亀の啓示

18禁漫画イラスト小説多数、大人のラブコメです。

パラレルストーリー 年上美月 同棲編三年目の浮気②

2018-08-24 00:51:00 | 美月と亮 パラレルストーリー
「浮気?」

俺は開いた口がふさがらなかった。
今だに玄関先で俺と美雪が近づいて
喋っていれば、笑いながら人を睨んでくる
男である。
考えにくいが、出来心とか別腹とかなのかな。
わからない。

美月も同じようなことを考えていたらしく
思わず突っ込みを入れる。

「賞平くんに限って、そんなことは
ないと思うなあ。」

美雪自身、愛されている実感はあるだろう。
なのに、こんな相談をしに来るということは
何か不安に思う出来事が、実際に起こって
いるのだろう。
そこを促すと、美雪はポツリポツリと話し始めた。

「今夜だって、ちょっと友達と呑んでくるから
遅くなるって出ていったの。結婚してから
そんなこと初めてだし、どこの誰かも教えて
くれないのよ。」

あらら。それは怪しい。
夜に呑みに行くなんていかにもな言い訳だ。
せめて、相手に美雪の知っている人を
チョイスして口裏を合わせるくらいの工夫は
欲しいところだ。

美月は苦笑いをする。美雪は見逃さなかった。

「美月先生。心当たりないですか?」

「いやあ、賞平くんは友達とわざわざ約束して
呑みに行くタイプじゃないよね。仕事上がりとか
打ち上げとかで誘われれば、断らないやつだけど。」

美月は思ったままを話す。
黙ってればいいのに、とも思うが
ここで適当に言い繕っても、美雪にほじくり返されて
本音を言わされるはずだ。

「まあ、相手が女だと仮定しよう。
もしかすると本当に只の友人なのかもしれないし
二人きりじゃないと都合の悪い話をしてるのかも
しれない。恋愛相談なんかを受けてるとかね。」

俺はここで、本当に人それぞれだと思う
『浮気と友達の境界線』をリサーチして
いくことにする。

「美雪は先生…いや旦那さんがだよ。同僚とか
昔の同級生とか、軽い知り合いくらいの女性と
二人きりで会うとして。どこまでなら許せる?」

この辺を甘く見積もると痛い目に遭う。
美雪は一言。

「夜に二人きりで会うこと自体アウトでしょ?」

亮はさっき恋愛相談とか言ったけど
既婚男性に、女が夜に二人きりで会うのを
強要してする話じゃないんじゃない?
そんなものは女同士でぐるぐる解決しない
方向に話をしてればいいのよ。
それが楽しいんじゃないのかしら?
同僚ならなおさらおかしくない?
同僚の家庭を思いやれないような女とは
ぜひ距離をおいて付き合うようにするべきよ。
昔の同級生やら軽い知り合いくらいの女性と
夜に二人きりで呑みに行かなきゃ出来ない話を
しなきゃならない必然性が、私には理解出来ないわ。
だってそうでしょ?

「そもそもあたしが昔の同級生と
夜に二人きりで呑みに行くって言ったら
彼はなんて言うと思う?そこでキスまでなら
許すとか手に触れるくらいなら許すとか
そんなこと言ってる場合ではないわよね?!」

あれ?

昔の、同級生?

「美雪に抱きつかれただけで殴られた
俺の立場はどうなって行くんだ?」

何年も前の話だけど、気にならないまでに
忘れているわけでもない。ないんだよ。

「本人に訊いてみたら?」

美月は今までの話をひっくり返すような
暴言を吐いた。

「………話、聞いてましたよね?」

美雪は頭を抱える。

「美月。訊いてもしらばっくれるし
本当に友達と呑んできたとしても
反応は同じだから。」

「あ。そうか。」

こんな美月が、人を疑わないとか
嫉妬も起こさないとか言うわけではない。
この女は脊椎反射でやきもち妬くから
それはそれで油断できない。

「別にどうしてもらおうと思った訳じゃないし。
聞いてもらって楽になったわ。」

これは美雪と一芝居打って、揺さぶりをかける
べきだろうかと考えてやはり思いとどまる。
もし、その浮気がただのつまみぐい、とかでは
なかった場合は逆効果になるだけだ。

「体に、訊こうか。」

美月がきれいに拳を握りしめて
胸の前で構えを決める。

「話す相手間違えたなあ。せめて内緒に
してくださいね?」

美雪はため息をついた。
俺は玄関先で美雪を送り出しながら
励ますように肩に手を回した。

「元気出せって。まあ、学校の先生たちには
明日電光石火で話が回っちゃうだろうけど。」

「…あたしもちゃんと話をするわ。」

美雪は気持ちが切り替えられたようで
笑顔で俺を見る。美人だよな、こいつ。
こんないい女にこんなに心配かけて。
旦那失格だぜ。坂元先生。

「人の女房に何やってんだよ。」

後ろからドスの効いた低い声がした。
俺が振り向こうとするより早く
襟首を掴まれて、後ろに引っ張られた。
美雪から俺を引き剥がすと、アパートの壁に
叩きつけるようにして胸ぐらを掴む。

「何してるの賞平さん!やめてよ!!」

すぐそばにいるはずの美雪の叫びも
遠くに響いているように感じた。

「いつもいつも美雪とイチャイチャ
しやがって。胸糞悪りぃ。」

息が、酒臭かった。まあ、呑んで帰ってきたのは
本当のようである。

「誰と呑んで来たんです?」

俺はこんな状況なら油断して
何か秘密を漏らすかと突っ込んでみたのだが。

「てめぇに関係ねえ。」

「女、ですか?」

俺の言葉に、胸ぐらを掴んでいた坂元先生の
手が緩んだ。

「何言ってんだ?お前は。」







「あれ?賞平くん。」

込み入った話になりそうだったので
改めて美雪と坂元先生を部屋に連れてきた。
美月は片付けたカップを洗っていたら
また来客で、慌ただしくヤカンを火にかけた。
美月は、俺のシャツの襟が乱れて、不自然にシワに
なっているのを見て取った。
俺と坂元先生を交互に見る。
美月がややこしい脱線を始める前に
本題を片付けようと思う。

「なんか。浮気じゃないくさいよ?」

俺が言うと、美月と美雪は目を見開いて
こっちを見た。
坂元先生だけは、眉を寄せた。

「だれが?」

まあ俺の言い草では、誰かが
浮気を疑われていたということは
察することができよう。
誰かと問いかける坂元先生の目は
自分が渦中にいるなどと想定外、という
普段と変わらない色である。

「賞平くん、お酒入ってんの?
冷たい飲み物の方がいい?」

美月がなんとなく話をそらす。
坂元先生は何でもいいと答えて
改めて俺を見た。

「浮気のなんのって。誰の話だ?」

知り合いの噂話か。
それとも、もっと深刻な身内の話か。
坂元先生は少し心配するような声音で言う。

「美雪。この人、浮気してないよ。」

俺は美雪の方を向いて、坂元先生を指すと
呆れたように断言した。

「はあ?俺が浮気?どういうことだ?」

ピヒューとヤカンが鳴く。
美月はいそいそと台所に向かう。
俺は美雪が口を開かないので
手短に説明することにした。

「最近の先生の挙動に疑いを持った奥さんが
ついさっきまで家で相談してたんです。」

「は?疑い?」

「坂元先生、たびたび美雪を置いて
外出してますね?誰と会うのか訊いても
教えてくれないって。」

美雪は俯いて、誰とも目を合わせない。

「え、美雪。そんな勘違いしてたのか?」

「賞平さん、様子がおかしかったんだもの。
何を訊いてもはぐらかして。あたしを見て
くれてない感じがしたの。」

美月がほうじ茶を淹れて運んできた。
香ばしく落ち着く匂いが漂う。
お茶請けに浅漬けなんか持ってきて
美月ってば本当に可愛い女だ。

「そういえば、亮はなんで浮気じゃないって
わかったの?」

美月が俺の横をすり寄るようにしながら
お茶を出す。可愛い。

「後ろめたさがなかった。堂々と俺の
胸ぐらを掴んで。嫉妬もいつもと変わらずで。」

「しょーへーくん!また亮に手出したのっ?!」

美月は止める間もなく、素早い身のこなしで
坂元先生の後ろに回り込んだ。
ヘッドロックを決める。

「ご、ごめんって!だってこいつ美雪の肩を!」

話が進まなくなると思った美月は、あっさり
坂元先生から手を離す。美月にしてはお利口だった。
あとで撫でてあげよう。身体中。

「じゃあ。今日は誰と呑んでたの?」

美雪がゆっくり、恐る恐るといった風に顔を上げる。
もっと理攻めで追い詰めて行くと思っていたのに
色々な思いに負けそうになりながら
必要最低限のことを口にするだけで精一杯だった。

「夜に、誰と会ってたの?」

そこで、坂元先生は意外な単語を出してきた。

「編集さん。」

全員のゼンマイが切れたように、ギシギシと
ぎこちなく動きを止めた。
ヘンシュウ、サン?

「安心して。大学時代の悪友だ。大塚って
覚えてないか?美月。」

「あれ?節っちゃんの彼氏?」

「節子さんの、彼?」

節子とは、坂元先生の妹だという。

「それなら家に連れてくればいいのに!」

美雪は悔しそうな嬉しそうながっかりしたような
すごく複雑な顔をしている。

「美雪がそう言うと思ったから黙ってたんだ。」

「え?」

美雪は少し、機嫌を損ねた顔になる。
義理の妹の彼でもある夫の友達を
もてなさないわけがない。

「っていうか。編集さんって。その大塚さんが?」

俺が口を挟むと、坂元先生はそうそう!と
ご機嫌な顔になった。

「遅咲きだけど。デビューが決まりそうだ。」

全員状況が飲み込めなかったが
先生は漫画家としてデビューすることになったという。






「もちろん知りませんでした。」

俺は正直にいった。
妙に図解が達者だとは思っていた。
でも生物の先生はだいたい細胞の絵とか
変に上手いものだ。

「賞平くん、確か漫研だったね。」

美月は今更思い出したようである。

「デビューって?」

美雪はあまりの非現実感に頭が真っ白である。

「マイナー誌だけど、連載持たせてもらえそうなんだ。」

月刊誌に8ページ。
趣味の延長だというが、これは明らかな副業である。

「これからも内緒にしてほしい。」

俺も美月も首を縦にぶんぶん振った。

「だから、隠してたっていうの?」

美雪は納得していなかった。

「いや。美雪には正式に決まってから
驚かせてやろうと思って。秘密にしてた。」

今までの坂元先生の挙動不審は
すべて妻へのサプライズのためだったという。

「もう!!驚かせないで!!」

美雪は旦那さまに抱きつくと、ドンドンと
柔らかく握った拳で胸を叩く。

「ばかばか!」

「まさかそんなことになってたなんて
思わなかったけど。ごめんな。誤解させて。」

先生は奥様の頬に軽くキスして、抱きしめた。





「人騒がせな。」

美月は坂元先生と美雪が帰っていくと
大きくため息をついた。

偉そうに言っているが
美月は美雪からの浮気の相談自体に
全くの役立たずであった。
そんなとこもかわいい。

「亮もね。賞平くんが手荒にしたらやり返して
構わないんだからね!」

あ。そっちのことか。

「俺は浮気なんかしないから。」

美月はあの時いった。
頭ではわかってても、体が言うことを利かない。
人の感情って、あんなにコントロールができない
ものなんだ。同時に痛くて切なくて愛おしい。

「愛してる。好きだよ。」

もし、浮気しないまでも
今回の坂元先生と美雪のように
誤解から嫉妬させたりしたら
美月は暴れるのだろうか。
いや。たぶん泣くんだろう。
そして、俺から逃げていってしまう。

俺は逃がさないように愛しい女を抱きしめた。

















パラレルストーリー 年上美月 同棲編三年目の浮気

2018-08-21 04:07:51 | 美月と亮 パラレルストーリー
「今晩は~」

まったくの偶然からお隣同士となった
坂元さんの若奥様、美雪さんがウチに訪ねてきたのは
ある土曜日の夜だった。
中学からの友人である美雪が、高校のときの
生物教師である坂元先生と結婚したのは
二年前の春である。

高校の卒業式の日に入籍。
結婚式にも呼ばれたが
ほとんどの友達が半信半疑といった
ピントの合わない顔つきで
それでもお祝いしなくちゃね、と
絞り出したヘンなテンションで盛り上がってた。

美雪と坂元先生は誰にも内緒で
学校でも頑なに先生と生徒を演じ切っていた。
本当に、誰も知らなかったところに
急に「わたしたち結婚します!」と来たので
驚くというより、ポカンとして呆気にとられる
という頭が動かなくなる系の反応だったのだ。

「あんたは知ってたわけ?」

美雪と中学からずっと一緒で
自他共に親友と認める久美が俺を見る。

久美はクールな奴で、例え自分の興味の範疇で
起こる出来事であっても、そうそう表情を変えて
驚くような女ではないのだが、今回は驚きが度を越えて
表情を動かすヒマがなかったようだ。

だが、ほかの奴らから見れば
久美はいつもの通りクールで
こんな天変地異とも言うべき
しかもおめでたい出来事に対しても
心波立てることもなく受け止めているのだと
感心しているようである。

「三年のとき。美雪から聞いたよ。」

俺が知っている、いや仲間内で唯一
打ち明けられていたという事実の方が
久美には手頃な驚きだったようで
年に一度見られるかどうかという
呆けた顔を見せてくれた。

そもそも俺と美雪、久美の三人は
中学から同じ高校に進学し
一年の時には同じクラスだった。
そして共に生物をあの教師から教わり
同じように言葉を交わしていたのだ。
美雪には、特に彼に傾倒している様子は
見られなかったし、他の教師よりも
むしろよそよそしくしていたような
節さえあった。

俺も久美も、美雪に男が出来たことだけは
薄々分かった。だが、少なくとも自分たちの知る
者が相手ではないと確信していた。
好きな男に対する態度というモノは
いくら隠してみたところで匂うものだ。
俺も久美も、美雪の男子に対する
塩対応をたらふく目にしてきたので
その違いを見抜く自信はあったのだが。

「納得行かねぇわ!どーしてあんたが知ってて
あたしが知らん!」

久美は絶対に俺より自分に打ち明けられて
当然だと思った。
そりゃ、俺も思った。
きっと式に呼ばれた美雪の友人全員がそう思うだろう。
ただ、これまた事情があったのだ。
せっかくのめでたい席で、新婦の一番の親友が
こんなに不機嫌では、何かと雰囲気が
悪くなるであろうと思った俺は
タネ明かしをしてあげることにした。

「同じ立場だったから、何かと利用価値があると
判断したんじゃないのか。イザという時にもお互いの
首根っこ掴んでるって安心感があるし。」

美雪が俺に坂元先生とのことを話したのには
美月への嫉妬がベースにあったわけだが
あいつにはもっと深いトコロの損得勘定があったのだ。
したたか。あいつにはこの四文字がよく似合う。

「どーいうイミ?」

そりゃこれだけで分かったら久美はエスパーだ。

俺は新郎友人席に座った美月に念を送る。
すると美月は俺の視線に気づきニコッと笑った。
んん。かわいい。

「どー、いう、イミ、かッて、
訊いてんでしょうよ!!」

久美は短気だな。
俺のほっぺたをぎにゅりとつねり上げる。

「いや、俺も立場が同じっていうのは
その、教師とつき合ってたってこと。」

久美は、はッと気づいたように美月の方を見た。
もう美月は手元の皿の上のテリーヌをちみちみと
切り分けて口に運び、むひ~と美味しそうな笑みを
浮かべている。美味しそうなのはお前だよ。
うふふ。後で美味しく食べてやろう。

「鼻の下伸ばしてんじゃねえぞ。」

「口が悪いぞ。女の子なのに。」

久美はようやくいつものクールな顔に戻ると言った。

「美雪もやっと大っぴらに、好きな男に
甘えられるんだもんね。おめでたいことよ。」

「俺も来月から同棲するんだ。親、公認。」

「は?」

どうやら余計なことを言ったらしい。
久美はまた、不機嫌になってしまった。





話が脱線しすぎた。
そんなこんなで、結婚して三年目を迎えた
坂元夫人がだ。土曜日の夜に我が家にやってきたのだ。

よく考えてみてほしい。
土曜の夜にだ。
奥さんが旦那ほっぽらかして遊びに来るなんて。

あんな情熱的な秘密の恋を成就させた
美雪にしてはおかしな話ではないか。

「先生は?」

旦那だけどこかに出かけていて
退屈したか、はたまた寂しくなったかで
うちに来たのかと気を回す俺。
美雪はいつになく真剣な面持ちである。

美月も固唾を呑んで見守る。

「もしかして、あの人。浮気してるかも。」

すごく触りづらい話が来てしまって
俺も美月も顔を見合わせて絶句した。

パラレルストーリー 年上美月 同棲編一年後

2018-08-19 08:11:40 | 美月と亮 パラレルストーリー
「ねえ。亮?」

美月は風呂上がりのほかほか桃色の体を
擦り寄せてきて囁く。

「どうしたの?」

美月の体が桃色にゆで上がるのを
隣で一緒に見ていた俺だが、湯上がりの
濡れていつもとは違うウェーブのかかった髪や
湯気がシャンプーの匂いを甘く立ててくる様子に
完全にノックアウトされているのだった。

一緒に暮らし始めて一年。
俺もバイトで生活費をかなり賄えるようになる。
相変わらず字の汚ない沖田先生は、ますますその
ミミズダンスぶりに磨きが掛かり、他のスタッフ
からはすこぶる評判が悪い。

「亮くんが先生を甘やかすからよね。」

行政書士の音無さんは沖田先生の補佐を務める
我が事務所のナンバー2だが、沖田先生の悪筆には
頭を痛めている。
書類作成が生業である行政書士は
文字のコミュニケーションが立ち行かないなんて
致命傷なんだけど、俺が沖田先生の悪筆を殆ど
すんなり解読するようになっちまったもんで
他のスタッフにも俺に渡すと同等の難解文字で
メモを渡すようになったのである。

講義の間の休憩に画像添付されたメールが
届き、スタッフ全員がギブアップした
ミミズ解読を求められたことも一度や二度ではない。
読める自分もどうかと思うが、先生本人に確認した
方が早いと思うんだけど。

「明日は、研修で東京に行くんだ。」

美月は桃色の頬を俺の頬に寄せて、んふんと
吐息をつく。

「バイト終わったら、待ち合わせしない?
一緒に帰ろう。んふふ。」

すごく嬉しそうに話す。我慢出来ないように
甘えて笑う。

「7時ごろになるけど、大丈夫かい?」

「待ってるよ。」

俺は美月の体を撫でながら、明日はどこで
食事をしようかと考える。事務所は飯田橋にあるので
新宿まで出てもいいし、神楽坂でもいいなと
あれこれ迷う。

「ん。亮ぅ。」

ゴロゴロと胸にすり寄る可愛い女を
布団で寝かしつける。
まだ眠るつもりはないみたいで
んふんふと体をくねらせてゴネはじめた。
俺は静かにさせようと色んなところを撫でるが
あんあんと声を上げて体を弾ませてしまう。
仕方がない。きつい、お仕置きだ。
美月はお仕置きの最中も、大人しくなんか
していなかった。











「あれ?亮。妙にソワソワしてるじゃないか。」

そろそろ終業時間だ。
美月を待たせているので、事務所を出たら
ダッシュで彼女の待つカフェへと向かうのだ。
そしたら沖田先生に気づかれた。

「何でもないです。」

イケメンに彼女会わせたくない症候群。

「彼女と待ち合わせかよ?」

何でわかるのさ!!

「ほっといてください。」

沖田先生は呆れたように大きなため息をつく。

「お前はなんて狭量な男なんだよ。
俺の悪筆をほぼラグなしで解読してくれる
大事なバイトの彼女に、日頃の感謝の気持ちも
込めて酒でも奢りたいんだけど。」

「感謝されるべきは俺じゃないんですか?」

「細かいことは気にしなくてもいい。」

「すごくそこだけ気になりますけど。」

沖田先生はぶひゃひゃと下品に笑う。
でもイケメンはこんな笑い方しても
最終的には下品にならない。

「三人で飲まない?奢るからさ。」







俺はつい先週、二十歳になったばかりなのだ。
誕生日には実家に帰って、家族と美月に
祝ってもらった。
うちの家族は酒に弱い。父も母も缶ビールを
一本二本飲めばどうでもよくなるほど弱い。
俺はその日、調子に乗ってワインを一本空けて
べろべろに酔った。
美月が介抱してくれたみたいで
二日酔いもなく爽やかに目覚めた。

後から話を聞くと、美月が俺をトイレに担ぎ入れて
さっさと指を口に突っ込み吐かせたという。
母はオロオロするばかりで、流石美月ちゃん!と
かなり持ち上げていた。

で、これは親父が教えてくれたのだが
美月は、はじめの乾杯しか酒に手をつけて
いないという。

美月は酒に弱く、シラフでいる代わりに
酔った者の介抱をしてきたのではないか。

俺は美月に無理やり飲ませないように決めたし
自分も手間を掛けないように節度を持とうと
誓ったばかりだった。

「俺も、彼女も、あんまり飲みませんからね。」

美月にははじめの乾杯をつき合ってもらう
ことにして、自分は先生と同じものを
はじめの一杯、二杯とつき合うことにした。

美月を迎えに行くと、一緒についてきた
イケメン中年に驚いていたが
一通りの挨拶を済ますと、すぐに俺の横に
寄り添ってくれた。
先生、イケメンでしょ?と耳打ちすると
亮のほうがカッコいいよ。とニッコリした。
馬鹿みたいだけど、ホッとした。



先生行きつけのバルで予約席の札が置かれた
テーブルにつくと、おまかせで料理が運ばれる。
乾杯はビールで。こんなもんだろう。
俺と先生はジョッキの半分ほどを一気に飲み干す。

「彼女の前だからってカッコつけてると
ベロベロになんぞ?」

先生は余裕でウインクすると
すぐにジョッキを片付けてウイスキーを頼む。
ワイルドターキーが瓶ごと置かれ、
グラスと氷、チェイサーが揃った。
ご機嫌で水割りを作り、俺と美月の前に
滑らせるようにして寄越した。

「若い頃はバーテンのバイトもやってたんだ。」

うわあ。モテる男は何をしても様になるが
これは鉄板。モテるやつや。

「美月。無理して飲まなくてもいいぞ?」

「ん。でも、せっかくだから。口はつけさせて
もらうよ。大丈夫。これ一杯だけね。」

正直、美月も心配だが俺自身はもっと心配だ。
ウイスキー、飲んだことない。

「亮こそ、無理しちゃだめ。」

俺たちが出された水割りをチビチビ
舐め始めると、先生が笑って言った。

「酒は飲まないと余計弱くなるぞ!
ぐいっと行けよ!はははは」

先生はロックでウイスキーをあおる。
早くも一杯目を飲み干した。

「おぉい。亮?まだ全然飲んでないじゃん。
情けねぇぞぉ。彼女の前でよ。」

酔っているわけではない。目はしらふだ。
でも、その目は笑っていない。
少し変な雰囲気になったところで
横の美月が思わぬことを言い出した。

「先生。もう、酔っちゃってるんですか?」

見れば、美月のグラスも空になっている。

「お?彼女はいい飲みっぷりだ。
亮もいけいけ!」

美月は一瞬黙りこみ、口元を一文字に
引き締めてから口の端だけを微かに上げて微笑む。

「この子は先週二十歳になったばかり。
まだ、子供です。ご存知でしょ?」

「……………おやおや。気の強いご婦人のようだ。」

先生は大人の男として、ちょっとばかり
俺に先輩風吹かしてからかっていただけだ。
それは俺にもよくわかった。
でも、いい加減しつこいなと思ったところだった。
やはり先生は少し酔ってはいるのだろう。
それ以上に、美月のキレ方に俺は驚く。

美月はグラスの氷を俺のグラスにカランカランと
放り込んで、空になったグラスにワイルドターキーを
並々と注いだ。琥珀色の液体は、美月の白い喉元を
上下させる艶かしい動きに呼応するように
うねりながら消えて行った。

「お酒は、楽しく飲むものでしょう?
強制されて無理に飲むなんて馬鹿馬鹿しい。」

俺も先生も動けなくなる。
美月はまた、グラスにワイルドターキーを注いだ。

「んふう。美味しいん。」

美月は決して酒に弱いわけではなかった。


小一時間。美月がワイルドターキーに引き続き
山崎を手酌でグラスに注いでいる。

「もしかして、中身はビールか?」

そんなわけないのをわかっていて
冗談をいう沖田先生。
この冗談、言った先生本人も
端で聞いてる俺も、ちっとも楽しくない。
美月に至っては無視を決め込む。

「て言うか、おかしくないか?
君、ほぼ一人でワイルドターキー空にして
二本目はよりによって勝手に山崎なんか頼んじゃって
こんなに飲んでるのに、なんでフツーにしてんの?!」

美月は普通ならとっくに酔いつぶれているだろう
量を飲んでいるのに、まったくのしらふである。
おかしい。何が起きている?

「酔ったことないので、他の人が羨ましいです。」


美月は頬も染めずに、寂しそうにわらった。


俺は水割りを二杯飲んだ。
ほろ酔いで気分が良かったが
記憶が、曖昧で。何を言ったか、言われたか。

「本当は馬鹿にしてんだろう。こんな字が下手なやつ
はじめて会ったろう?」

こんな風に言って先生は俺に絡んできたという。

「これで字が綺麗だったらスーパーマンでしょうが。
先生はミミズでいいんれす。」

俺はこう答えたという。

後から美月に聞いた話だ。



千鳥足の俺は美月に支えられて
ふらふらと駅へ歩いた。

美月に何度も、愛してるよ、と。
その度に美月はくすぐったそうに笑った。

駅に着いてからは上下にホームが別れたが
線路を挟んだ向かいのホームから手を振る
沖田先生の顔はすごくやさしかった。
ふわふわした記憶だけど、これは俺も覚えていた。






パラレルストーリー 年上美月 同棲編

2018-08-18 08:42:25 | 美月と亮 パラレルストーリー
朝、起きる。

夜には俺の隣で、腕枕でまどろんでいたはずの
美月はもういない。

「あさごはん。もうすぐ出来るよ。」

台所から味噌汁の匂いが漂う。

「今日は卵焼きね。」

幸せの黄色い卵焼き。
ここはケチャップでダイスキとか
書いてもらいたいところだけど
この卵焼きにはおろし醤油が合う。
ネギたっぷりの納豆が小鉢で糸を引く。

焼きのりとお新香。梅干し。

しっかりした朝ごはんだが
そんなに手間は掛からないんだよ、と
美月は満足そうに笑う。

「ん。美味しい。」

美月は料理上手、というか
凝った料理よりも俺の好みをピンポイントで
突いてくるというか。
ありがたく毎食頂いているが
俺も少しは手伝わないとな。

「洗い物はやっとくよ。」

「助かる。でも遅刻しないでね。ギリギリだったら
後であたしがやるからね。」

美月は俺より家を出るのが早い。
俺も早めに準備をして一緒に出掛けようと
思うんだけど、なかなか難しい。
朝に家のことを片付けてやれれば
美月が帰宅してからのんびりできる。

リビングに軽く掃除機をかけて。
キッチンのテーブル下にクイックルワイパーを
突っ込んでまんべんなくなで回す。
今日は午後から雨だから洗濯物は外には出さない。
火の元戸締まりを確認して出る。
玄関で鍵を掛けると一息つきたくなる。
今までは自分の忘れ物がないかくらいしか
考えなかった。
うちはお袋が専業主婦だったし
俺は家事手伝い全般免除で
洗い物だってしたことなかったのだ。

同棲を始めてから、美月に
簡単な家事は手伝いたいと教えを乞う。
彼女はまず、食器洗いを教えてくれた。
油ものはペーパーで拭いてから。
ご飯茶碗はお湯につけてから。
汚れているものほど後から洗う。

こんなこともやり慣れないとわからない。

彼女は馬鹿にせず、一から丁寧に教えてくれた。

「こんなに協力的に家事に向き合ってくれるとは
思ってなかった。ありがとね。」

洗い物が終わると、頬っぺたにキスしてくれた。
まあ、その後すぐリビングで押し倒した。




「なにニヤニヤしてんの?」

俺は玄関先で思い出しニヤケをしていた。
お隣に住む若奥様、美雪がゴミ袋を持って
ジト目でこちらを見ているじゃないか。

「おはよ、美雪。」

「ウチも新婚だけど。もし賞平さんも
こんな顔してるんなら、ちょっと情けないわ。」

んー。そこまで言われるとぐうの音も出ない。

「年上の彼女にトロトロに甘やかされてるみたいね」

「ちゃんと家事も手伝ってるよ?」

「それが甘やかされてるっていうのよ。
あんたは親がかりの学生風情。先生とは所詮
ルームシェアも同然じゃない。手伝う、じゃなくて
分担しないと偉そうには言えないわ。」

まあ、美雪の言いたいことはわかる。
もっともだと思うが。

「じゃあ、お宅の旦那様は手伝ってくれるのかい。」

「彼は大学出てから一人暮らししてたから。
頼めば何でもやってくれるけど。
あたしが頼まないだけよ。」

これは本当なようだ。
縦のものを横にもしないタイプではないみたい。
でも何でもやってくれるってのは、どうだろうな。

「あんたは先生の負担にならないように
せいぜいお手伝いなさいよ?」

何故、上からなんだよ。

俺は曖昧に笑うと手を上げて挨拶し
階段を下りて駅へと向かった。





大学にもだいぶ慣れた。
俺は教授の紹介で、行政書士の先生の事務所で
バイトを始めた。その先生は教授の教え子で
俺たち学生からしてみればOBに当たるのだが
もう40をいくつも越えている。何代も上の先輩だ。

バツイチ。
男前だ。
女には困っていないようだが
もう結婚は懲り懲りだという。
いろいろと、揉めたらしい。

事務所には講義が終わってから
あるいは始まる前、1日四時間ほどを
伝票整理をして過ごす。
だいたいはパソコンへの打ち込みである。

この沖田行政書士事務所の沖田衛(まもる)先生は
顔は綺麗なのに字がムチャクソ汚くて
伝票を書いてもそれを解読できる部下に恵まれず
雑用をちっとも切り離せないとお嘆きだった。
自業自得だろうと思うのだが、求人の第一条件が
「俺の字を解読出来る者」だったのである。

先生は恩師である教授に、このような者がおらぬか
広く求めたいと相談されたという。

「長内くん。君が一番正答率が高かった。」

教授はプロジェクターにでかでかと
沖田先生のミミズが土から這い出し
陽の光に炙られて断末魔の叫びを
上げたような字を映し出して、学生に
解読テストをさせたのである。

俺は適性を認められ、求められて
この事務所にやってきたのである。

「亮は彼女、いんの?」

俺は沖田先生にはナンパされる女子高生
みたいな扱いを受けていて、気に入られてるけど
馬鹿にされてるなと思う。

「まあ、ボチボチで。」

俺は言葉を濁す。
もし、この女グセの悪い先生に
美月のことが知れたらちょっかい出されやしないか
俺は心配なのだ。
だって美月は可愛くて凛として
それでいて色気も持ち合わせた大人の女性だ。
先生も興味を引かれないとは限らない。

「亮はかわいいなあ。お前の彼女、横取りなんて
しねえから安心しろって。あははは。」

沖田先生には、かなわない。






「ただいま。」

バイトを終えてアパートに帰ると、靴が一足多い。
男物のビジネスシューズだ。
あ。直樹くんだな、これは。

「よう。兄貴。遅かったじゃんか。」

直樹くんは美月の双子の弟である。
地元の銀行にお勤めである。

「今晩は。もう仕事は終わったの?」

直樹くんは真面目なやんちゃ坊主というか
美月が壁の上を歩くのなら、この人は壁の上で
バク宙くらいするんじゃないか、という人だ。

「ん。今日は得意先から直帰だったから
面倒な残業はパス出来たよ。」

来たばかりだったのだろうか
美月が珈琲を入れてリビングにやって来た。

「直樹は何の用なの?どうせみつえちゃんと
待ち合わせの時間潰しでしょ!」

みつえちゃんとは、直樹くんの彼女だ。

「俺も家出ようかなあ。」

直樹くんはさも俺らを羨ましいと言わんばかりに
部屋を見回した。

「結婚、すんでしょ?」

直樹くんは俺と同じく、彼女を将来の嫁と
認識しているのだ。また、みつえちゃんも
直樹くんを将来の旦那様と思ってるみたい。

「まあね。1~2年だから大人しくしてるか。」

どうせしばらくしたら結婚して独立するので
その間、貯蓄に励もうというところだろう。

俺たちは、ほら。俺がまだ、大学生だから。
同棲し始めたことは後悔してないけど
貯蓄はあった方がいいよな。

直樹くんは俺にも良くしてくれるのだが
なんせ五歳も年上の男性なので
話の内容も大人で、ついていくのがやっとだ。
この間は大人の玩具の話、その前は住宅ローンの話。
ためになる話なんで必死に食らいつくが、
振り落とされないようにするのに精一杯。

「おっと。そろそろ時間だ。またな。」

直樹くんはこれからデートなので
珈琲にクッキーでおしゃべりしていったが
それに合わせて珈琲につき合っていたら
凄く腹が減った。
直樹くんが帰ったのを見届けると、美月に甘える。

「今日は、晩御飯なに?」

「鳥ももが安かったから。唐揚げにしようと思って。」

俺は一緒に台所に立ち、たれを揉み込んだり
粉を投入してまんべんなくまぶしたりを
お手伝いした。

一番食べたいのはお前だよ、と
美月の頬っぺたに一度だけキスした。

何故一度だけかといえば
揚げ物の最中にイチャイチャするのは危ないので
俺がリビングに戻されたからである。





パラレルストーリー 年上美月 番外編④

2018-08-17 07:31:58 | 美月と亮 パラレルストーリー
手違いで書きかけの記事を上げてしまいました。
続きを入れましたので、上げ直しますね。
すみませんでした(* >ω<)




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俺は大学進学を機に家を出ることにした。

親は首を傾げていた。
東京の大学に進学した俺は
通学時間も一時間ちょっと。
家を出る理由が思い当たらなかった。

「一緒に暮らしたいやつがいる。」

そういうと、親はてっきり友達との
ルームシェアかと思ったらしい。
相手の親御さんと話をさせろというので
連絡を取った。

「え?せ、先生ですか?」

母は俺の担任教師の名前を覚えていた。
なんか見たことある名前だと思いながら
鷺沼家に電話をすれば、出たのは美月だ。

「いや。つき合ってるから。俺たち。」

俺が横から母親の袖を引くと
血走った目で振り返った。

「はじめから、説明なさい。」

「はじめからも何も。俺と美月は恋人同士なの。
で、俺が大学に行って独り暮らしを始めるから
ちょうどいいから一緒に暮らそうと思うわけで。」

その間ほったらかしにされた美月は
受話器を通してモシモシ?と弱々しい声で呼び掛ける。

母は深呼吸すると、受話器に向かって話し出す。

「何時からなんですか。いつのまに、うちの息子と」

「ええと。すみません。四月からです。」

「確か、先生新任でしたよね。」

「はい。」

「………五歳差か。」

母はため息をついて今度は父を見た。

「あなた。どうするの?」

「いやあ。お互いがいいなら。いいんじゃないか?」

相変わらずフワフワした親父だ。
本当にありがたい。
母は改めて美月と話し始める。

「先生は、どのようにルームシェアなさる
おつもりでらっしゃるの?うちのバカ息子は
所詮子どもなんで不動産賃貸なんか詳しく
分かっておりませんでしょうし。」

母親は大人としてガツンと言わないといけないと
思ったのだろうが、そういうのに疎いのは
実は母親の方であり、俺の方が詳しいのは
知っているはずなのである。

「うちの父が建築士なので、いい物件を
知り合いから紹介してもらってるんですけど。
亮君は私なんかよりずっと詳しくて。
頼りになります。」

「はあ、そ、そうです、か。」

もう反論する手札がなくなってきた
うちのママンが受話器を父に託す。
どうして託しちゃったんだろう。

「あ。お電話代わりました。亮の父です。」

「はじめまして。鷺沼美月といいます。」

「一緒に暮らすとなると、お金のことも
きっちり決めないといけませんし、
そちらのお父様にもご挨拶がしたい。
お時間作っていただけると有り難いです。」

おお。父が物事の本質を把握して
要点を押さえて
話を進めている。
俺はパピーに惚れ直した。

「来週の日曜日。みんなで食事をすることにした。」

美月の両親とうちの両親、俺たちの6人で
ホテルのレストランを予約した。
父がこんなにテキパキ物事を進めるタイプだったとは
思わなかったので、本当に驚いたのだが。

「お前、やるな。いつの間に年上の彼女を?」

父は呑気に俺たちのなれ初めを訊く。

「まあ、なんというか。劇的な出会いがあって。」

初めて出逢った彼女は、塀の上を歩いてました
なんてことは言えないので当然ボカす。

「今まで、秘密の恋。だったのよね。」

母までも、もう突っ張るの疲れちゃった~と
言わんばかりに話に乗っかってくる。

「なになに、何の話?」

そこへリビングにやって来た妹の悦子が
首を突っ込んできた。

「聞いて聞いてえっちゃん!お兄ちゃんね
卒業したら彼女と同棲するんだって!」

「え?!兄貴に彼女なんているの!
アンビリーバボー!!」

「でしょでしょ!!お母さんもたまげた!」

この母娘は二人で話をさせると
二人とも女子中学生になっちゃうんだよな。

「兄貴!どんな人なの?彼女って!」

俺と父、母が三人同時に黙る。
見事に静止した三人を見て、妹なりに
何かを察した。

「まあ、そのうち会う機会もあるだろうし。」

気まずそうに目をそらす。

「えっちゃん。春になったら、会ってくれ。」

「何その無駄なまでのロマンチックな言い回し。」

「お義姉さんになる人だから。ね。」

今度は父と母、妹が同時に静止した。

「そ、そんな話に?」

母の声は震えている。

「ヒューヒュー。くそ生意気にぃ。」

父は八割方浮かれているが、二割は本気で
くそ生意気にぃ、と思っている。

「て、いうか。兄貴大学いくんでしょ?」

そんな先のこと、わかんないじゃない。
妹の物言いが一番刺さった。





結局、俺の大学の最寄り駅と
美月の学校の最寄り駅のほぼ中間といった
土地にアパートを借りることになる。
俺は大学まで30分くらい。
美月は20分くらいだ。

今まで実家から通っていた美月は
自転車でかっとばして5分だったので
結局実家を出たわりに職場は遠くなったのだ。

「なんか、ごめんね。美月。」

「あたしも実家は出ようと思ってたし
ここはいい物件だと思うよ。」

「でも、こんなすんなり一緒に暮らせるとは
思ってなかった。」

俺は反対されるとばかり思っていたので
言うだけ言っちゃおうという見切り発車だったのだ。

俺も美月も初めておつき合いをした相手なのだ。
家族も当然、そういったことに不慣れだ。
浮いた話ひとつないと油断したところに
ダイナマイトを仕掛けられたくらいの
衝撃があったのではないだろうか。
本当に、どさくさ紛れで公認の同棲を始めた。

引っ越しが済んで、両隣や階下のお宅に
挨拶をして回った。

お隣も、引っ越してきたばかりのようだ。
大家さんの話では新婚さんだという。

「ごめんくださあい。」

美月が可愛らしくお隣の呼び鈴を鳴らす。
いいなあ、新婚さんか。あやかりたいものだ。

「はあい、どちら様ですかあ?」

奥さんだろうか、声が若々しい。
ついこの間まで高校生だったみたいな
かわいい、こ、え?ん?

「あれ?美月、亮?新居の住所教えたっけ?」

玄関先には美雪が。
俺たちの背後にはコンビニ袋を提げて
買い物から帰ったばかりの坂元先生がいた。

「あ。隣に引っ越してきました。
長内と、言います。」

俺は、辛うじて定型文を言い終えて
坂元先生にタオルのセットを渡した。

お互い、新生活をお隣同士として
スタートすることになったのだが
どうなることやら。
甘いだけの同棲生活にならないことだけは
確かなようである。