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KANCHAN'S AID STATION 4~感情的マラソン論

マラソンを愛する皆様、こんにちは。
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2006東京国際女子マラソン雑感vol.2

2006年12月03日 | マラソン観戦記
携帯電話の向こうからK氏がたずねた。

「高橋、手袋捨てたが。そんなに寒うないんかのう?」
「寒ないはずはなかろうけどのう。」

解説の増田さんが言うように、これはスパートの合図だろうかと、ひやりとした。シドニー五輪での、あのサングラスを投げ捨てたシーンが思い出された。

しかし、高橋はすぐには前へ出ない。スタートから高橋は一度も土佐の前に出ていない。ここまで走ってきた土佐は、おそらくは雨で濡れているはずの髪や顔に一度も手をやっていない。曇ったサングラスに隠れた目はただ前だけを見ている。彼女の全身の筋肉は、誰よりも先にゴールインするためだけに、彼女の意志に可能な限り忠実に動いている。いつのまに、こんなに堂々とした走りをするようになったのだろう。

彼女が走る姿を見るのは、去年3月のまつえレディース・ハーフマラソン以来だ。五輪の後、すぐに駅伝へと移行した疲れが出ていたのか、あまりいい走りはできなかったと記憶している。7ヶ月前のボストンもこんな風に走っていたのだろうか?見たかった。ここまでひたすら走ることに集中できるのも、歯の矯正治療の賜物だろうか?

尾崎がジジを抜いて3位に浮上する。

27kmでペースメイカーは役目を終えた。今までどうもありがとう。今度はレースに参加して欲しい。

雨は激しくなった。高橋は、いつ、スパートをかけるだろうか?そして、土佐はついていけるだろうか?その「一瞬」を待ちながら画面を見つめていた。

「沿道で走っているのは啓一さん、土佐さんのご主人ではないでしょうか?」
と、増田さん。土曜日の夜、東京行き最終便の飛行機で上京し、土佐の応援にかけつけた、土佐の夫、村井さんが沿道を走って、土佐に声をかけている?

「あれ、村井君かな?」
(実は、この時、沿道にいたのは別人だった。増田さんは勘違いをしたようである。)

30kmは1時間41分48秒で通過。既に、ゴール予想タイムはコースレコードよりも落ちている。1分20秒遅れて尾崎が通過。

30.8km過ぎて高橋は帽子も投げ捨てた。今度こそスパートかと思ったら、先にスパートをかけたのは土佐だった。

「ここで高橋さんつかないと、このまま行かれますね。」

目に見えるほど急激なペースアップを仕掛けたわけではないがリードは広がっていく。

「土佐、行け!逃げろ!」

とテレビに向けて叫ぶまでもなかった。高橋がここまで無抵抗だったとは予想外だった。34km過ぎて両者の差は100mに広がった。35km地点で差は35秒。勝負どころと思った四谷の坂の前に、思わぬほどの差がついてしまった。土佐に何らかのアクシデントが発生するかしないと、逆転は難しそうだ。

K氏は電話の向こうで涙声になっていた。

「高橋は、新しい時代のエースの座のタスキを、土佐に渡すために、東京に来たんや。」

かつて、スポーツライターの武田薫氏が、マラソンの世代交代をタスキ渡しにたとえて語っていた。K氏はその話をえらく気に入り、ことあるごとに引き合いに出していた。

男子のマラソンで言えば、瀬古利彦さんが持っていたタスキは中山竹通さんが受け取り、中山さんはそれを別大で森下広一さんに渡した。

森下さんのタスキは日本人ランナーの手に渡らず、海峡を越えて、ファン・ユンチョの手に握られた。ファンからタスキは李鳳柱に受け継がれたが、それを日本に戻したのが、藤田敦史だった。

今、男子マラソンのタスキはどこにあるのか、わかりづらくなった。エドモントンの後、広島か防府のどちらかを漂っているように見えた。延岡からは遠ざかってしまったようだ。あるいは、藤田が隠し持っていたのか。答えは12月3日、フクオカで明らかになるだろう。

39km過ぎて、尾崎が高橋を捕らえた。3年前、アレムに抜かれた場所で、今度は若い日本人ランナーに抜かれてしまった。

土佐の勝利は揺るぎ無いものとなった。後は記録だ。独走しているようで、ペースは確かに落ちていた。

高橋は1kmのペースを5分台にまで落としてしまった。6年8ヶ月ぶりの直接対決、両者の立場は逆転していた。しかし、土佐にとっても苦しい走りだった。優勝は確実。しかし、世界選手権の選考基準タイム突破は苦しくなっていた。

土佐、ゴールイン。タイムは2時間26分15秒。基準タイムを15秒オーバーしてしまった。しかし、彼女にとっては、学生時代に走った愛媛マラソンも含めて3度目の優勝だ。もう、「万年2位」の善戦マンじゃない。2位の尾崎は初マラソンのタイムを9分以上更新したゴール。そして、高橋が3位で戻ってきた。

ゴールして高橋は手を握る動作をした。指がかじかんで動かせないようだ。手袋を捨て、帽子も捨てたことが全くの裏目になったようだ。3年前よりも悪いレースをしてしまった。

(つづく)



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