(浅井佑輝/商4)が2番に入れば、ね。下からの突き上げもあるから…。
のほほんとしてられない。そういうのが面白い! 指定席って面白くないじゃないですか。
それくらいじゃないと人間の100パーセントって出ないと思うんです。出て90パーセント。残りの10パーセントは危機感で、負けられないとどれだけ思えるかだと」
とりわけ同期もトップチーム経験者がひしめくFWの一列目。誰が出てもおかしくないチーム状況も、彼は嬉しくて仕方がないのである。
「楽しいですよね。グラウンドに向かう楽しみが。キツいんですよ、フィットネスもあるし、ガチのスクラムモールもあるし。その場所に向かわせる原動力は、このメンバーでやってる楽しさでしょうね。この学年で良かったなと」
ラストイヤーで自らが身を置く、チーム内の競争について井之上はこうも語っている。
「狙ってたわけじゃないんですよ。そこがゴールじゃないから。ただ…チームに貢献しようと思ったらスタートから出るのが一番だし。僕が食い込んで…ゴールにいくための手段の一つですよね」
ゴール。それが何かは、ここで記すまでもないだろう。
ただし、常に井之上が目指すゴールは、それだけではなかった。出場する試合にかける意気込みを聞くと、ポジション柄からは意外ともいえる、しかし当然の答えが返ってきた。
「トライっスね。楽しいんですよ、嬉しいんで。たとえ、ごっつぁんであってもトライしたのは事実だし、その場にいた証明になる。
トライを狙うことが、プラスに働く。ゴール前にいかないとダメだし、ボールのあるとこにも行かないといけない。キツいときでも、『今日の目標はトライ』と思っておけば、ゴール前にいくわけなんです。
イメージしておけば、試合中に思い出すだけで動ける」
何がためにボールを前に運ぶのか。これは陣取り合戦であり、敵陣を陥れることがルール。トライを狙う姿勢は、公言せずとも持ってしかるべきものだった。
柔道から始まった井之上亮という人間のスポーツの道もラグビーをもってして、一区切りとなることは彼自身が断言している。ラグビーの真髄に触れ、過ごす青春の日々。
「この9月が一番きつくて。暑い日があって、モールとスクラムを交互に練習してて。
4年目で初めて倒れたんです。でも自分からしたら、情けないとは思わなくて。4年生が倒れるっていうのは自分の常識のなかではスゴいことで。1年生がメニューについてこれなくて倒れるのはあるじゃないですか。Aチームの3番が、ここで倒れるかと(笑)
結局そのときは最後までやったんですけど…。そこはもう。時間もないし、4年生やし、後悔したくないし。こんだけ本気なんやと、みんなが気づいてくれたら。
僕の中で4回生って目に見えないスイッチが入るんですよ。みんなあるとは思うけど…その差が誰よりもある」
自らが望む最高のエンディングを目指し、最高の準備を整える。全身全霊を懸けた、ラストシーズンで井之上は最後の最後まで闘志をフィールドで燃やし続ける。
そこではきっと、いつも笑っているに違いない。ガチで挑んでいればこその笑顔である。■(記事=朱紺番 坂口功将<広報担当>)