(前回のはなし)
頭の中に俯瞰した地図が入っている。
高速・国道・バイパス・目抜き通り。
四方を大きな道路に囲まれた、お散歩エリア。
風が吹き荒れる中、その四角いお散歩エリアを、ころーころーと名前を叫びながら、隅々探した。
大丈夫。ころはきっとこの四角の中にいる。
農地や市街地が、碁盤の目のように整地されていた。散歩エリアの構図も(大雑把に言えば)、それと似ている。
碁盤の目の中、人家の庭の植え込みや物陰、ありとあらゆる駐車場、小学校(3)と中学校(2)と高校(1)の校庭、土手、川、雑木林…。
身をかがめたり伸ばしたりして、茶色の毛むくじゃらがもぞもぞしていないか、目をこらした。
そうだ。あの子のうちに行ってるかも!
あの子とは、こんちゃんのガールフレンドで、ころも大好きなシロちゃん(仮名)のことである。
こんちゃんがいた頃は元気だったけれど、近頃は足が悪くなり、さらに痴呆も始まって、以前のように、あいさつもままならない。
気が向くとたまに、奥から出てきて、ころとも遊んでくれて、顔なじみなのである。
もちろんころは、シロちゃんのことを一方的に大好きで、散歩のたびに、挨拶にいく。
買い物に出かけた街中で、シロちゃんの散歩中に出会ったとき、ニコニコしながら駆け寄ってきてくれたこともあるし、こんちゃんのおかげで仲良しになれたという自覚はあったけれど、長い付き合いでこんなことは初めて。何やら必死に話しかけてくれる。きっところのことに違いない。ああ、イヌ語が分かれば‼️ドリトル先生‼️
ありがとうね、こんちゃん。
四方を囲む大通りを、何か事故が起きてないか、パトカーや人だかりができてないか確認した。
3つの通りに3台のパトカーが出動していたが、いずれも人間のトラブルで、犬の事件ではなさそうだった。
1時間半が経過し、このまま探していても、どうも見つかる気がしない。仕切り直しが必要だと感じた。
でも、どうにも、立ち去りがたい。
大丈夫。きっところはお散歩エリアの中にいる。元気がよかったのは最初だけ。
今ごろきっと、この風や車やバイクなんかにおびえながら、どこかに身を潜めているはずだ。
言い聞かせるようにして、家に向かう。
お散歩仲間のおかあさんが、
「うちの子も、このくらい(ころの月齢)の時に脱走して、でも自分で家まで戻ってきたから、戻っているかもしれませんよ」
と励ましてくれたのを思い出す。
いやいや。でもな、うちのころすけはどうだろう。
一戸建てならまだしも、うちは集合住宅。同じようなマンションがいくつもある中、そう賢いほうではない(むしろ…な)子犬が、ひとりで帰ってくるもんだろうか…。ああでも、以前、近所の柴犬(オレコの片思いの相手)が脱走した場面に出くわし、捜索に加わろうとしたらあっという間に自宅に戻ってた、っていうのを目撃したことがあったっけ。
ころは、頭のいいほうではない。
けれども、マンションの表と裏の出入り口はきちんと認識していて、さんぽの終わりには毎回、吸い込まれるよう(ごはん!ごはん~!)にして帰っていくではないか。ひょっとしたら…という希望が5ミリ沸く。そうはいってもあの子にオートロックは解除できないから、住民のみなさんに不審に思われないためにも、これは出入口の掲示板にお知らせをしなければ(柴犬がいてもびっくりしないで教えてくださいね)。
息せき切らして戻り、管理人さんに「これこれこういう事情で、掲示板に犬の件を告知したいのですが」と聞いてみると、「ほんとは管理組合の理事長にお知らせしたほうがいいけれど、今の時間は留守だろうし、緊急ごとだから、先に掲示していいから(俺の権限で)、あとからちゃんと連絡してね(理事長に)」ということで(キャー管理人さんカッコイイ~~~!!!:黄色い声)、急いで部屋に上がり(オレコがおかえりなさーい♡と大よろこび)、手書きで「いぬ探してます」の詳細を書いた紙を2枚用意、脱兎のごとく降りていき、表と裏の出入り口掲示板に貼り付け。
それからまた急いで部屋に戻り(オレコは異変を察知して、おとなしく、こちらの動きを観察。「いまはじゃましちゃだめなんら…」と遠慮していることが、ひしひしと伝わってくる。そういう子なんです…)、ふたたび愛護センターと警察に連絡をした。数日前に手帳に控えておいたマイクロチップのIDナンバーを知らせる。
これでひとまず、とりあえずの周知はよしとして、次は捕獲のための道具(おやつ)の用意、と、目に入ってきた風景に、胸がズキン、となる。
台所には、帰ってきたら与えるつもりだったころのごはんが、そのままになっていた。
(食いしん坊のくせに、おなかすかせて・・・こんな寒い風の中、いまごろどこに。)
パンパンと頬を張ってカツを入れると、オットから連絡、義母と一緒に捜索に加わってくれるという。
それならば、と、おやつを3つ準備して、リードとハーネスをあと2セットひっぱりだしたところで、ゆうべしつらえたばかりの(エリザベスカラー対策用の)サークルが目に入った。主のいないサークル。ぬいぐるみだの、ボールだの、毎日大事に大事に研いでる(歯で)鹿の角だの、こんちゃんのおさがりの毛布だの。そこに、主役のころだけがいなかった。ぶんぶんと頭を振る。
腹は決まっていたので、帰宅中にちょっと充電をし、SNSに迷子犬情報の発信。
フル装備で、三手に分かれて探し出す。
初めて電動自転車(自前のはパンクしている)に乗った(セブンで借りて)。
手軽に借りられると聞いて、簡単な手続きと踏んでいたら、思ったより複雑で、乗るまでに時間がかかった。
嵐のような風の中、まずアプリをインストール、個人情報に加え、支払情報などを設定、それから自転車を予約(目の前にあるのに)して、自転車とアイホンのリンクができたら、やっと動くようになった。試しに乗りながら、やれ高さが合わない、ひとこぎが重い、電動バイクのギアチェンジってどうするの?え?ちょっと待って、バッテリー思ったより少ないんじゃない?なんてドギマギしつつ、今は漕ぎ出でな。
ようやくちゃんと漕げるようになったかな、と、思ったら、電話が鳴った。
ナンバーを見る。警察だ。心臓が止まりそうになった。ブレーキをかけ、道の脇に移動した。
「はいもしもし!!!」
「柴犬探している〇〇さんですね?」
「はいそうです。あの、もしかして、事故ですか?」
「は?」
「あの、あの子、事故にあったんでしょうか?」
「あ、いいえ、そうではなくて」
「え!じゃあ、見つかったんですか?(血圧急上昇↑↑↑)」
「あ、いえ、あの、そうでもなくて…」
つまるところ、あれから警察でも、パトカーで2回、申告した近辺に出動してくれたそうだ。
ところが二度とも、ころは見つからず、犬がひかれたという情報も入ってきていない、というお知らせだった。
よく考えたら、とてもありがたい話だ。
忙しい中、私の過失をここまでフォローしてくれた上(いや人がかまれて怪我をするなどの二次被害を防ぐというのは警察の立派な仕事ですが)、ご親切にもそのことをお知らせくださった。「警察は…」なんていう人もいるけれど、私はそんなことは、思わない。
見つからなかったという知らせはとても残念だけれど、少なくとも事故にもあっていないということだし、町を熟知した警察が、こうして気にかけてくださっていることは、ひたすら感謝感謝だった。
しかしながら警察からの電話で、事故では?と心が騒ぎ、見つかったの?と心躍り、いずれも違って状況確認に終わった、という一連の流れには、重い(洋介山の)ボディブローを受けたような、精神的な凹みを感じた。ありがたいのに、なんてつらい。
(懲りずにつづく)