亀の啓示

18禁漫画イラスト小説多数、大人のラブコメです。

パラレルストーリー 同棲編最終回①

2018-08-25 19:24:38 | 美月と亮 パラレルストーリー
「お願いします!」

ある日、突然。沖田先生が
俺に向かって深々とおじぎをかまし
右の手のひらを突き出してきた。
俺が反応に苦慮していると
沖田先生はガバっと音のする勢いで起き上がる。

「ねるとん。知んない?」

いや、知らないわけじゃないけど。
先生は男だし、俺だって男だし。
あ、俺。昔言うに事欠いて
「女はダメなんだ。」って
でまかせ言ったことあったな。
あの女、なんて言ったっけ。ぶりぶりした
んと、ブリタ?ちがうな。ま、どうでもいいや。

「ちょーーーーッと待ったアー!!」

今度は沖田行政書士事務所の№2の音無先生が
俺と沖田先生の間に駆け込んでくる。

「よろしくお願いします!!」

なんかもっと決め台詞があった気もするのだが
この際、もうねるとんのお作法はどうだっていい。

「もう少し意味の通じる言葉遣いで
お願いします!!」

俺も頭を下げた。何だこりゃ。
お願いしますの三つ巴だ。

事務の迫田さんが、いかにも通りすがり
という風に横にやってきて、言い捨てた。

「手続きとか色々あるから。返事は早くね。」

「何をお願いされてるのか分からないので
返事も決めかねますよねッ?!」

俺はその場にいる人たちが全て仕掛け人だと
見なし、まんべんなく顔を向けながらアピールした。

「んもう。ニブいなあ、亮はあ。
この春からは正社員として継続して勤務して欲しいって
お願いしてるんじゃないかあ。」

みんなが当然そうに頷く。

「はじめから、はっきり言って下さいッ!!!!」

本来なら俺が喜ぶべき話なのに怒らなきゃならないのも
変な話だ。それもこれもみんな、この先生の人間性の
なせる技なんだけど。それに追随する事務所№2や
ベテランスタッフのノリも良過ぎる。

「この件は一旦持ち帰らせていただきます。」

「やっだ!お持ち帰りだなんて
ヤリチンだわッ亮ってば」

「そーいうコトばっかり言うから持ち帰らせて
欲しいんですよッ!!」

沖田先生は相変わらずの悪筆で、俺がその翻訳を
するのを日々心待ちにしている。
一日四時間ほど、講義の合間や、終わってからの
時間で仕事を手伝ってきたのだが、
先生は朝から晩まで俺をはべらせて、ちゃちゃっと
ウルトラ文字みたいな字でメモ書きを散らかし、
俺に清書させたいと思っているのだ。
その思いはスタッフとて同じで、
俺がいないだけで業務の滞ることもあるという。
俺は仕事の内容自体はともかく
「自分が求められている」
ということについては
とてもやりがいのある仕事だと思っている。

「俺が引退して解読係が要らなくなるころには
お前だって一人前の行政書士になってるさ。」

沖田先生はムチャな悪筆を俺に解読させる
だけではなく仕事についても色々と教えてくれるのだ。
だが、俺は行政書士という仕事には
今ひとつ心揺れない。

今はこうした充実した人間関係があり、日々楽しく
バイトをしているものの、社員としてこの事務所で
働くことに関しては迷うことも多い。

もっと真面目にこの仕事に就きたいと思う人たちの
門戸を狭めてやしないか。
俺がここで働くことで、この仕事をしたいと思う人
一人を弾き出すことになるのではないかと
考えてしまう。足は止まってしまう。

「まあ、何だ。俺の愛人になると思って。
気楽に来てくれたらいいんだからさ。」

ああ。昔言ったでまかせが本当になってしまう。

就活は、していないわけではなかった。
何となく、いくつかの会社の説明会に行き
二次面接に進んだものもあった。
内定も一つもらったがお断りした。
もう四年も夏だというのに卒論にかまけて
就活は足踏み状態だった。

「亮はどうしたいのか。自分で見えてるの?」

教師としてキャリアを重ね、日々スキルを上げている
美月は、そんな俺の相談相手だ。
彼女は高校の教師であるが、進路相談をしてくれる感じだ。
なにより、毎日一緒にいるから俺の気持ちに寄り添ってくれる。

「美月は進路、迷ったりしなかったの?」

「あたしは先生になりたくて大学に行ったからさ。
そこは迷いなんてなかった。でも、自分に先生が
向いてたかって言うと、それはまだ。分かんない。」

「美月は新任で俺たちを教えてくれてたころから
中堅どころみたいな落ち着きがあったけど?」

これは冗談ではない。
美月の仕事ぶりは、生徒から見れば
標準以上で、不向きな人が頑張っているような
そういったものではなかった。

「そうだね。そう言って貰えると嬉しいけど。
向き不向きより、自分が充実していて尚且つ周りに迷惑
掛けてなかったらいいのかもしれないね。」

自分が充実して、回りに迷惑掛けなければ。

沖田先生のお誘いに応えるなら、これは
クリアしているように思われた。

「それに、行政書士は他の資格を取って転職も
できそうだけど。教師はなかなかそういうわけには。」

行政書士の仕事は様々な業界と書類でリンクしている。
特に不動産関係の書類を扱うことの多い沖田先生は
宅建の資格も持っているのだ。
まだまだ世間知らずの自分は、信頼できる先生と
働くことで、新たな道が見つけられるかもしれない。

「まあ、転職ありきで考えると先生に失礼かも、だけどね。」

美月は先生にも気を使いつつ、俺にアドバイスをくれる。

「あたしも同僚の先生に恵まれてて。
先輩方もやさしいし、いい職場なんだ。
亮の迷う気持ちもわかるし。」

絶対的な正解なんてない。
ってことは。失敗だって、ないってことだ。






俺は沖田先生に返事をした。

「この事務所で働かせてください。」

「おっけー。」

「なんか面接とか、入社試験とかやるんですか?」

「おう。じゃあ、これを清書してみろ。」

先生はいつものようにへろへろとペンを走らせて
そのメモ書きを俺に寄越した。
それは、いつものウルトラ文字だった。






季節も移ろい。朝晩めっきり冷え込むようになった。

俺は散々考えて、やっぱりごてごて飾り立てるのはやめて
ストレートに気持ちを伝えようと思った。

晩御飯を済ませて。
美月が食後のお茶を淹れてくれた。

デカフェのダージリンに蜂蜜を垂らした。

俺の蜂蜜。
それは、美月だ。

「ねえ、美月?」

ローテーブルに向かい合う俺と美月。
美月は頬杖で可愛く小首をかしげる。

「俺が大学出たら。結婚してくれる?」

美月の瞳が。
こぼれ落ちてしまう。
いや、そんな心配になるくらいに見開いた。

「美月?」

その見開いた瞳から、ころんぽろんと
大粒の涙を流した。

え?泣いちゃうの?
俺はこんなこと美月はとっくに承知してくれていて
当然、大学を出たら結婚してくれると
むしろそれが男としてのけじめだとさえ思っていた。

「ごめん。ちょっと。あたし。」

美月はふらふらと立ち上がると
ワープしたみたいにアッという間に玄関先にいた。

「ごめん。先に、休んでて。」

俺は、美月を止められなかった。






美月は結局、その晩にはアパートに戻らなかった。

朝、美月が隣にいない。
台所にもリビングにもトイレにもいない。
風呂場にもベランダにもいない。
世界の終わりだ。

視界が狭まって、ふちが黒く見える。
胸が苦しい。
フィルターが掛かったみたいに
目の前はぼやけて、耳には雑音がざらざらと響く。
でも、卒論も佳境に入っていたので
なんとかして気持ちを奮い立たせて大学に行った。
心がシャッターを下ろすって初めて経験したけど
昼に学食で食ったカレーの味がしなかったのは参った。

「亮。どうしたよ。世界の終わりって顔してよ。」

さすがに沖田先生には丸わかりだろう。
俺はすがるような目をしていただろう。
先生に昨夜の話をした。

「振られたな?まあいいじゃないか。
所詮それまでだったってことだ。
若いうちには誰しも経験することだよ。」

「きつい。嘘でもいいから慰めてくださいよ。」

「ベッドの上でかい?」

俺はバイじゃないよ?と沖田先生は笑った。

俺には言い返す気力も残っていない。
沖田先生はため息をついて言った。

「ばかやろう。美月ちゃんがお前を捨てるか?
おかしいと思わねえの?」

じゃあ、何で帰ってこない?

「直接本人に確かめろ。帰ってこなけりゃ、会いに行け!」









俺は、バイトを早あがりさせてもらい
母校にやってきた。

変わらぬ佇まいながらも
卒業して四年近くが経っている。
OBとして玄関から受付を通り
手っ取り早く理科準備室に行く。
時間的にはまだ六時間目が終わっていないので
廊下には誰も歩いていない。

「あれ?お前何しに来たんだよ。」

坂元先生が一人で準備室にいた。
美月に会いに来たんだろうと冷やかすように笑う。

「美月は六時間目が終わったらすぐに研修だよ?
こっちには来ないけど。」

え?ってことは。

「自分のクラスでホームルーム終わったら
職員室で書類上げたりして、すぐ出かける。
帰りは夜中だよ。夕食会も組まれてる。」

なんか俺は目の前が真っ暗になった。

美月が今夜、帰ってくるならいいが
そんな保障は一つもなかった。

俺はその場に崩れ落ちた。