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 言わなければよかったのに日記

 私が見たこと、聞いたこと、感じたこと、頭にきたこと・・・を(ありのまま)に伝えます。

2023年に

2023年01月02日 | 日記

 明けましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いいたします。

 

 まずは年賀状のことから。1日の10時頃にわが家に配達がありました。今年も(出し終い)の方がおられました。同じ世代の人とのやり取りですので〝そのような状況〟は年々 増えていくのは当然と言えば当然なのかもしれません。それにしても寂しいことではあります。私もそろそろかな!と思わされました。12月中頃まで考えて、判断します。   12月にはこの思いすら忘れてしまっているかもしれません。

 1日には(三社詣り)をしてきました。1時半頃にわが家スタート。ここ数年 青井神社 → 山王神社 → 木末神社 と廻っています。

    

青井神社は 禊橋が再建されて初めての正月だったので、禊橋を渡ろうと思いました。いつもは東側から入るので渡ることはないのです。多くの人が並んでいたのでお詣りするまで25分くらいかかりました。ちょっとたいへんでした。国宝記念館もちゃくちゃく建設中でした。

         

            国宝記念館建設中

 それから山王神社、木末神社‥・この2社は一人での参拝でした。

    

         山王神社       

         

             木末神社

 まあ、令和5年も無事にスタートが切れました。今年もいろいろと頑張る73歳、74歳の年にしたいと思っています。

 今日の天気(霧→

 

 


年賀状のこと

2022年12月29日 | 日記

 今年も年末恒例の〝年賀状〟のことです。例年よりちょっと早く28日夕方に投函しました。ここ数年では一番早かったです。

 ところが今年は〝いろいろと〟ありました。そこで年賀状顛末のことを。

まずは年賀状をはじめて郵便局で買い求めました。26日のことです。これまでは郵便局関係者の方から‘売りつけられ’購入していました。局員の方のノルマがなくなったのか郵便局で買うことになったのです。ある意味、面倒なことになりました。

息子が買ってきた〝年賀状作成本〟で図柄を選びながら作りました。さあ、印刷です。昨日(28日)の午前中のことです。ところがプリンタードライバーをインストールせろ!というのです、もうとっくに済ませてあると思って無視して印刷かけました。ところが字もイラストも鮮明でなく何となくにじんで印字されたのです。設定もいろいろと変えたのですが同じことでした。あ!インクを変えた。数日前に純正ではなく安価なものに変えたのでした。そのせいかなと思いました。

そこでカラー部分のイラストを削除して、文面だけ残して白黒印刷をしたら鮮明になりました。もうこれしかない・・空白部分はゴム印を押すことにしました、慌ててニシムタまで買い求めに行きました。見たところ売り場には見当たりませんでした。店員の方に聞いたら〝ちょっと待ってください〟と・・・段ボールに入れたゴム印を持ってこられました。数少なくなっていたものから仕方なしに選んで買ってきました。「あと12年後までとっておくのですか、安くなりませんか」と訊ねましたが定価での販売でした。

それから帰ってゴム印を押しで出来上がり、添え書きをして・・・ようやく夕方に投函できたのです。やれやれ、年賀状って年1回だけどたいへんなことです。年賀状を終活している人が出てきましたが、私はもうしばらくは続けようかなとは思っています。

 今日の天気予報(


天子祭り

2022年12月19日 | 歴史探偵

 昨日は(合戦峰天子祭り)でした。今年は、文化庁の(地域の伝統行事等のための伝承事業)を映像化するための撮影スタッフが来られての撮影もありました。この事業に参加しておられる無形民俗文化財の研究者の先生も来られていました。2台のカメラと空からのドローン撮影もあっていました。

 3日前にも事前に撮影は行われていました。昨日は夜半からの雪で・・・ほぼ一日中の雪交じりの中で祭になりました。寒かったです。

 公民館で大縄つくり(約30m)して、天子のタブノキの所まで運んで(反時計回りに7回半)大縄を巻きつけるのです。そして、みんなで拝礼して・・・そこが終って・・天子池に行ってご幣等を上げて拝礼。

 約3時間の伝統行事でした。

   

                  

 (7回半)が「謎」なのです。「75膳」のことも研究者先生から聞きました。「75」「7半」は何か〝聖数〟(宗教的に意味づけられた数)なのかもしれません。「謎」なこと、何となく気になりながら祭りに参加しました。でも、寒かったです。

 約1か月ほどすると、「まつりと」で検索するとYouTubeで祭の様子が公開されるそうです。私もちょこっと出演するはずです。

 今日の天気(

 


山の神祭に

2022年12月12日 | 歴史探偵

 昨日、情報を聞いて(椎谷、高觸、萩)集落の〝山の神祭り〟を見てきました。

 私のこれまでの記録では(山の神まつり)のトキは(しょう、ご、く)(1月、5月、9月)でしたが、この集落のは(旧11月18日)なのです、昨日12月11日が旧の11月18日でした、ちょうど日曜日と重なったのですが、最近は旧11月18日の近くの日曜日に行っておられるそうです。

     

               

 掛軸を持ち回りにされて、今年のテスの家(Oさん宅)の神棚に掛けてありました。男神さんでした。鉈(ヨキなのか)をもっておられます、これまで私は山の神は〝女神〟だと思っていたのでビックリでした。

       

 供え物は、鯛1尾、豆腐田楽、モチ、お神酒があげてありました。

 掛軸は木の箱に入れてあり、その中に明治28年からの記録が綴られていました。明治28年は15軒、77銭5厘集めておられました。

 大正10年の祭りのときは「豆腐2合、白魚1舛、一人前焼酎2合5勺」とあります。和紙に書かれた記録を(和紙ですがもうずいぶんと破れかかっています)読んでおこうと思って借りてきました。いま、読んでワープロしています。

 明治28年は15軒でしたが、昨日は5軒になっていました。記録にしてきちんと残しておこうと思っています。

供え物はいただいてきました。豆腐田楽は美味しかったです。焼酎2号5勺の代わりにノンアルビールをいただきました。

 今日の天気(


大柿毘沙門さん

2022年12月09日 | 日記

 8日に(大柿毘沙門堂の毘沙門さん)と(小松さん)が2年5か月ぶりに地元に還られました。

 日通さんが来られてグルグル巻きに梱包されて運び出されました。先代 焼失仏も一緒にです。

   

 地元 毘沙門堂には町内会長さんはじめ多くの方が集まっておられました。懐かしそうに毘沙門さんを見ておられました。(しっかりと見たこともなかったのでこんな顔をしておられたのか)という感想でした。安置が終って皆さんで手を合わせて還りを祝っておられました。

      

        

 昼から(小松さん)を返しに行きました。供養塔のところに置くのは盗難心配もあるので毘沙門堂中に置かれるようになりました。

          

              小松さん  

 3体の仏像さんも何かしらホッとしたように思われました。

 2年以上も預かっていて私も何かしらホッとしました。数百年も座っておられた場所に還られたのを見て安堵しました。

       ※今日は2つの記事をUPしました。


文化財保護委員会で鹿児島・都城へ

2022年12月09日 | 旅行

 文化財保護委員会で日ごろのご苦労と他所の文化財視察を兼ねて県外研修を行っています。コロナがあったので3年ぶりの事でした。

 6~7日、1泊2日で鹿児島、都城へ。まずは、大口越で薩摩川内/入来町へ。入来では郷土館の方に案内してもらって(武家屋敷群)(清色城址)(郷土館)を見学することができました。清色城址は、山田城に似た山城でした、急坂を登ってちょっとたいへんでした。(郷土館)はいろいろと展示してありました、古文書が本物で展示してあったのがちょっと気になりました。

 それから(花尾隠れ念仏洞)・・・ここも長い階段があってちょっとたいへんでした。➡鹿児島仙厳園を見て鹿児島市内で泊。

    

           仙厳園の薩摩切子と桜島・・切子はやはり高かった! 

2日目は(上野原縄文の森)・・・都城島津邸・・・高城郷土資料館。

     

           上野原縄文の森  

            

               高城 天守閣から街並みと霧島が見えました

 多くが初めて行ったところだったのでよかったです。とくに資料館2ヶ所を見学できて参考になりました。やはり時にはソトを見ることの必要を感じました。

 久しぶりに桜島も観ました。

 今日の天気予想(朝は霧 

 


相良神社へ

2022年12月04日 | 歴史探偵

 2日に宇城市豊野の(相良神社)に行ってきました。この日が(相良神社例大祭)だったのです。〝例大祭〟ですが相良家18代義陽公の命日にもあたる日です。豊野のこの地(響野原)で戦いがあってこの地で戦死し、この場所に神社が作られているのです。それは天正9年(1581年)12月2日のことでした。441年前のことです。

 

       

 この場所で義陽公が打ち取られ、家臣は首は取られまいと八代に首だけは持ち帰ったとあります。響野原に神社が作られ、豊野の人たちが400年以上に渡って守り抜いておられます。長い間、遠い人吉の殿様の弔いを続けてこられたことに驚きです。義陽公が善政をされたからではないのでしょうか。

 祭日の日は多くの地元の人たちが集まっておられました。祭日には人吉からも‘参加しておられ、私どもが着くのを待って神事がはじまりました。コロナのこともあって久しぶりの開催だったようです。

 神事が終って、義陽公の関連史跡を廻って帰ってきました。豊福の長傳寺跡(阿弥陀堂)には16~18代の義慈、晴廣、義陽の供養塔がありました、すぐ近くの豊福城は相良家の北の最前線だった所です。

 それから八代古麓の義陽公の首塚へ。ここまで首を運んで埋めたと伝えられるところです。

 義陽公の命日(例大祭)に参加して弔うこともできてよかったです。朝から寒くなってⅠ2月らしい季節の1日になりました。

 今日の天気(

 


Wカップとゴミ

2022年11月25日 | 日記

     

 Wカップ ドイツ戦は最後まで見ていました。10時スタートでしたので、前半だけでもと思ってテレビの前に座りました。前半は押されに押されまくって0:1で、諦めて寝ようかなと思って→2点目取られるまでと見続けました。すると意外や意外!逆転で勝ったではないですか。逆転ゴールは浅野の見事シュートでした。しかし、そこにロングパスを出した板倉の殊勲を讃えていなかったのが残念です。おかげで寝たのは12時過ぎでした。

            

 今日は(不法投棄パトロール)に参加しました。校区町内会の活動です。市役所環境課の職員と町内会長4名で廻りました。ゴミ集積所の不法投棄には驚きです、鬼木の分も持って行ってもらいました。それに山沿いの駐車スペースがあって自販機があるところ・・・ゴミが捨ててあります。それも仕分けしながら回収してきました。そして、クリーンプラザまで運んできました。ちょっと分別したり、ちょっとルールを守ったら‥何も問題はないのですが、モラルがない人が増えてきているのでしょうか、不法なごみ投棄を見かけました。

 Wカップ、日本チームのロッカールーム‥きちんと片付けてあって好評だったようです。そんなことを見習いたいものです。

 今日の天気(


伊万里、呼子、玄海へ

2022年11月23日 | 町内会活動

 21日~22日と校区町内会長会の研修に行ってきました。その見聞記を。

  

 まずは(伊万里市の区長さんたちとの情報意見交換)、防災のこと、ゴミ処理のこと等のことを主に話を聞いたりしたりすることができました。初めて視察研修に参加しました。やはり他所のことを見聞することはタメになるなと思いました。

       

 それから伊万里焼窯元の所へ。自分用のソバチョコとコーヒーカップを買ってきました。高いものばかりで小物だけしか買えませんでした。有田焼に行ったことはあったのですが初めての場所でした。

 

             

 宿泊地の呼子へ着いたのは夕方になっていました。ここは(イカ)で有名でしょうから、むろん夕食はイカが出てきて美味しく食べました。

          

 2日目は玄海原発・・川内には行ったことはあったのですが規模はうんと大きかったです。

       

 それからひたすら高速・・2日間バスに乗っていておかげで今日は腰が痛いです。名護屋城、唐津城は通り過ぎただけ、今度はそこを目的に出かけたいものです。

 今日の天気(


木末神社のこと

2022年11月20日 | 日記

 18日(金曜日)が木末神社のお祭りでした。コロナのこともあって3年ぶりの開催でした。まだ大っぴらにとはいかない時期なので(神事だけ)でした。青井神社から神官さんに来てもらって、総代さんたち9名だけでの神事でした。お祓いが終ってジュースで乾杯してオシマイでした。神官さんと(直会)ができても、サカヅキはもうできないでしょうね!と話したことでした。コロナのおかげでいろんな習慣が変わってきています。残念なことですが致し方ないのでしょうか。また違った新しい習慣ができるのかもしれません。

     

 木末神社は小さな神社です。ご祭神は「第3代 相良頼俊公夫妻」です。神殿には2人の男女神像が祀られています。第6代相良定頼公によって1360年代に〝木末妙見社〟として頼俊公夫妻の霊社として建立されたそうです。その後、延宝3年(1675)3月23日の火災で焼失したので22代頼喬公により再建され、33代頼之公によって天保6年(1835)に再再建されたとあります。石の鳥居にも〝天保10年〟の銘があります。相良家当主が護ってこられた神社です。

 疱瘡に効くというのでお参りされる方が多かったそうですが、いまはお参りされる方も少なくポツンとしている神社です。傷みが激しくなったので〝令和の修理〟として浄財を集めて「瓦を葺き替え」されました。また、入口にある鉄製の鳥居のペンキ塗りを米田塗装さんがボランティアで行ってくれました。

 疱瘡に効くということはコロナにも同じなはずです、ぜひのお参りを!!

 今日の天気予報(