亀の啓示

18禁漫画イラスト小説多数、大人のラブコメです。

パラレルストーリー 美月と亮⑤

2018-08-06 06:19:27 | 美月と亮 パラレルストーリー
秋太に殴られた痕もすっかり消えた。

あれから美月は積極的に、俺との距離を縮めようと
してくれていた。
休みの日に外で会うことも増えてきた。

「亮っ!」

美月はやっと俺を下の名前で呼んでくれるように
なったのである。
うれしい。純粋に、うれしい。

「土曜日さ、学校終わったらなんか用事ある?」

「別になんにも。」

美月はぱあっと顔を明るくした。

「市立美術館いかない?学校の前からバス乗れるし!」

「どうしたの、急に美術館なんて。」

美月にそんな趣味がおありだとは。

「中学の時の同級生がね、企画展に参加してんの。」

市立美術館は常設展はいつもスカスカで
なかなかに退屈なのだが、面白いかどうかは
企画展で決まる。
たまに、ごくたまに特別展で高名な画家の
展覧会をしたりはするが、やはり珍しい企画を
自由闊達に展開できるのが、地方の小美術館の
醍醐味なんではないかと思う。

そんな土曜の午後の過ごし方もいいものだろう。
まあ、御託を並べたものの美月と一緒なら
どこで何をしていたっていいのだ。




当日、美月の手には招待状が握られていた。

まだ、学校の前のバス停でバスを待っている
時点で手に持っちゃってるってことは
これでバスにも乗れると思い込んでいるのか。

「あ。つい嬉しくて。フライング。」

美月は鞄に招待状をしまいこみ、代わりに
バスの回数券をビラっと広げた。

「今日はあたしが奢るからね。」

美月はぴりぴりと回数券をちぎって
美術館までの運賃分を俺に渡してくれた。

バスに乗っている間、美月はなんだか上の空で
たまに俺の顔を見てニコッと笑う。
よほど楽しみなんだなあと、こちらはこちらで
美月の表情を堪能する。


美術館の常設展の基本料金を支払い、入場する。
東側の階段から降りた地下の一室が企画展の会場だ。

受付に座っている小柄なメガネの少年が
美月を見つけて手を振る。

「美月!来てくれたんだ!」

「旗坊!久しぶりーッ!!」

友達って。男か。俺はちょっぴりつまらない
気持ちになり、そんな自分の方がつまらない男だぞ
と自らに言い聞かせていた。

企画展が行われていた会場は
本当に小さな小部屋で、絵を描くのが好きな仲間が
手弁当だが丁寧に作り上げた空間になっていた。

見せられた絵は正直、共感とか感動とかの
範疇を越えたところにあったんだけど
それは俺に芸術を見る目がなかったってことだろう。

美月と旗坊は大いに盛り上がっていて
楽しく絵を見ていたようだけど
次第に絵を見に来る人が増えてきて
俺は驚いた。
正確に言えば絵を描いた旗坊や、他の仲間に
会いに来た友達だったみたいだ。

「じゃあね、旗坊!また呼んでね。」

「来てくれてありがとう。またね、美月!」

美月と旗坊は軽くハグして別れた。

企画展を出て、常設展の順路を矢印に進む。
当然俺はご機嫌斜めだ。

「どうしたの?」

美月は俺の機嫌の悪さがどこから来たか
よくわかっていないようである。
鈍い。何て鈍いんだこの女は。

「俺にもハグしてよ。」

「それじゃハグどころじゃなくてフグだね。」

むくれた俺の頬っぺたをつつきながら笑う。

常設展はガラガラ。

「ねえ。美月。」

美月の腰を抱いて引き寄せた。

「な、なになになに。」

鈍くても俺が醸し始めたものがいつもと違うのには
気づいたようだ。慌てても離さないから。

「誰も、いないよ?」

「誰か来るかも!来ない保証はないでしょっ」

じたばたと跳ねる美月を押さえ込む。
端に追い詰めて壁に挟む。

「かわいい。大好きだ。」

美月が首をすくめている間に
おでこに軽くチューした。

「もう、やだ。」

おでこにされてホッとしたんだろう。
もう解放されるもんだろうと思い込んで
俺をまっすぐに見ている。
かわいいよ。
俺は力が抜けて柔らかく開いた美月の唇に
唇で触れた。

「んあっ」

美月は真っ赤になって、すごい力で俺を吹き飛ばした。

「うあっ」

びっくりした。辛うじて数歩よろけただけで
堪えたものの、これで尻餅でもついた日には
みっともなくていたたまれない。

「もうっ………っばかあ!」

俺は美月をまた後ろから抱きすくめた。

「いや?まだ、だめなんだ。」

「こ、こんな。誰に見られるかわかんないとこで。」

「見られないとこなら、いいの?」

「今さら何言ってんの!」

でも。美月はそんなに、拒んでない。

俺はまた美月を正面に抱いて、唇を吸った。
舌を差し入れて絡める。

美月の体から芯が抜けたようになる。
膝から崩れそうになるのを抱き止めた。

「もう。どうしていいかわかんない。」

「なんにもしなくていいよ。」

キスだけでメロメロになっちゃったお嬢さんを
助け起こして、また耳に唇を寄せる。

「ふぎゃっ」

美月はまたへたりこむ。

「調子に乗って!もうっ…」

「ごめん。今日はもうしないよ。」

俺は美月が立ち上がるのを待った。
美月が俺を見上げて腰をあげるタイミングで
手を差しのべて引き上げてやった。

「愛してるよ。美月。」

「うれしいけどっ。もう少しゆっくりして。」

姫君からまあまあのお返事をいただけた。
泣かれたり暴れられたりしたら
どうしようかと思った。

でも。秋太とのことの負い目から
色々無理して俺に気を遣ってくれてるのかな。
そんなことに思い当たってしまったら
とたんに悲しくなる。

俺、一旦こんな風に考え始めると顔に出るんだよな。
案の定、美月が顔を覗き込んで首をかしげた。

「どうしたの?」

「………美月は、俺でよかったの?」

今さらバカなこと抜かすよな。
多分俺は美月に甘えてるんだ。
男として、最低。

「あたし。亮には感謝してるんだよ。
秋太のことグルグル気にしてたあたしを
引っ張り上げてくれた。」

「あれは、やり過ぎたよ。美月の傷に塩塗りつけた
だけだっただろ。」

美月は第二展示室へ向かう通路で
非常口のドアの手前の窪みに俺を引き寄せた。

「もう。好きだよ。大好きだから。」

耳元で囁き、最後に唇で触れてくれた。

「亮が元気ないの、つまんないから。
元気だしてよ。」

俺は回りを見回してから、また素早く
姫君の柔らかな唇を吸った。

お恥ずかしい話、それから半勃ちのまま
股間をどう誤魔化すかに頭を集中させていて
展示物は全く見ていなかった。



美術館からはバスの系統が不便で
学校に一度戻ってから歩く方が家から近い。
俺ん家は駅まで出てもさほど変わらないが
美月の家へは学校からの方が近かった。
だから美術館からまた学校に戻ってきたのである。

「なんか、デジャブ。」

学校前のバス停を降りると、美月は面白いことを
言い始める。

「行く前のあたしと、今のあたしは
同じようでいて全然違うのに。」

もう俺はと言えば頭がお花畑で
いくら冷静に振る舞おうとしても
すぐにでも美月を抱き締めて
いつまでもキスしていたい衝動を押さえるだけで
精一杯だった。
あわよくば、その先も。
でも、頭の片隅では浮かれちゃって
みっともないなと呆れて見ている部分が残っている。

意外にもこんな下半身野郎をコントロール
してくれたのが美月だった。

「帰ろう。」

美月から、手を繋いでくれた。
手を握られて。ぷらぷらと歩調に合わせて
優しく振られると何故か落ち着いてきた。

「本屋に寄ってもいい?」

俺はもう一段階頭を冷やそうと
苦手な数学の問題集を買うことにした。
美月は寄り添って、問題集を一緒に選んでくれた。



それからというもの、学校でも
さりげなくキスすることが増えた。
どこら辺に死角があるか。
人のいないタイミングを見極める能力に
長けてきた気がする。
うーん、普通のカップルはこんな風に
ナチュラルに愛を育んでいるのだなと
他人事のように感心した。

カップルシートを本来の使い方をした日は
認定試験に合格したかな、くらいの感動が
俺の胸に押し寄せたのだった。

梅雨時には傘に隠れて唇を合わせた。

梅雨が明ければもうすぐ夏休みだ。

「夏期講習とかどうする?」

俺はすっかり失念していたのだが
高校三年生とは受験生という非常に不自由な
ポジションで、自分にも大学受験という
万里の長城のような壁があったことに思い至った。

美月は期末の勉強をしながら
予備校のパンフレットをつい、と差し出した。

「洋子姉さんが去年行ってて。アタリだよって。」

美月のお姉さんは一つ年上で、去年の新しい情報を
持っているので信頼性が高い。とても助かる。
俺もそのパンフを持って帰り、親を説得したが
すんなり受講の許可が出た。

なんて充実した夏だろう。
去年も一昨年も、1ヶ月以上好きな女と
離れ離れになるのを余儀なくされた俺の夏。
今年は、ずっと一緒に過ごせるのだ。
こんな人生バラ色!の弛みきった俺が
ガードも緩くなってしまったのも
無理からぬことだったのである。

学校ではほとんど美月と一緒に過ごしていたが
そりゃあ四六時中ぺったり張りついている訳ではない。

その日は美月が週番で、見回りや校旗降納の儀で
忙しそうにしていた。
俺は、先に帰っていいよと言う美月に逆らい
彼女の週番が終わるのを、体育館横のベンチで
待っていた。

「長内ってのは、てめえか。」

手元の問題集に影が落ちた。
目の前に無遠慮に立ち塞がる男がいた。

「柔道部の主将が、俺なんかに何の用?」

権藤とは同じクラスになったこともなければ
話をしたこともない。こいつは美月と仲がいいので
それで俺も知っているだけだ。
だが、権藤が俺を知っている根拠にはならない。

「てめえ。鷺沼に何をした。」

あれ?なんか、県大会でも優勝寸前までいく
柔道部の主将が俺に憎悪をむき出しにしてる。

「最近のあいつは何かおかしい。」

「何か?」

「大人しくなりすぎてる。」

確かに美月は俺と一緒にいれば
普通の女の子の域を出ない振る舞いで
生活することになる。
今までの美月が逸脱しすぎていたんだろうが
自然にこの暴れん坊仲間とは、疎遠になったのだ。

「あいつは人前で男とイチャイチャするような
バカなヤツじゃなかった!どうやって垂らしこんだ?」

「君は、俺たちの振る舞いが目に余ると
注意を促したいわけ?」

それなら慎んで拝聴するが、それだけではない。

「鷺沼は色恋沙汰には無垢なヤツだ。
それをいいことに弄んでるならただじゃおかん。」

何か、聞いたことある論理展開だ。

背筋に冷たいものが伝う。

まさか。

「誰から、聞いたの?」

「誰から?」

権藤は少しだが、痛いとこ突かれた顔になる。

「君は彼女がいるだろ。仲も良いって聞いてる。」

「いや、まあ、な。」

同じクラスのマキちゃんとかいう子だ。
体育会系の彼に、甲斐甲斐しい気の利く大人しい
女の子という、馴染みのいい取り合わせである。

「よく確かめもしないでそんな因縁つけてくるのは
人生上手く行ってない、腹に一物あるやつだ。」

「確かにな。」

権藤は基本、竹を割ったようないいやつなのだ。
これは美月からも聞いているし、実際見ていて
俺自身もそう思った。

「誰かが、君に悪意の入れ知恵をしてないか?」

「いや、あいつは鷺沼のことを心配して…」

権藤は気づいて、慌てて口をでかい手のひらで覆う。

「生徒会長じゃないの?」

権藤はでかい顔を風が起こるかと思うほど
左右に大きく振った。

「じゃ、誰?」

「そ、そんなことは軽々しく言えん!」

分かりやすくて助かる。

「ただ、そいつは。お前が嫌がる鷺沼に無理やり
キスしたりしてるのを見たと言ってる。
それは黙っていられないと思ってな。」

俺が美月に告白して、秋太とのことを
さんざん責め立てたあの頃。
傷つきやすくなった美月は、偶然にも
秋太とやえりのキスシーンを見て泣き崩れた。

その逆のことが起きていたようである。