カウンターの中から客をのぞくといろんなことが見えてくる

日本人が日本食を知らないでいる。利口に見せない賢い人、利口に見せたい馬鹿な人。日本人が日本人らしく生きるための提言です。

悲しさ・楽しさ・侘しさ。そして、通じない心。

2012-07-08 | 人間観察
昨夜のあーちゃんが来た。

店のオープンと同時に入ってきた。

昨夜のことなどすっかり忘れてしまったかのような表情で。

さすが、マツタケのパワー。

みるみる満席になる。

トモちゃんファミリー、リカコ夫婦、問題の医師、東京のリサさん、名古屋を活動の場としている女性シンガーQちゃん。

声をかけてない人も、誰かに聞いたのだろう。いつもと同じようにやってきた。

みんな楽しく騒ぎ、感激してくれる。

「マツタケっていい香り」

「贅沢だね。こんなに焼きマツタケが食べられるなんて」

「生きてて良かった」

大げさに喜ぶ人や、やたら声が大きくなる人。

それでも、店は幸せでいっぱいに感じられた。

突然、あーちゃんが涙を流した。

みんな驚いた。

「どうしたの?」

「悲しいこと、思い出した?」

僕は彼女の涙は理解できる。

しかし、この場を乱すのはいけない。

みんな楽しんでいるのだから。

「あーちゃん、泣くのなら帰れ」

僕はあーちゃんを小声でたしなめた。

「違うよ。感激の涙。生きてて良かった。こんなおいしいもの食べたの初めてだよ」

涙を流しながら、精一杯の笑顔で言い訳するあーちゃんが悲しかった。

今日このまま、尾鷲に実家に帰っていくのだろう。

服装と、小さなバッグがそれを物語っている。

「相談事なら僕が聞いてあげるよ」

また、馬鹿医師がしゃしゃり出る。

「モテナイ嫌われ者の先生は黙ってて」

トモちゃんファミリーの中の女性が言う。

みんな大きな声で笑う。

「小さいマツタケだけど、本当においしい」

誰かがつぶやく。

また、馬鹿医師。

「僕は、秋には、10万円以上のマツタケのコースを食べに行くんだ。だからこんなのは慣れてるんだ。
女の子なんか、みんなそれを楽しみにしててね。いつもみんなを連れて行ってやるんだ。シーズンになったら10回くらいは行くんだ。みんなすごく喜んでくれるよ。みんなには、あまり縁のない話だろうけど」

もう誰も相手にしない。

「ねぇ、聞いてるの。本当にすごいんだって、大きなマツタケがごろごろ出てさ」

「お前のホラはいい。黙って食え。不満なら、この店に来るな」

銀行マンが言った。

みんな「そうだよ、不愉快になるよ。先生の話は」

この人を見ていると、情けなさと、侘しさが感じられる。

そこに、ミユキちゃんからの電話。

急患が出ちゃったから、行けなくなった。月曜日に行くから残しといて、というものだった。

ナースの仕事は過酷だ。

みんなも残念そうだった。

すぐに、アキちゃんからも電話。

土曜日の臨時出勤は、ハードで、深夜になりそうだ、というものだった。

彼女も月曜日に来るといった。

やはりみんなも残念そうだった。

「僕も月曜日に来てあげるよ」

馬鹿医師はなかなか懲りない。

「月曜日は、予約でいっぱいなんですよ」

僕はうそをついた。

それでいい。

心の通じない人には、それでいい。

「先生、わたし、そろそろ」

あーちゃんが立った。

目が潤んでる。

「また来いよ。楽しい話を持って」

僕は笑顔で送った。

「最後にキスしてほしかったよ。先生。元気でね」

彼女は精一杯の笑顔で帰っていった。

ひとつ席が空いている。

「これ誰かの席?」

「うん。来るって行ってたけど、なかなか来ないね」

その席は、最後まで埋まることはなかった。

これなくなったら、きちんと連絡すればいいのに。

薄情というのではなく、人間関係をきちんと作れない人なんだろうなぁと思った。

騒々しさの中にも、幸せがあった。

悲しさもあった。

空しさも、侘しさも、薄情さも見た。

また今日も、いろいろな人間模様を見たような気がした。