亀の啓示

18禁漫画イラスト小説多数、大人のラブコメです。

とにかくイチャイチャハロウィン小説版(90)

2018-04-13 12:54:40 | とにかくイチャイチャハロウィン小説版
「なんか、緊張すんな、おい。」

「何でですか。」

「あの松尾物産の会長なんだろ。
ビビらねえ商社マンいねえよ。」

両家の顔合わせという段になり
鞠の両親を松尾家に招待することになる。

「別に家に来ていただいてもいいんだけど。」

美沙子はケロッとしている。

「いや、勘弁してくれ。殿様を長屋に招待する
ようなもんなんだぞ。」

「家族三人、慎ましく団欒を営むに足る
立派な家のつもりでおりますけれど?」

今も三人、居間でお茶を飲んでいる。
お茶請けは、おかきと朔次の好物である
胡瓜のぬか漬け。美沙子が毎日ぬか床を
かき混ぜている。

美沙子の言う通り、両家の顔合わせだけなら
この居間でも十分だ。
だが、シュウが外出するときに使う車は
長さがバス並みだし、ボディーガードから
執事から、もしものための医師から
すごい人数が一緒にくっついてきて
外で控えているのである。
美月を訪ねたときは家のものを撒いて
一人で飛んで会いに行ったらしい。
正式にスケジュールに入れた行動だと
ほぼ不可能なことである。

「お付きが沢山になるんで。逆にご迷惑になります。」

「ふうん。大名みたいね。」

「若い頃多少荒っぽい商売の仕方をしてたので。」

シンは申し訳なさそうに笑う。

「荒っぽい?」

「ええ。まあ。」

「そんなに、か。」

朔次は薄々分かっていたという感じだ。
人物像まで丸々そう思われるのも違うなと思うシンは
慌てて言葉を重ねていく。

「や、今の本人は至ってすちゃらかなオヤジなんで。
ただ、世間はそう見てくれないというか。」

「どういうこと?」

「会長の寝首をかこうとする輩がワンサといる
ってことなんだな。」

最後まで美沙子はピンと来ていないようだが
まあ、先入観はない方がいいかもしれない。

「シン。ごめん。あたしはパスするわ。」

襖を細く開けて鞠が覗いていた。

「鞠!大丈夫かい?」

シンが瞬間移動かと見紛う程の早さで
襖に寄り添った。

「お父さん…あたしに、も…きゅうり。」

悪阻の最中でも、各々の『食べられるもの』がある。
妊婦とは酸っぱいものを欲するとか
そんなことが全員に当てはまると思う人はもう
あまりいないものだが、それが鞠には母のぬか漬けの
きゅうりだったのだ。
鞠はここ2~3日、きゅうりのぬか漬けで
生命を維持していたのである。

鞠が三本のきゅうりを平らげて部屋に帰っていくと
シンは初めて気づいた。
松尾邸内でこの二人をフォローするのは
自分ただひとりなのだと。
美月にも来てもらおうか。
ちょうど、遊びに来ていたといったテイで。
いや。無理。

週末にはもう、あの家にこの二人を連れていくのだ。
こんなに休みが心待ちじゃなかったことは
今まで経験がない。

「シンくん。」

美沙子が玄関先でシンを見送ってくれる。

「心配性なのよね。あなたって。」

「いや。家は色々あって。」

「あなた見てると、そんなに心配するほどじゃ
ないと思うんだけど?」

「え?」

「鞠からも聞いてるわ。家庭の事情も
ちょっとだけ複雑で。お父様は意にそぐわない
ご結婚をされて、あなたと妹さんをもうけた。」

「ずっと歪な家庭だと思ってきました。
実際普通じゃありませんでしたし。」

「だけど。あなたは誰も憎んだり恨んだり
してないでしょ。過去はどうあれ。」

「それは鞠のおかげなんですよ。運命のせいに
せずに、自分で切り開くことを教えてくれた。」

「こうなる方が、運命だったんでしょ。
それだけのことよ。」

美沙子はシンに軽く手を振ると
家の中に入っていった。










シュウが迎えの車をやるといっていたのを
散々説得して、シンは自分の車で指宿家に乗り付けた。
もうすでに疲れていたシンに、美沙子は笑って応じた。

「もう支度は出来てるから。行きましょ。」

「お前もさりげなくいい車乗ってるよな。」

朔次は何度も見ているはずのシンの車を
改めて吟味し始める。
機能性重視、燃費も優等生のハイブリッドカーだ。

「仲間を乗せる前提で選んだので。
年のわりに落ち着いた車になりましたが。」

「もっといい車、買って貰えたんじゃねえのか。」

朔次はからかうように笑う。

「多少親父の名前で負けてはもらいましたが
これは初めて参加したプロジェクトの褒賞金で
買ったものです。」

「え。」

「企業コンペだったので。」

「こんな車買えるほどの褒賞金が出る研究って
お前本物の学者だったんだな!」

「魔界の企業はこういうの金ケチりませんからね。」

シンはウインクする。
朔次はミラー越しに見て、ケッと苦笑いをする。
やはりこいつは育ちがいいんだろう。
男のウインクなんて一生のうちに何度も見られる
ものではないし、見たくもない。

「高速、乗りますね。」

「結構遠いんだな。」

「陸路は遠回りになるんですよ。飛んで行ければ
あっという間ですがね。」

シンがゲートでチケットを取ると
アクセルを踏み込んだ。

「この車、あんまり揺れないわね。」

美沙子は快適なドライブにご機嫌だ。

「これは車もそうだが。運転が上手いんだよ。」

シンに聞こえないように美沙子に耳打ちする朔次。

残念ながら、シンにも聞こえてしまったが
これはエチケットとして聞こえていない振りをした。








「いらっしゃいませ。」

ガジェットが迎える。

「お前の口からそんな言葉が聞ける日が来るとは。」

「バカ言えよ!来客があればキチンとするさ!」

朔次はかなりビビっている。
なんせ人狼なんて見たことがない。
美沙子は興味津々でガジェットに近づこうとするが
朔次が必死に妻を絡め取って、自分の斜め後ろに隠す。

「大丈夫ですよ。取って食いやしません。」

ガジェットは困ったように笑うと言った。

「鞠は本当に素晴らしい娘さんですね。
うちのボンにはもったいない。」

「ありがとう。あなたのことは鞠から聞いてるわ。
イケメンねえ。ガジェットさん。」

珍しく腰から抱き止める夫から
首を伸ばすようにして話しかける美沙子。

「ほら、あなたも挨拶くらいなさいな。」

「や、やあ、娘がお世話になって。」

こんなとき、女の方が度胸があるものだが
鞠は本当に母の美沙子に似たのだと
シンは思う。

門をくぐり、歩き出す。
今日は門番たちがことのほか静かだ。
門番の守るエリアを難なく抜けて
屋敷へと続く道を歩き続けていると。

「いつになったら玄関に着くんだ?」

朔次が訝しげに言った。
誰しも尋ねるのだが。
話題にも困っていたのでちょうどいいと
シンはいつもとは違う話をする。

「この屋敷を建てたのがひい祖父さんなんですが。」

このひい祖父さんは松尾家男子にしては
滅多にいないような呑気な人で
家を訪ねてくる客人にジャングルツアーを
楽しんでもらおうと、正門から玄関までを
広く取って屋敷を建てた。
ジャングルはすこぶる不評で、身内からも酷い
ブーイングがあったので、庭園に整えたり
改修工事を重ねてこんな風に落ち着いた。

「建物は頑丈なんで、基礎は壊さないように
改築をしてます。」

火事があっても延焼しにくく
地震は震度7でも倒壊しない。

「あと、どのくらいかかるの?」

「五分も歩けば。」

ふたりとも絶句した。


屋敷の前に見事な庭園が広がる。
もう目の前が玄関なのだが、シンはいきなり
美沙子をマントに隠した。

「きゃあ!」

「すみません。このへんはスナイパーが
狙うエリアなので念のため。」

「はあ?スナイパーだあ?」

朔次はマントに包まれている上から
また美沙子を庇うように抱きつく。

「あなた。苦しいわ。」

「お前は喋るな!」

「あ。あいつら親父しか狙わないんですけど
俺は背格好が似てるんで。万が一ですけど。」

「じゃあ美沙子はどうなるんだよ?!」

「このマントは防弾仕様です。」

「俺はあ?!」

「明らかに人間だし、小柄だから平気ですよ。」

「やだなそれ。マジでやだな。」

「しょうがないな。」

シンは美沙子を包んでいるのとは逆の裾を跳ね上げて
朔次を包んで抱き込んだ。

「うえっ!気持ち悪い!」

「じゃあ離します。」

「我慢する!!」

「100mくらいですから、辛抱してください。」

三人はシンのマントの中で
もこもこと二人三脚、いや三人四脚をしながら
やっとこさ玄関に到着したのだった。