一月ぶりの畑だ。
雑草が生え、悲惨な状態になっている。
足の痛みのせいで、今年はほとんど手を加えることなくやってきた。
それでも、簡単なものは育てている。
手をかけなくてもいい、根っこのもの、万願寺唐辛子や枝豆など。
かぼちゃやスイカもかなり育ってきている。
少し足が楽になってきたせいもあり、草刈をやった。
ほんの一部分だけしかできないが、それでも満足度は違う。
7月は、両親の新盆もあり、毎週のようにやってくる。
少しづつやっていけばいい。
畑で採ったばかりの野菜を朝食の食卓に並べるときの感激は、いつも変わらないほど新鮮だ。
そして、畑仕事の後に入る風呂は最高だ。
こんな素朴な生活は素敵だろうな、なんて考えてしまう。
本当はそんなに甘くない。
天候や季節や温度と戦いながら、買い物に不便な町で暮らすというのは、僕のように、都会で育った人間には、できることではないと思う。
午後は鈴鹿峠を越して、土山に行った。
僕は土山が好きだ。
のんびりした町、純朴な人、余裕のある商売。
僕はこの町でできた、お茶、米、酒、野菜などを手に入れる。
特に野菜は、無農薬農家と契約をしていて、適時、いいものをもらってくる。
最近は、老夫婦がやっている{土山茶うどん}を仕入れてくる。
腰があり、とてもおいしい。
空気もよく、商売っ気のない商店の人々。
僕は以前から気になっていた《茶団子》を食べさせてくれる店に入った。
江戸の庶民文化を髣髴とさせるような古い建物の中で、僕はそばを頼んだ。
そして茶団子と抹茶を頼んだ。
素朴、純朴、質素、そして贅沢な時間が感じられる。
客は僕一人。
3時になれば、そんなものかもしれない。
僕と同じくらいの年齢だろうか、少しやせた女性と、その娘らしい30代前半の女性が二人で楽しそうにやっている。
若い女性は気さくに話しかけてくれる。
「どちらの方ですか?」
「都会の方ですよね」
「お仕事か何かでお見えになるんですか?」
僕は適当に生返事をしてしまった。
なぜって、僕がこの町に来るのには、明確な理由がないからだ。
ただ気にいっている、落ち着く。
たったそれだけのことだ。
「お二人でやってるのですか?」
「ええ、親子なんです」
「結婚されてるんでしょ?」
彼女は少し照れたような笑みを見せた。
「出戻りですよ。母も私も。遺伝かしらね。いい男の人に縁がないんですね」
「お子さんは?」
「幸か不幸か、私にはいないんです」
「でもいい人見つかりますよ。あなたみたいなきれいな人は、その気になれば簡単だと思うんだけどね」
「結婚は簡単ですよ。言い寄る男はたくさんいますから。
でもね、一度失敗すると、なかなか思い切れないんですよ。もうすぐ本厄ですよ」
少し返事に困ってしまった。
「月に一度くらいは来てますよね?」
また、突然の質問に驚いた。
「ええ、よくご存知ですね」
「あんな目立つ赤い車が、杉山さんの店の前にとまれば、誰だって気になりますよ。
「そんなに目立ちますか?」
「この辺の目立ちたがり屋は、もっと下品な車に乗るの。
あなたはもう少し、上品に見えるわ。母の昔の恋人に似てるらしいけど」
「何でもうわさになるんだね。でも光栄ですね。そんな艶っぽい話のネタにしてもらえるなんてね」
母親が、新しいお茶を入れて持ってきてくれた。
助け舟だった。
このお茶を飲んで、さっさと帰ろうと思ったのだ。
しかし、まさかの出来事だった。
「いつまでも若いですね。原田さんは。私なんかもうすっかりおばあちゃんになってしまったのに」
驚いた。
まったく頭の中になかった。
大学時代に一緒だった久仁子さんだった。
顔を見たときにどうして気がつかなかったのだろう。
そう、彼女は滋賀の出身だった。
ここが実家だったのだ。
「母が、昔の恋人に似てるって、ずっと言ってたんですよ」
母が少しあわてる。
「違うわよ。昔、恋人ならいいなぁって思ってた人、って言ったのよ」
娘は少し疑いの目で笑みを見せる。
いい親子だ。
この朗らかさは、きっとこの土地ならではのものだろう。
「もう36年も前のことなんだね」
僕はそういうしかなかった。
「今夜のみに来ませんか? それとも私たちが行きましょうか?」
娘の主張はかわいくて強引だ。
僕はまだ用事があった。
お茶も買わねばならないし、津市のコーヒー豆業者にも会う約束があった。
結局、夜7時に、畑のある家にきてもらうことになった。
「着替えのパンツ持ってくから、お風呂お願いね」
あっけらかんとした娘は、昔の久仁子と同じように見えた。
雑草が生え、悲惨な状態になっている。
足の痛みのせいで、今年はほとんど手を加えることなくやってきた。
それでも、簡単なものは育てている。
手をかけなくてもいい、根っこのもの、万願寺唐辛子や枝豆など。
かぼちゃやスイカもかなり育ってきている。
少し足が楽になってきたせいもあり、草刈をやった。
ほんの一部分だけしかできないが、それでも満足度は違う。
7月は、両親の新盆もあり、毎週のようにやってくる。
少しづつやっていけばいい。
畑で採ったばかりの野菜を朝食の食卓に並べるときの感激は、いつも変わらないほど新鮮だ。
そして、畑仕事の後に入る風呂は最高だ。
こんな素朴な生活は素敵だろうな、なんて考えてしまう。
本当はそんなに甘くない。
天候や季節や温度と戦いながら、買い物に不便な町で暮らすというのは、僕のように、都会で育った人間には、できることではないと思う。
午後は鈴鹿峠を越して、土山に行った。
僕は土山が好きだ。
のんびりした町、純朴な人、余裕のある商売。
僕はこの町でできた、お茶、米、酒、野菜などを手に入れる。
特に野菜は、無農薬農家と契約をしていて、適時、いいものをもらってくる。
最近は、老夫婦がやっている{土山茶うどん}を仕入れてくる。
腰があり、とてもおいしい。
空気もよく、商売っ気のない商店の人々。
僕は以前から気になっていた《茶団子》を食べさせてくれる店に入った。
江戸の庶民文化を髣髴とさせるような古い建物の中で、僕はそばを頼んだ。
そして茶団子と抹茶を頼んだ。
素朴、純朴、質素、そして贅沢な時間が感じられる。
客は僕一人。
3時になれば、そんなものかもしれない。
僕と同じくらいの年齢だろうか、少しやせた女性と、その娘らしい30代前半の女性が二人で楽しそうにやっている。
若い女性は気さくに話しかけてくれる。
「どちらの方ですか?」
「都会の方ですよね」
「お仕事か何かでお見えになるんですか?」
僕は適当に生返事をしてしまった。
なぜって、僕がこの町に来るのには、明確な理由がないからだ。
ただ気にいっている、落ち着く。
たったそれだけのことだ。
「お二人でやってるのですか?」
「ええ、親子なんです」
「結婚されてるんでしょ?」
彼女は少し照れたような笑みを見せた。
「出戻りですよ。母も私も。遺伝かしらね。いい男の人に縁がないんですね」
「お子さんは?」
「幸か不幸か、私にはいないんです」
「でもいい人見つかりますよ。あなたみたいなきれいな人は、その気になれば簡単だと思うんだけどね」
「結婚は簡単ですよ。言い寄る男はたくさんいますから。
でもね、一度失敗すると、なかなか思い切れないんですよ。もうすぐ本厄ですよ」
少し返事に困ってしまった。
「月に一度くらいは来てますよね?」
また、突然の質問に驚いた。
「ええ、よくご存知ですね」
「あんな目立つ赤い車が、杉山さんの店の前にとまれば、誰だって気になりますよ。
「そんなに目立ちますか?」
「この辺の目立ちたがり屋は、もっと下品な車に乗るの。
あなたはもう少し、上品に見えるわ。母の昔の恋人に似てるらしいけど」
「何でもうわさになるんだね。でも光栄ですね。そんな艶っぽい話のネタにしてもらえるなんてね」
母親が、新しいお茶を入れて持ってきてくれた。
助け舟だった。
このお茶を飲んで、さっさと帰ろうと思ったのだ。
しかし、まさかの出来事だった。
「いつまでも若いですね。原田さんは。私なんかもうすっかりおばあちゃんになってしまったのに」
驚いた。
まったく頭の中になかった。
大学時代に一緒だった久仁子さんだった。
顔を見たときにどうして気がつかなかったのだろう。
そう、彼女は滋賀の出身だった。
ここが実家だったのだ。
「母が、昔の恋人に似てるって、ずっと言ってたんですよ」
母が少しあわてる。
「違うわよ。昔、恋人ならいいなぁって思ってた人、って言ったのよ」
娘は少し疑いの目で笑みを見せる。
いい親子だ。
この朗らかさは、きっとこの土地ならではのものだろう。
「もう36年も前のことなんだね」
僕はそういうしかなかった。
「今夜のみに来ませんか? それとも私たちが行きましょうか?」
娘の主張はかわいくて強引だ。
僕はまだ用事があった。
お茶も買わねばならないし、津市のコーヒー豆業者にも会う約束があった。
結局、夜7時に、畑のある家にきてもらうことになった。
「着替えのパンツ持ってくから、お風呂お願いね」
あっけらかんとした娘は、昔の久仁子と同じように見えた。