カウンターの中から客をのぞくといろんなことが見えてくる

日本人が日本食を知らないでいる。利口に見せない賢い人、利口に見せたい馬鹿な人。日本人が日本人らしく生きるための提言です。

純朴・・・そこには心があった。愛があった。

2012-07-01 | 人間観察
一月ぶりの畑だ。

雑草が生え、悲惨な状態になっている。

足の痛みのせいで、今年はほとんど手を加えることなくやってきた。

それでも、簡単なものは育てている。

手をかけなくてもいい、根っこのもの、万願寺唐辛子や枝豆など。

かぼちゃやスイカもかなり育ってきている。

少し足が楽になってきたせいもあり、草刈をやった。

ほんの一部分だけしかできないが、それでも満足度は違う。

7月は、両親の新盆もあり、毎週のようにやってくる。

少しづつやっていけばいい。

畑で採ったばかりの野菜を朝食の食卓に並べるときの感激は、いつも変わらないほど新鮮だ。

そして、畑仕事の後に入る風呂は最高だ。

こんな素朴な生活は素敵だろうな、なんて考えてしまう。

本当はそんなに甘くない。

天候や季節や温度と戦いながら、買い物に不便な町で暮らすというのは、僕のように、都会で育った人間には、できることではないと思う。


午後は鈴鹿峠を越して、土山に行った。

僕は土山が好きだ。

のんびりした町、純朴な人、余裕のある商売。

僕はこの町でできた、お茶、米、酒、野菜などを手に入れる。

特に野菜は、無農薬農家と契約をしていて、適時、いいものをもらってくる。

最近は、老夫婦がやっている{土山茶うどん}を仕入れてくる。

腰があり、とてもおいしい。

空気もよく、商売っ気のない商店の人々。

僕は以前から気になっていた《茶団子》を食べさせてくれる店に入った。

江戸の庶民文化を髣髴とさせるような古い建物の中で、僕はそばを頼んだ。

そして茶団子と抹茶を頼んだ。

素朴、純朴、質素、そして贅沢な時間が感じられる。

客は僕一人。

3時になれば、そんなものかもしれない。

僕と同じくらいの年齢だろうか、少しやせた女性と、その娘らしい30代前半の女性が二人で楽しそうにやっている。

若い女性は気さくに話しかけてくれる。

「どちらの方ですか?」

「都会の方ですよね」

「お仕事か何かでお見えになるんですか?」

僕は適当に生返事をしてしまった。

なぜって、僕がこの町に来るのには、明確な理由がないからだ。

ただ気にいっている、落ち着く。

たったそれだけのことだ。

「お二人でやってるのですか?」

「ええ、親子なんです」

「結婚されてるんでしょ?」

彼女は少し照れたような笑みを見せた。

「出戻りですよ。母も私も。遺伝かしらね。いい男の人に縁がないんですね」

「お子さんは?」

「幸か不幸か、私にはいないんです」

「でもいい人見つかりますよ。あなたみたいなきれいな人は、その気になれば簡単だと思うんだけどね」

「結婚は簡単ですよ。言い寄る男はたくさんいますから。
でもね、一度失敗すると、なかなか思い切れないんですよ。もうすぐ本厄ですよ」

少し返事に困ってしまった。

「月に一度くらいは来てますよね?」

また、突然の質問に驚いた。

「ええ、よくご存知ですね」

「あんな目立つ赤い車が、杉山さんの店の前にとまれば、誰だって気になりますよ。

「そんなに目立ちますか?」

「この辺の目立ちたがり屋は、もっと下品な車に乗るの。
あなたはもう少し、上品に見えるわ。母の昔の恋人に似てるらしいけど」

「何でもうわさになるんだね。でも光栄ですね。そんな艶っぽい話のネタにしてもらえるなんてね」

母親が、新しいお茶を入れて持ってきてくれた。

助け舟だった。

このお茶を飲んで、さっさと帰ろうと思ったのだ。

しかし、まさかの出来事だった。

「いつまでも若いですね。原田さんは。私なんかもうすっかりおばあちゃんになってしまったのに」

驚いた。

まったく頭の中になかった。

大学時代に一緒だった久仁子さんだった。

顔を見たときにどうして気がつかなかったのだろう。

そう、彼女は滋賀の出身だった。

ここが実家だったのだ。

「母が、昔の恋人に似てるって、ずっと言ってたんですよ」

母が少しあわてる。

「違うわよ。昔、恋人ならいいなぁって思ってた人、って言ったのよ」

娘は少し疑いの目で笑みを見せる。

いい親子だ。

この朗らかさは、きっとこの土地ならではのものだろう。

「もう36年も前のことなんだね」

僕はそういうしかなかった。

「今夜のみに来ませんか? それとも私たちが行きましょうか?」

娘の主張はかわいくて強引だ。

僕はまだ用事があった。

お茶も買わねばならないし、津市のコーヒー豆業者にも会う約束があった。

結局、夜7時に、畑のある家にきてもらうことになった。

「着替えのパンツ持ってくから、お風呂お願いね」

あっけらかんとした娘は、昔の久仁子と同じように見えた。