亀の啓示

18禁漫画イラスト小説多数、大人のラブコメです。

とにかくイチャイチャハロウィン小説版(88)

2018-04-11 20:46:57 | とにかくイチャイチャハロウィン小説版
鞠が実習期間を一週間ほど残して
圭一の論文を完成させた。

「やれば出来るじゃないか!素晴らしいよ!」

所長は褒めてくれたが、圭一も鞠もクタクタで
特に鞠の疲労は酷いものだった。
食欲不振でろくに食事も出来ず、心配かけまいと
黙ってはいるが度々戻しているようである。

「鞠。守ってやれなくてすまない。」

「何故?シンは忙しい合間をぬって手伝って
くれたじゃない。あたしにはシンが頼りだったわ。」

「何だかんだで残業もたくさんさせたよ。
睡眠時間も削らせた。本当にごめんな。」

シンは鞠の頬をやさしく撫でた。

「松尾先生。続きはお帰りになってからに
した方がよろしくてよ。」

助手の一番の古株、中本さんがパーテーションの
向こうから顔を覗かせた。

「中本さんも色々助けてくれて。ありがとう
ございました。」

「いいのよ、鞠ちゃん。そもそも単なる
実習生にあそこまで任せるなんて。」

研究室の面子ほとんどが何かしらフォローしてくれたが
その中でも一緒に論文を仕上げてくれたベテラン研究員
それが中本さんである。

鞠はかなりの大仕事を終えた後にしては
達成感からの晴れやかさがなかった。
相当なダメージを受けているようだ。

「あと一週間だけど。書類上は操作してあげるよ。
もう実習終了にしてゆっくり休んだら?」

実習生としての鞠の働きは、どのスタッフも
高評価であり、規定の8割勤務もクリアしていて
もう実習を終了しても大丈夫なのだが、せっかく
だから皆勤の評価も上乗せしてくれるという。

「明日はお休みいただきます。」

鞠からこんなことを言うとは。
よほど辛いのだろう。
シンは、今夜は我慢しようと思う。
まあ、男の考えることはとことん呑気である。

翌日、1日ゆっくり体を休めたのだが、
食欲は戻らず吐き気もおさまらない。
次の日もその次の日も。鞠はどんどんやつれていく。

「医者にかかった方がいいよ。」

「そう、ね。」

「明日は実家にお帰り。人間の医者にかかる方が
いいだろう?送っていくから。」

「ありがとう。シン。」

食べたものをぜんぶ戻してしまう鞠は
あれだけ毎夜求めていたシンの唇さえ受け付けない。
シンは鞠の額にやさしく触れるだけのキスをした。








翌日、シンは仕事を午前中だけ休んで
鞠を実家に送り届けた。
午後には外せない会議があったのだ。
出来るなら、ほとんど手をつけていない
有給休暇をまとめて取って
ずっと鞠と一緒にいてやりたかった。

「鞠!どうしたのあんた!」

鞠の母はあまりに顔色の悪い娘に驚く。

「申し訳ありません。俺がついていながら。」

鞠の母はシンのことには頓着せず
鞠に一つ一つ症状を質した。

「あんた。前の生理はいつだった?」

「え?」

これにはシンも反応した。
このところ鞠には月に一度のブルーディが
訪れていない。

「………………………。先月まるまる抜けてる。」

「はい、妊娠三ヶ月。」

「ええ?」

ここで一番キョトンとしているのはシンである。

「あなたがお父さんで間違いないのね?」

「ですね。あんなにずっと一緒にいた期間は
他にないし、あれで違う男と交渉持てたら
マジシャン級だと思います。」

「変な冗談言わないでよ!」

鞠の顔に少しだけ赤みが戻っている。

「現金な娘ね。そんなに嬉しいの?」

そう言った母も嬉しそうな表情になる。
あらためて娘を愛しそうに見つめた。

「嬉しい!シンの赤ちゃんなのよ!当たり前よ!」

「でも、ヴァンパイアとの赤ちゃんだと勝手が
違うものなの?こっちの病院で産めるのかしら。」

「美月先生は魔界の病院で出産してたわ。」

女達はどんどん現実的な問題を洗い出していく。
シンは頭が真っ白になり、我に帰り、また白くなる
これをぐるぐると繰り返していた。

「お父さんには、いつ話そう。」

鞠が五番目くらいの懸案にやっと父の話を出した。
順番が低い。

「今、電話しちゃう?」

母の美沙子は仕事中の父、朔次に電話をかけ始めた。

「あ、あなた?今、大丈夫?」

本当に掛けた。シンは目が点である。

「鞠がおめでたよ。」

電話口で父の叫ぶ声が、シンにも鞠にも
よく聞こえた。













とりあえず、鞠を近くの産婦人科に診せた。
事情を話すと魔界の病院の紹介状を書いてくれた。

「純血のヴァンパイアと人間の混血児は
妊娠期間が一年半と長めになります。
体調管理に気をつけてくださいね。」

夜に今後のことを話し合うことにして
シンは出勤してきた。昼食を摂るのも忘れて
会議中派手に腹の虫が鳴いた。

オフィスに戻って午前中に溜まったメールを捌く。
鼻唄まじりに弾むような靴音がした。
全員がげんなりした顔になった。

「今日も指宿くんはお休みかい?」

所長が呑気な顔でオフィスを見回す。
全員が何か言ってやりたい顔で貝のように黙る。

「そういや、松尾くんも午前中休んでたみたいだね。」

「いや、所用で。」

「君まで体調崩されちゃたまらないからね。」

その場の全員が息を飲む。
その言いぐさはないよな。
もちろんシンにも怒りが沸いた。
いや、殺意だ。
言いたいことは山ほどあった。
だが言語中枢がイカれて何一つ言葉にならない。
シンにブレーキを掛けたのは圭一の存在もある。
あいつが一番居心地が悪いはずだ。
俺が今、言いたいことを言えば同時に
圭一を責めることにもなりかねない。

「所長。大学に報告しますよ?」

中本さんだ。

「な、何をだね?」

「言ってもいいんですか?」

中本さんは無言で所長を責める。

所長にだって後ろめたい気持ちはあるのだ。
それに大学側も、実習生が過剰な労働を強いられたと
分かれば黙っていないはずである。

「いや、私は指宿くんの才能を買っていたんだ。」

「何を言っても傷口を広げるだけです。
ほとぼりが冷めるまで、オフィスには来ないで
いただけませんか?」

中本さんはピシャリとやっつけて
所長をオフィスからあっという間に追い出した。

「あたしは指示系統があの人の直下じゃないからね。
あんな風に言えたけどさ。松尾先生はダメだよ。」

「中本さん。」

中本さんは所内で唯一の出向研究員で
まだ正式な所属は出身大学の研究センターなのだ。
所長は上司ではなく取引先のトップ。

「所長に難ありでも、ここは研究のしやすいとこだし
結果も出せる。悔しいだろうけど堪えて。」

「ありがとう。」

現場の空気は悪くない。
鞠のことはまだ言えないが
あらためて実習期間中はハードだったと
思い起こした。
こんな時に受胎するなんて。
この赤ん坊は鞠同様に根性の据わった
すごい子になるんじゃないかと思う。









「普通はなかなか受胎しないんですって。」

鞠の母、美沙子はあくまで前向きだ。
シンは朔次の剣幕は想像できた。
あんな何事もないように仕事場に
電話で報告されて気の毒だったなと
逆に心配になった。
だが、ここは分かってもらうしかないのだ。

「やるじゃない。あんたたち。」

「やだお母さんたら。」

「で、どうするの?どこで生む?」

「やっぱり美月先生の出産したとこにするわ。」

「今日、先生が紹介状くれたとこでしょ。」

「そう。で、大学は一年次の単位を取ったら
休学することにしようと思うの。」

「て、ことは。復学は?」

「て言うか、奨学生の資格は休学すると
失効するんだけど、単位は手元に残るから。
休学は一年間で復学が間に合わなければ
一回大学の籍を抜かれる感じね。」

「あら、もったいない。」

「再編入するか、他の大学にするか。
生んでから考えてみるわ。」

「なんでそんなに冷静なんだ鞠は。」

淡々と話す母娘にたまらず突っ込みを入れるシン。

「生まれるのは一年半も先なのよ。」

「出来たら赤ちゃん生まないわけにいかないでしょ。
レイプされたとかなら別だけど。結婚する予定に
なってるんでしょ?あんたたち。」

「その先のことも具体的にしとかないとね。
あのマンションじゃ子育てには向かないかな。」

「シンくんのご両親にもご挨拶したいし。」

「うわあ。どこまでも現実的。」

「シンくんはもっとしっかりして頂戴。」

玄関で気配がする。父、朔次の帰宅だ。

「お義父さん。」

「あ。シン。おめでとう。」

「へ。」

「参ったな。俺もおじいちゃんか。」

妙に穏やかな朔次を前に、何やら申し訳なくなるシン。

「すみません。鞠はまだ学生なのに。」

朔次はため息をつくと、少々荒っぽく
シンの胸を拳で突いた。

「美沙子のやつ。あんな仕事中に電話してきて。
俺が職場で散々一人で頭に来て怒り狂って
帰ってくるまでに気が抜けるのを計算済みなんだ。」

朔次はオフィスで机を蹴飛ばし椅子を蹴倒し
ゴミ箱にコーヒーの空き缶を投げ
外れて拾いに行きゴミ箱を蹴飛ばし
頑丈な据え付け式のゴミ箱には負けて
足を抱えて2~3度跳ね上がり
散々暴れて疲れきったところだった。

「分かってるんだよ。うちは、女達の
独裁政権なんだ。」

「確かに現実的な話をお二人でどんどん
煮詰めていますがね。」

「だいたいどこの産院で産むとか
新居はどうするか、大学はどうするか。
そんなとこだろ?」

「たった今話してた内容ドンピシャです。」

シンはさすがだと思う。
この指宿家では母の美沙子が
家庭内を仕切っている。
鞠は美沙子に似たのだろう。

「あなた。ほら。おめでたい日なんだから。
お祝いよ。いいお酒出してあげる。」

朔次は散々美沙子の手のひらで転がされ
今日はいささか目が回っているようだ。

「ほらほら。着替えて頂戴な。」

美沙子は朔次から背広を剥ぎ取る。
珍しく背中から耳元に寄り添って
やさしく囁く。

「なんだよ。くっつくなよ。」

「何を照れてるの?」

「おまえ!色々誤魔化そうとしてるだろ!」

「んふふ。」

馬鹿ね、と笑いながら美沙子は
朔次のネクタイに手をかける。
首筋に触れながらネクタイを解いた。

「や。やめろって。くすぐったいよ。」

「ん。もう。本当にあなたって。」

「なんだよぉ!」

シンは自分も同様に、鞠に手のひらで弄ばれながら
夫婦として暮らしていくのだと思う。
早く弄ばれたい。
少し気持ちが高ぶってしまってから
当分の間はお預けなんだなとガッカリした。