野口みずきは強かった。金メダリストが、その力を見せつけるレースだった。
日本記録保持者と、前記録保持者との対決として、「勝負重視」のレースになるかと思われた。野口の自己ベスト2時間19分12秒、渋井陽子の自己ベスト2時間19分41秒。しかし、両者の差は、29秒の記録の差以上のものがあった。
レースは、8年前に山口衛里さんがコース・レコードを作った時の1時間9分31秒よりは1分47秒遅いペースで中間点を通過。この時点で、渋井、野口、サリナ・コスゲイの3人に先頭は絞られていた。氷雨の中のレースとなった昨年とはうって変わってスタート時の気温は22℃。誰が勝っても、記録更新は難しいかと思われた。
29km過ぎて渋井が脱落。以後は野口とコスゲイの並走となる。このところ来日する海外女子ランナーが勝負に絡む機会が少なく、マラソン・ファンを寂しがらせていたが、そんな中、健闘といえるような展開だ。
しかし、失礼な言い方だが、野口とは「格」が違っていた。37kmで脱落。そこからの野口の走りはこれまでに誰も見せた事がないものだった。
コース最大の難所である「市ヶ谷の坂」を含む、35kmからの5kmを初めて17分を切ってみせた。ちなみに、山口さんは17分55秒まで落ち込んだ。
コスゲイに1分54秒差をつける2時間21分37秒のコース・レコードで更新。中間点からゴールまで、1時間10分19秒で上がった。中間点までの入りのタイムよりも、後半の上がりの方が速いレースを「ネガティブ・スプリット」と呼ぶが、ついこないだまで、「国内屈指の難コース」と呼ばれていた東京のコースで日本人がやってのけるとは。これで東京、大阪、名古屋の国内3大女子マラソンで全て優勝した初の日本人ランナーとなった。新たな勲章が彼女に加わった。
マンションの耐震基準問題から食品の賞味期限まで、「偽装」が幅を利かせる今の日本。あろうことか、スポーツの世界まで無縁でなくなっていた。具体例はあまり書きたくないが、そういったものに辟易とさせられていた、多くの人々にとって、野口の「偽装」と無縁の強さは、驚きとカタルシスを与えたに違いない。このレースによって、マラソンという競技のイメージがまた、変わったという人もいるのではないか。
金メダル獲得し、翌年に日本新記録と、野口は高橋尚子と同じ道を歩んできた。次の五輪代表へのトライアルに東京を選んだところも同じだったが、結果は全く逆のものとなった。
両者の違いは何だったのか?
まず、野口は、あらかじめ、北京代表獲得するための世界選手権出場という道を選択せず、今回の東京にしぼって準備を始めていた。高橋は、もともと、アテネ前年のパリの世界選手権で優勝して、アテネ代表の座を獲得する青写真を引いていたのに、故障のために代表選考レースを欠場し、プランを修正する必要に迫られた。パリの世界選手権で銀メダルを獲得し、代表入りを決めたのが野口だったわけである。
(そもそも、五輪前年の世界選手権の最上位メダリストを代表に内定する、という選考基準を僕は、高橋のために作ったルールと僕は認識していた。)スタートに立った時点での気構えにも差があったと思う。
2年2ヵ月ぶりのマラソン優勝とはいえ、野口に「ブランク」は感じなかった。その間、ハーフマラソンには何度も出場して好結果を残していたし、トラックの競技会にも出ていた。
昨年の女子の10000mの日本ランキングで8位になっている。年に1度のフルマラソン以外には公認レースにほとんど出場しなかった高橋ともこの点で対照的だった。
そして、何よりも大きな違いは、野口の指導者である藤田信之氏。実は僕はこの人に好印象を抱いていなかったのであるが、愛弟子の金メダル獲得後に、一冊の本も出さず、マラソンとは全く関係ないバラエティ番組などにも出演しなかった点は僕は評価したい。実業団陸上連合の幹部である人なのだから、そういった「副業」や「野口のプロ転向」などには、全く眼中になかったのかもしれないが。
先日、某週刊誌が伝えたところでは、野口や土佐礼子のCMタレントとしての「商品価値」は高橋の5分の1だというが、
“So What?”
である。競技力と無関係な商品価値がなんだというのだ。それこそ「偽装」じゃないか。新聞社系週刊誌がなんでそんな下らん記事を書くのだ。
建前としての「アマチュアリズム」を標榜する団体の幹部が指導者だったということで野口は、自らの競技力を向上させることに専念できたのかもしれない。村上春樹氏の表現を借りれば、高橋は金メダル獲得後、「運動面」からはみ出し「社会面」の人にもなった(「芸能面」にも足を踏み入れたかもしれない。)が、野口は「運動面」にとどまり続けた。広告代理店関係者には、そんな彼女が「地味」にしか見えないのだろうが、それゆえに彼女は大事なものを守ることができたのではないかと僕は思う。
改めて繰り返すが、野口みずきは強かった。これだけの強さを見せられて初めて、「世界」云々を口にできるのだと思う。五輪代表を決める国際大会で優勝もできない者がメダルなどと口にすることなどおこがましい限りだ。
日本記録保持者と、前記録保持者との対決として、「勝負重視」のレースになるかと思われた。野口の自己ベスト2時間19分12秒、渋井陽子の自己ベスト2時間19分41秒。しかし、両者の差は、29秒の記録の差以上のものがあった。
レースは、8年前に山口衛里さんがコース・レコードを作った時の1時間9分31秒よりは1分47秒遅いペースで中間点を通過。この時点で、渋井、野口、サリナ・コスゲイの3人に先頭は絞られていた。氷雨の中のレースとなった昨年とはうって変わってスタート時の気温は22℃。誰が勝っても、記録更新は難しいかと思われた。
29km過ぎて渋井が脱落。以後は野口とコスゲイの並走となる。このところ来日する海外女子ランナーが勝負に絡む機会が少なく、マラソン・ファンを寂しがらせていたが、そんな中、健闘といえるような展開だ。
しかし、失礼な言い方だが、野口とは「格」が違っていた。37kmで脱落。そこからの野口の走りはこれまでに誰も見せた事がないものだった。
コース最大の難所である「市ヶ谷の坂」を含む、35kmからの5kmを初めて17分を切ってみせた。ちなみに、山口さんは17分55秒まで落ち込んだ。
コスゲイに1分54秒差をつける2時間21分37秒のコース・レコードで更新。中間点からゴールまで、1時間10分19秒で上がった。中間点までの入りのタイムよりも、後半の上がりの方が速いレースを「ネガティブ・スプリット」と呼ぶが、ついこないだまで、「国内屈指の難コース」と呼ばれていた東京のコースで日本人がやってのけるとは。これで東京、大阪、名古屋の国内3大女子マラソンで全て優勝した初の日本人ランナーとなった。新たな勲章が彼女に加わった。
マンションの耐震基準問題から食品の賞味期限まで、「偽装」が幅を利かせる今の日本。あろうことか、スポーツの世界まで無縁でなくなっていた。具体例はあまり書きたくないが、そういったものに辟易とさせられていた、多くの人々にとって、野口の「偽装」と無縁の強さは、驚きとカタルシスを与えたに違いない。このレースによって、マラソンという競技のイメージがまた、変わったという人もいるのではないか。
金メダル獲得し、翌年に日本新記録と、野口は高橋尚子と同じ道を歩んできた。次の五輪代表へのトライアルに東京を選んだところも同じだったが、結果は全く逆のものとなった。
両者の違いは何だったのか?
まず、野口は、あらかじめ、北京代表獲得するための世界選手権出場という道を選択せず、今回の東京にしぼって準備を始めていた。高橋は、もともと、アテネ前年のパリの世界選手権で優勝して、アテネ代表の座を獲得する青写真を引いていたのに、故障のために代表選考レースを欠場し、プランを修正する必要に迫られた。パリの世界選手権で銀メダルを獲得し、代表入りを決めたのが野口だったわけである。
(そもそも、五輪前年の世界選手権の最上位メダリストを代表に内定する、という選考基準を僕は、高橋のために作ったルールと僕は認識していた。)スタートに立った時点での気構えにも差があったと思う。
2年2ヵ月ぶりのマラソン優勝とはいえ、野口に「ブランク」は感じなかった。その間、ハーフマラソンには何度も出場して好結果を残していたし、トラックの競技会にも出ていた。
昨年の女子の10000mの日本ランキングで8位になっている。年に1度のフルマラソン以外には公認レースにほとんど出場しなかった高橋ともこの点で対照的だった。
そして、何よりも大きな違いは、野口の指導者である藤田信之氏。実は僕はこの人に好印象を抱いていなかったのであるが、愛弟子の金メダル獲得後に、一冊の本も出さず、マラソンとは全く関係ないバラエティ番組などにも出演しなかった点は僕は評価したい。実業団陸上連合の幹部である人なのだから、そういった「副業」や「野口のプロ転向」などには、全く眼中になかったのかもしれないが。
先日、某週刊誌が伝えたところでは、野口や土佐礼子のCMタレントとしての「商品価値」は高橋の5分の1だというが、
“So What?”
である。競技力と無関係な商品価値がなんだというのだ。それこそ「偽装」じゃないか。新聞社系週刊誌がなんでそんな下らん記事を書くのだ。
建前としての「アマチュアリズム」を標榜する団体の幹部が指導者だったということで野口は、自らの競技力を向上させることに専念できたのかもしれない。村上春樹氏の表現を借りれば、高橋は金メダル獲得後、「運動面」からはみ出し「社会面」の人にもなった(「芸能面」にも足を踏み入れたかもしれない。)が、野口は「運動面」にとどまり続けた。広告代理店関係者には、そんな彼女が「地味」にしか見えないのだろうが、それゆえに彼女は大事なものを守ることができたのではないかと僕は思う。
改めて繰り返すが、野口みずきは強かった。これだけの強さを見せられて初めて、「世界」云々を口にできるのだと思う。五輪代表を決める国際大会で優勝もできない者がメダルなどと口にすることなどおこがましい限りだ。
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