
手料理をごちそうになる機会がありましてなー。

アボガト、おぼろどうふ、ゆでたまご、わさび醤油、のシンプルな組み合わせのそれ。
おいしかったのなんの。
早速自分ん家でも、やってみたやってみた。

おぼろ豆腐とアボカトは半分ずつ、わさび醤油で。
で、残ったアボカト半分とゆでたまご2個、
海老(+刻みにんにく少々塩コショウこしょうは粗挽き)を入れてマヨ和え~。
半分残ったおぼろ豆腐はそのまま「とぅるん」と頂いた。

さっくりまぜて、すぐできた、3種類のおつまみ。
深夜1時過ぎだったのでその3点とビールで晩酌。
すぐ準備できて、これから暑くなる時期にもぴったり、意外と栄養豊富。
手抜きなのにちょっと技ありみたいなところがうれしい。

複数の友達とメールやりとりしていて、
それぞれのこどもたちの、小・中・高校の入学式の写真が送られてきた。
あの子がこんなに大きくなったかー、なんて驚きながら眺めて、楽しい。
ママたちの子育ての悩みも少しずつ変わっていくようだ。

今や三組に一組の夫婦が離婚するという世の中。
私の友人も離婚した女性が増えている。
独身一人暮らしもいるし、
あえて結婚という形にはもうこだわらず、
彼とふたりの暮らしが長くなっている人もいるし、
シングルマザーも増えてきている。
特にシングルマザーの人たちは、
離婚したばかりのころは大変そうだった。
結婚生活と、経済的基盤を失ったわけだから。
でも幸いみんな頭が良くて人柄がよく、おまけに美人。
10年以上も専業主婦していた人たちが、
驚くほどスムーズに社会復帰し、すぐに信用されて、
仕事もプライベートもしっかり充実しているのだった。
元気に暮らしてる。・・・だけどもね。

卒業式と入学式。
上の子と下の子がそっくり同じ日に重なってしまったママ。
思いのほかショックを受けていた。
どちらの子にも、一生に一度のこと。
なのにそれぞれ半分ずつしか出られない。
それがとても切なかったんだって。
そうかー、そうかー。

結婚して離婚するのは悪いことではない。
結婚したら必ず幸せにならなくてはいけない、なんていうのは幻想だ。
変わらない人間なんていない。
10年後の自分が何を感じ、考えているかなんて、結婚する当初はだれもわからない。
自分にその気はなくても、相手の気持ちが変わることだってあるだろう。
若いころ、自分は結婚しないだろうと思って生きてきたので、いざするとなって、やや悩んでいた時、
「何があっても我慢する、乗り越える、のではなくて、何かあったら離婚してもいい、そのくらいのつもりでいこう」
と切り替えたら、その後の人生、楽にいけた。
できないことがあったら、それ(離婚)でもいい。
肝心なのは自分だけでなく、それが相手にとっても起こるかもしれないということで、
もしそうなったら、それは潔く、受け入れなければいけないだろう。そうでありたい。
そして離婚したら自分の生計は自分でたてなければいけないし、
親の面倒も見なくては。もちのろん、犬猫もな。
でもそれなら結婚しないで生きていくつもりだったころの心構えと同じだ。
うん、許容できる範囲だ。わたしは生きていける。なんていうことを、いつも考えていた。
もちろん今でも考えることがある。“絶対”なんて、どこにもないのだ。
だからなんていうのか、相手が元気に生きていてくれるだけで、ありがたい。
同じ時を一緒に過ごし、語らい、笑ってくれる人なんて、人生、そうはいないんだなー、なんてな。

春先、結婚で地方に行っていた子が地元に戻ってきた。
まだ20代半ばで子供ふたり「仕事に頑張るわー!」と明るい。
大変なこともあったはずなのに、愚痴なんてこぼさない。前向きだ。
でもこの子のうちのこどもたちも、
卒業式と入学式が、同じタイミングになってしまうの。
その時にふっと切なくなる彼女のことを想像すると、つねられたように、胸が痛む。
別の日にやってくれるといいんだけど。
といいながら、もしかしたら、ああそうだ。
彼女は若いし、頭がいいだけでなく、性格もいい。
それにすっごくすっごくキレイな人なのだ。
回りがほっとかないような、かわいい人なの。
再婚しているかもしれないね。
ついでに言わせてもらえば、
私の友人の離婚経験者はなぜだか、み~んな美人でな。
さっき書いた入学式が重なった人も、
かなりの美人なので、あの子たちの卒業式には、
(子供たちにとって新しい父となるような)
彼と分担して回っているかもしれないな。
こどもたちと見上げるサクラ、
きっときれいなんだろうなー。