亀の啓示

18禁漫画イラスト小説多数、大人のラブコメです。

とにかくイチャイチャハロウィン小説版(96)

2018-04-20 08:42:00 | とにかくイチャイチャハロウィン小説版
あれから1ヶ月が経った。

樋口の父が単身、また学園に訪れた。

樋口は素行の悪さもすっかり治り
制服もきちんと着用するようになった。
成績は元々そんなに悪くはなかったが
提出物を出さずにテストの点だけを取っても
評価は良くならなかった。
それも少しずつ改善されて、学習にも真面目に
取り組んでいることが形になって現れてきた。

誰しもが学園側の根気強い指導が実ったと
自負していたのである。

職員室で、樋口の父が訪ねてきたと聞いたとき
美月にはなぜか胸騒ぎがした。

「樋口。お父さん来てるよ。なんかあったの?」

美月は樋口のクラスに行き、さりげなく尋ねた。

「え?親父、今日も会社に行ったけど。
俺はなにも聞いてないよ。」

美月は首を傾げた。おかしいな。
子どもになにも言わずに、父親が学校に来るだろうか。







「あ、美月先生。」

学園長は上機嫌だった。

「え、樋口のお父さんは?」

美月は二棟離れた校舎の端から走ってきたが
間に合わなかったようだ。

「お帰りになったけど、美月先生と旦那さんには
改めてお礼がしたいと仰ってね。連絡先を訊かれて
ご自宅の住所をお伝えしたんだけど」

「はあああああああああああっ?!」

「そのうち、菓子折りでも持っていくと思うな。」

「その腐った脳みそのなかで個人情報保護観念も
腐って朽ち果てたか?!」

「ええええっ?」

美月はそれこそ脱兎のごとく
学園長室を飛び出して行った。






「亮?今どこ?」

美月はスマホで亮に電話をかけた。
保育延長の申請書を書きながら肩で耳に挟むように
しながら通話を続けていた。

「ああ。今日はこれからクライアントの会議に
出掛けるんだ。ごめんよ。遅くなる。」

「家なの?!」

「ああ。その会議の準備をしてたんだ。」

「家から出ないで!」

「どうしてさ?」

「樋口のお父さんが!そっちに行った!!多分!」

「何でだよ?訳がわからないよ!」

「とにかく家中鍵かけて!誰も入れないで!!」

「美月。そう言うわけにはいかないよ。
出掛けなきゃならないんだ。」

「何されるかわからないんだよ?!」

「今、窓から外見てるけど。誰もいないよ。」

「もうっ!少しでいいから!待っててよ!」

「……わかったよ。30分だけだよ?」

美月はモータープールに停めてある
愛車に飛び乗ってアクセルを踏み込んだ。




「トオル、ドウシタ?」

アルファとベータが森から帰ってきた。
彼らの出入り口は屋根裏の真上の小窓で
自分達で開け閉めをして出入りしている。

「外にへんなおじさんいなかったか?」

コウモリ兄弟は頷く。

「クロイオーラダシテルオジサン。」

「キモチワルイ。ブキミ。」

まさかコウモリからこんな言われ方しているとは
思わぬだろうが、なるほど何をするかわからない。

「まさか。俺を?」

亮は背中に冷たいものが伝う嫌な感覚を味わう。

「なんか危ないものを持っていた?」

「スナイパージャナカッタ。」

「ソウイウ、プロジャナイヨネ。」

「なるほどね。確かにな。」

逆に刃物を隠し持っていれば、コウモリ兄弟にも
分からなかっただろう。

亮は屋根裏の窓から外を見た。

40代後半くらいの貧相な中年男性が
玄関の前まで来ていた。
呼び鈴を鳴らす。
ピンポーン。
ピンポーン。
しばらくして、また。

亮は気配を消してずっと見ていた。
呼び鈴を鳴らすのをやめた男を見ていても
不安な気持ちがちっとも収まらない。

そのとき、聞き慣れた車のエンジン音がした。

「美月?!」

「ナンカヘンナニオイ!クサイクサイ!」

コウモリ兄弟は何の臭いかは分からないようだが
しきりに訴えてくる。そのうち亮の鼻にも
刺激臭がした。

「ガソリンか?!」

ポリタンクではなく、ペットボトルなどの容器に
何本か持ってきたようだ。鞄から出して玄関に
撒き始めた。

そこへ美月が駆け込んできた。

「何してんの?!」

「あんたが、あのヴァンパイアの女か。」

美月は少し躊躇ったものの、男に飛び掛かり
あっという間に取り押さえた。
背中に回した手を更に肩から蹴り回し
関節を外した。痛みにのたうつ男を足元に転がし
腹に数発蹴りを入れた。

「なかなか失神しないな。」

「美月!もうやめろ。」

そう美月を止めながら、亮が一発
男の腹に鋭い蹴りを食らわすと、
唸りを飲み込むようにして失神した。





「あ。すみません。長内です。
会議には参加します。フェイスタイムで。」

現場検証に、警察の事情聴取。
今日は会議には出向けそうになかった。

「長内くん。なんかあったの?」

「ちょっと。放火騒ぎで。」

「あれまあ。近所で?」

「ええ。すごく近所で。」

火は着けられなかったが、ガソリンの処理で
何日かは家に入れないようである。
亮は最低限のタブレットや充電ケーブルを
持ち出して車に積み込んだ。

「はい。それでは、プレゼンさせていただきます。
すみません。データとしてお送りしますので
そちらで投影していただければ。」

亮が車の中で会議に参加し始めた。

美月は一人で警察と話をしていた。

「だって!ガソリンなんか撒かれて、
火を着けられたらおしまいじゃないですか!
必死だったんですっ!!」

「それにしても肩の関節から外すなんて。」

美月はまた過剰防衛で警察から苦笑されて
いるのである。

「確かにご近所も巻き込むところだった
わけだし、やり過ぎですけどアリでしょう。」

「良かったあ。やっと分かってもらえた。」

「これからは一人でここまでしないで
すぐに警察を呼んでくださいね。」

美月はしおらしく肩をすぼめてみせた。
まあ、一つも反省していなかったが
振りをしただけでも上出来だった。

「あ。そろそろ保育時間終わっちゃうな。」

美月は当然のことながら学園長に電話をした。







「美月さんっ!!」

学園長は飛んできた。
文字通り、飛んできたのだ。

「学園長!!」

美月はたまげた。
普段、鳥人とのハーフであることは
隠している彼が、心配で飛んできた。
白鳥の翼は大きく、スピードもヴァンパイアに
負けないくらいである。

「樋口の父親が、うちに報復しに来ました。」

辺りにはガソリン臭が充満し、化学消防車が
処理をしている最中であった。

「火は着けられなかったけど。派手に撒かれて
家に入れないんです。」

「美月さん、双子ちゃんは?」

「時間延長で保育園に。」

学園長は不幸中の幸いとホッとした息をついたが
すぐに険しい表情で向き直った。

「私のせいで、こんなことに。本当に済まなかった。」

「謝ってもらっても仕方ないです。さしあたって、
生活を保証していただきたいですね。」

「困ったね。とりあえずホテルを手配しよう。」

「子ども二人一緒に泊まれるところに
してくださいね。ふたり、ですよ?」

美月は冷静に釘を刺した。
学園長は小さくなって頷いた。






とにかくイチャイチャハロウィン小説版(95)

2018-04-19 11:01:59 | とにかくイチャイチャハロウィン小説版
「俺は気が進まない。」

「正直あたしもなんだけどね。」

美月は数日前、野田先生から呼び出され
いきなり拝み倒された。

「どう考えたって無理があんだろ?」

「あたしもべつに担任ってわけでもないし。」

美月は、もし樋口が自分を気に入らないなら
教科担任を替えてもらえばいいと思う。
幸いにも新学期が始まったばかりだ。
交代してもらうタイミングとしては悪くはない。

「まあ、将来あのままでヴァンパイアのいる
職場に入っちゃったら散々だと思うけどさ。
俺を見ただけであんな過呼吸になるくらい
不安定なんだから。今、無理しなくても。」

保健室でカウンセリングをするくらいの
専門家が言うのだから、何とかなるのかもしれないが
それを丸投げされてしまうのはいささか乱暴だと
思う亮であった。

「とりあえず、樋口自身は納得してるらしい。」

「はあ。」

はじめは『休日に長内邸を訪問する』という
無茶なプランをぶつけてきた野田先生だったが
何とか粘って保健室のカウンセリングに同席する
という条件に落としてもらった。

亮はフリーの強みで、平日の放課後に学園を訪れる
ことにしたのであった。





「この間はすみませんでした。」

亮が保健室に入ると、もう樋口はテーブルに
ついていた。立ち上がると頭を下げる。

「あれ?ピアス、外したんだ。」

耳と鼻につけていたピアスがなくなっている。
亮は少しホッとしたのだった。

「服、着替えるとき、引っ掛かるし。」

「あ、そうなんだ。やっぱり。」

自分の机に座って、仕事をしている野田先生は
こちらを見もしない。困る。すごく困る。

「俺は何をしたらいいのかな。」

まあ、樋口に聞いても困るだろうと思いながらも
間が持たないので、こんな質問をした。

「ヴァンパイアって。人間とどう違うんですか。」

「はあ。」

「説明してやって。旦那さん。」

あら、野田先生聞いてたんだ。人が悪い。

「俺は生物学的なことは分からない。
それこそ女房の方が専門家だから、それは
あいつに授業終わってからでも聞いてくれ。」

ただ。亮は続けた。

「ヴァンパイアは人間よりも頑丈だし
長生きだし、力もちょっとだけど強い。」

「……」

樋口は亮を見る。上から下まで、観察する。

「見てくれはあんまし変わんないけど。
ヴァンパイアの血が濃ければ濃いほど強いかな。
純血のやつらは人差し指と親指で、女の首を
摘まむだけで殺せると思う。」

樋口の目が怯える。
亮はそれでも誤魔化したことを言うのは
違うと思ったから話していた。

「でも、人間だって小さい子を触るとき
優しくしたりするだろ。プリンやケーキの
入った箱を握りつぶしたり振り回したりしない。」

ヴァンパイアは人間を嫌いではない。
特に儚げな人間の女が懸命に生きているのを
見ていると、どうにも愛しく守ってやりたく思う。

「血を吸わないと生きていけないのは
純血のやつらだけ。俺は1/8人間の血が入ってて
血を吸わなくても生きていける。吸えば美味いけど
今まで吸ったことがあるのは女房ただひとりだ。」

「長内先生?」

「ああ。はじめは牙が通らなくて
すごく痛がってた。ちょっと慣れるのに
時間がかかったね。」

「美味しいの?人の血なんて。」

「ん。あいつの血はとても美味いよ。」

「それは、好きだからなの?」

意外な切り口からの質問に亮は顔を赤らめた。

「や、ああ、それは好きだし、美味いし。だな。」

「人間だから、好きになったの?」

「いいや。あいつだから、好きになった。
こんなのどこのどんなやつに聞いても答えは一緒だ。
好きになるのは、唯一無二の相手と思ったからだよ。」

きっかけとして左右はするかもしれないが
好きになるってそういうことだ。
亮がそういったとき、野田先生が少しだけ
肩を揺らしたのを二人とも気づいてはいない。

「体格や能力の違い、文化的な違いはあるよ。
でもヴァンパイアと人間はそんなに違う生き物
って訳ではないし、考え方もそんなに隔たりはない。」

樋口はしばらく黙っていたが、大きく息をついた。

「ヴァンパイアは人間を獲物みたいに捕まえに
くるんだと思ってた。」

血を吸って。体を弄んで。散々遊んで捨てるのだと
そう思っていた。そんなヴァンパイアにホイホイ
ついていく人間の女も淫乱なのだと思った。

「え?どんなクラシックなホラー映画観たのさ?」

亮が呆れたように笑う。

惚れた女に惚れてもらうのに必死だよ
弄ぶなんてとんでもない。

樋口は、亮が話を終えて保健室を後にする頃には
大分表情も自然にやわらかくなり
別れ際には笑って手を振ってくれた。

でも、もう勘弁してもらいたいと思った。






「亮。今日は樋口からお礼をいわれたよ。
旦那さんによろしくって。」

「まあ、あいつの気持ちが少しでも楽になれば
それが一番だけどさ。専門外なのもいいところ
だよ。もう二度とごめんだな。」

ふたりとも、終わったと思った。
やれやれ、と厄介払いをした気分。


だが、本当の厄介はこれからだった。







とにかくイチャイチャハロウィン小説版(94)

2018-04-18 09:13:54 | とにかくイチャイチャハロウィン小説版
「どう?頭冷えた?」

「俺は冷静だけど?」

野田先生は、翌日の放課後に
また樋口を保健室に呼んだ。

「別にあんたがヴァンパイアを嫌いになるのは
自然なことだ。そういう経緯なら仕方がない。」

「え?」

「嫌いって感情は悪いものではないよ。」

樋口は多分、想像していたことと
全く違うことを言われたので呆けている。
不意な攻撃とは、受けた側を頭悪そうに見せるなと
野田先生は思った。

「あたしは、AKBやらなんたら娘やらが嫌いだ。」

「一緒にすんなや!!」

「これはあたしの問題だし、普段人に喧伝したりは
しないよ。反対に、あいつらをこよなく愛し
金を惜しまないやつらもいる。」

話が変な方向に進んでいる。
樋口は露骨に嫌そうな顔をした。

「でもあたしは、あんたがAKBが好きでも
あいつらのグッズやCDを買ってにへにへしても
それを攻撃したりはしない。」

明らかに樋口が刺された痛い顔をした。

「お前AKB好きなの?バッカみてえ!」

「俺は別にあんなの好きじゃねえ!!」

「あんな枕営業で仕事取ってくるクサレマ●コども
どこがいいんだよ!」

「な、なにいってんだよあんた。」

「もし、あんたが本当にAKBが好きだったら?」

「え…」

「こんな風に言われたらどう思う?」

「やだ、な。」

野田先生は、まあ一口に好きとか嫌いとか言っても
それぞれなんだけどね、と挟むと笑う。

「あたしは日常生活困らないから、アンチアイドル
だとか公言してない。でもあいつらを盲信してる
やつらの中には信者を増やそうと猛烈にプッシュ
してくるやつらもいるんだよ。」

「プッシュ。」

「そういうやつには、あたしは嫌いだから!って
意思表示をする。ほとんどはそれで引いていくけど。
それは良さがわかっていないだけ、食わず嫌いは
駄目だ!なんて言い出すのもいるんだな。」

「うわ、最悪。」

「ここまでされたら。自己防衛として
攻撃してもいいとあたしは思うよ。」

「そっか。」

野田先生は言いたいことをいい終えると
樋口の方を見た。

「美月先生の旦那さんはヴァンパイアだ。
人間との混血らしいけどな。」

「ふうん。」

「あんたは別に仲良くする必要なんかないし
もう、二度と会わないかも知れない。」

樋口は昨日の亮を思い出していた。
ヴァンパイアが怖いのかと言った。
自分は、怖いと思うほどヴァンパイアのことを
知らない。母を連れ去られた怒りしか。

「美月先生に、暴言を吐くのは違うね?だろ。」

黙り込む樋口に、野田先生は笑いながら肩を叩く。

「ま、そんなこと分かってるよな。はじめから。」

「俺は、その……」

「謝った方がいいかもしんないけど、今後絡まない
ようにすれば十分だとは思うよ。」

反省すればそれでよしと野田先生は言った。






大人しくなった樋口は、授業中に騒いで妨害することも
なくなったのだが、相変わらずの素行の悪さで
要注意人物のリストから外れることはなかった。
授業に出てこないことも珍しいことではなく
学校からも再三家庭訪問をするなどして
改善に努めていた。

そんなある日。
樋口が父親に連れられて学校にやってきた。

「うちの息子がこんな風になってしまった理由が
わかりましたよ。」

父親は学校側に問題があるといい、担任教師では
話にならないからと学園長を出せとゴネ始めた。

学園長は普段あまり使わない、奥の応接室を開けて
面談に応じたのだが。

「おたくの教師の中に、非常識な女性教師が
いるというじゃないですか。」

父親はかなり興奮していて、そう簡単に話を聞いて
くれる状態ではなかったが、何とか落ち着かせ
なければならないと学園長は思う。

「何があったか、順を追ってお話願えますか。」

「ご存知のように、うちは片親で。でも愛情かけて
きちんと育ててきたんですよ!」

学園長はしばらく父親の言い分に
黙って耳を傾けることにした。

「うちの息子はヴァンパイアが大嫌いなんです!
なのにヴァンパイアと結婚している女性教師に
教えられて、精神的に不安定になってしまった!」

学園長は、ああこれが以前真知子の言っていた
センシティブなヴァンパイア嫌いの少年かと
はじめて思い当たる。

学園長は父親の方を無視して、樋口本人を見た。

「樋口くん。それは、長内先生のことかね。」

「……」

樋口はだんまりを決め込む。

「光紀!言ってやれ!お前がどんなに辛かったか。」

「生徒に対して暴言を吐いたり、虐待したり
といった事実があれば即刻処分しなくてはならない。
もう、君には危害を加えないようにさせなくては。」

学園長がこうも話を大きく言ったのは
逆に美月はこんなことをしていないと
信用していたからこそなのだが。

「すぐにその教師を配置代えしていただきたい!
もう息子の目に触れないようにしてください!!」

また父親の言うことは無視して、樋口に
話しかける学園長。落ち着いて、やさしく
ゆったりと語りかけている。

「長内先生から、何を言われて、どう嫌だったか。
具体的に聞かせてくれないかね。
教師も人間だ。保身に走る。他の生徒にも
聞き取りをするから、詳しく話してくれ。」

「何も言われてねえよ!!」

樋口は急に拳でテーブルを打つと立ち上がった。

「あいつは何にもいってねえよ!でも!
我慢出来なかったんだ!汚らわしい!
俺は下品な言葉でヤジを飛ばしたよ。でも
長内先生は取り合わなかった。」

父親は一瞬怯んだが、どうしても美月を
悪者にしないと収まらないと思ったのか
負けじと学園長に詰め寄った。

「こんなにうちの子が嫌悪感を抱いているのに
どうして分かっていただけないんですか!」

「やめてよ、もうやめて、父さん。」

「光紀。」









それから、野田先生が樋口を引き取りに来た。

大人がよってたかって
傷だらけの子どもになんてことするんだ。

父親も学園長も黙って下を向いていた。

野田先生が樋口を連れて出ていくと
学園長は父親に話しかける。

「あんた。女房に逃げられたのをまだ
ウジウジして、恨み辛みで一杯にしてるんだな。」

「はあ?!」

「そんなだから、息子がひん曲がっちまうんだよ。」

「何だと?あんたに何がわかる?!」

「あの子はあんたの恨み辛みまで背負わされて
抱えきれない怒りに押し潰されそうになってる。
なんでこんなことにしちまったんだよ。」

「俺だって辛い!!それでも息子のことは
大事にしてきたんだ!」

「大事に仕方を、間違ってたんだよ。」

「どういうことですか。」

「まあ、あんたも男手一つでたいへんだったろ。
でも、子どもってのはやさしいからな。
あんたは言うともなしに恨みを口にして
いたんだろうが、一緒になって憎しみを
募らせていたんだよ。あんな小さな体でさ。」

「じゃあどうしたら良かったんですか!」

「早く、忘れることだよ。」

「もう、あんな女のことは忘れてますよっ!」

「いや。奪われた、逃げられたってことを
もう手放した方がいいってことだ。」

父親はすぐに違いが分からなかったようだが
もう学園長は言いたいことは言い終わったようだ。
なにも言わずに応接室を後にした。






「かわいそうにな。お前はようやく気づいたんだ。
このままじゃいけないって。」

「苦しい。こんな自分がたまらなく嫌だ。」

野田先生は誰もいないベッドの片方に飛び込んだ。

「な、なにしてんだよ!」

「あんたも隣、寝っ転がって話そうよ。」

樋口は控えめに腰をおろすと
靴を脱いでベッドに横になる。

「あら、行儀がいい。」

野田先生もサンダルを脱いで足をバタつかせながら
うつ伏せになる。

「再三言うけど、あんたがヴァンパイアを嫌いに
なるのは自然なことだ。」

「でも、理由なく何かを嫌いになるなんて
やっぱりおかしい。俺は長内先生の旦那さんにも
たまらなく嫌悪感を覚えた。こんなのは……」

「また。会ってみるか?」

「え。」

「あの人、いやあのヴァンパイアは信用出来る。
あの人と分かり合えたら、ヴァンパイア嫌い
治るかもしんないよ。」

あとで話を聞いた亮は
なんて無責任なんだと怒っていた。












とにかくイチャイチャハロウィン小説版(93)

2018-04-17 09:19:42 | とにかくイチャイチャハロウィン小説版
美月から相談された野田先生は
新入生ファイルを引っ張り出す。
担任教師でも最低限の手続きが終われば
そうそう何度も見ない家族状況のデータだ。
野田先生はこうした書類を一手に管理している。
問題行動があった場合のみ、こうして
引き出されるのだ。

樋口光紀は父子家庭に育った少年だった。
女性に何かコンプレックスを持つような経緯が
あったならば、母親が大きな鍵を握って
いるのではないかと考えた。

「樋口は、お母さんどうしてんの?」

野田先生はだいぶストレートに尋ねてみた。

「あんな性器と脳みそが直結したようなババア
知らねえよ。今頃しわくちゃになって捨てられて
野垂れ死んでんじゃねえの?」

「あんたがいくつの時に出ていった?」

「もう。小学校上がったばっかのときだよ。
送り迎えがいらなくなって、一人で家に帰ったら
いなくなってた。」

「お母さんと逃げた相手が、ヴァンパイアだった?」

さらに真っ直ぐに突っ込む野田先生。
樋口はファイルとICレコーダーの載った
テーブルを足で左にひっくり返した。
ガッシャンと派手な音が鳴り、ファイルとレコーダーは
窓際まで放り出された。

「そんなプライベートに立ち入った質問には
答えられませえん。」

野田先生は席を立ち、ファイルとレコーダーを
拾い集めた。レコーダーが作動しなくなっているのを
確認すると、掲げて樋口に見せた。

これで録音するのはあんたの言質を取ろう
ってんじゃなくて、あたしがあんたを虐待して
いない証明にするためだよ。こんなにしちゃって。

野田先生は楽しげに笑い転げた。

「何が可笑しいんだよ!」

「自意識過剰の被害妄想。」

「うるせえよ!」

この少年はもう高圧的に声を荒らげて
女子供を威嚇する術を知っている。
弱い自分を守るための行為でもある。

「これ以上荒らされちゃかなわないからさ。
また、明日来てくれる?」






亮は、美月の復職初日
家での事務仕事のみで、部屋でPCとの
にらめっこだった。
請求書や帳簿ソフトへの入力、毎日きちんとやれば
溜まらない仕事だがつい後回しにしてしまう。

一通りの作業を終えると夕方になっていた。

亮は飛んで美月の職場までやってきた。
仕事上がりに待ち伏せて脅かしてやる。
渉と卓を引き取って、ファミレスで晩飯を食う予定だ。

校門の前で一人の男子生徒とぶつかりそうになった。

「おっと。ごめんよ。」

亮がマントを翻して彼を避ける。
だが、その男子生徒は立ち尽くしていて
亮を見据えて歯を食いしばっているようである。

亮が気になったのは、彼が震えていたことだった。

「くそう……」

荒い息とともに吐き出すように呻いている。

「どうした?具合悪いのか?」

亮が尋ねると肩で息をし始めた。
過呼吸だ。
亮は背中をさすり、落ち着くようにと話しかけた。

「ゆっくりだ。はい。すって。まだ、うん。すって。
はいて。少しずつ口からはいてみな。よし。」

亮はスマホを出して、美月に電話をかけた。
本当は事務室に掛けたかったが番号がわからない。

「いま、校門の前にいるんだ。あ、話はあと。
男子生徒一名具合悪くして座り込んでる。
誰かよこして。」

すぐに電話は切れた。

徐々に息も整った少年は、オールバックにした髪が
だいぶ乱れて、冷や汗に濡れた額で束になった。

亮がハンカチで拭いてやると、その手を振り払った。

「はなせよ。吸血鬼が!」

「大丈夫か?」

「うるさい!」

亮はまさかとは思ったが一応訊いてみた。

「ヴァンパイア、怖いか?」

まあ人間は魔物を怖れるように出来ているが
見てくれが人間とさほど違わない自分が
そんなに怖がられているとも思えなかった。

「憎い!虫酸が走る!人間の女食い物にして!」

亮は言葉が出なかった。
この少年に、ヴァンパイアを恨むような出来事が
あったのは間違いないと思う。
自分はこの少年のトラウマを目一杯に
引き出す存在であり、先ほど立っていられないほどに
具合を悪くしたのも自分のせいだとわかった。

「樋口!大丈夫か?」

野田先生と美月が走ってくる。

「あ、旦那さん。お久しぶりい。」

野田先生とは、学園主催のパーティーで
顔を合わせたことがある。

「旦那?」

樋口が顔を上げて野田先生を見た。

「こちらはあんたの大嫌いなヴァンパイアで
長内先生の旦那さんだよ。」

美月は近づき過ぎることなく、自然な距離で
亮に寄り添っている。
亮も愛しそうに美月を見つめている。

「くそっ。」

樋口は亮と美月の二人から、派手に首を振って
そっぽをむいた。

「ごめんな。きっと俺を見て、具合悪くしたんだ。」

亮は美月の腰を抱いて、軽く頬に頬を寄せた。

「保育園に行ってるよ。」

「あたしも、あと30分くらいで上がるから。」

夫婦は手を振り別れた。

「あんたも本当はとっくに分かってるよな。
ヴァンパイアだから、じゃなくて。
たまたま、ヴァンパイアだっただけだ。」

野田先生が樋口の肩を抱いて諭す。

「ヴァンパイアは皆同じ訳じゃないし
女たらしじゃないやつもいる。」

「なんの話かわかんないけど、ヴァンパイアは
女たらしじゃないよ。レディファーストで紳士は
多いけどね。それは文化的な問題だし、種別による
差違ではない。」

美月は自分の回りのヴァンパイアたちを
思い出す。口を挟まずにはいられなかった。

「まだまだ、あんたには抱えきれないことだから
責任転嫁して全否定したい気持ちはわかる。
そうしないとやってられなかったんだ。」

野田先生は多くを語らない。
樋口は黙ったままだ。
まだ事情を知らない美月は
それでも樋口がヴァンパイアである誰かのせいで
辛い気持ちになったことはわかった。

「今日はもう、お帰り。」

樋口は立ち上がると、不貞腐れた顔で
校門を出ていった。





とにかくイチャイチャハロウィン小説版(92)

2018-04-16 13:08:23 | とにかくイチャイチャハロウィン小説版
「美月先生。お帰りなさい。」

学園長が笑顔で美月を迎えた。
産前の半年、産後の一年半の産休が明けて
美月が復職したのである。

「保育園、危うく入れなくなるところ
だったんですけど!」

のっけから美月はご立腹である。

美月は亮と結婚したときから、子どもができたら
産休を取ることと保育園を利用することで
働き続ける契約に調えたのである。

「ごめんね、双子だってことが伝わってなくてさ。」

「伝わってなくて、じゃなくて!
伝えてなくて、でしょっ?!」

美月がこんな些細な言い回しに
態度を尖らせるのには、深くはないが
重大なる事情があったのである。

有り体に言って学園長のミスである。
双子だといい忘れた。
事務のスタッフも男児一名の申請を
処理し審査し許可され備品を手配し
受け入れ体制整えたところで
「双子」という衝撃の事実が明らかになる。
それは産休が明けるひと月前に、美月が双子を連れて
学園に挨拶に訪れたことから発覚した。

これが一週間前であればアウトであっただろう。
野田先生も千手観音のようになってありとあらゆる
手を尽くしてくれ、最悪保健室で預かると約束まで
してくれたのだった。

「あの時、野田先生が確認を奨めてくれなければ
スルーしてたと思うんですよね。」

「ああ。さすが真知子ちゃんだよね。」

「鼻の下を伸ばすんじゃない。」

「ごめんなさい。今月の保育料は無料にするから。
許して下さい。」

「今後何かあれば、保育料無料で
私の機嫌は直るかもしれません。」

学園長は悲しそうな顔をした。
美月はフルタイム正規職員復帰なので
保育園は朝8時から夜7時までの延長ができる
上限ギリギリプランである。
これが双子だから×2である。
ひと月、二桁を越える費用が掛かるのだ。
福利厚生で美月の負担は半額なのだが
どちらにしても全額を学園側が出すというのは
痛い出費である。

「それが嫌なら、もうミスしないでください。」

「ごもっともで。」

美月は時計を見た。
もうすぐ一時間目が始まる。

「授業、行って参ります。」

「お願いします。」




昼休み。美月は落ち着きなく、初等部の校舎の前を
うろうろしていた。
初等部の隣は保育園なのだ。
何しろ保育園初日、双子の息子がこんなに長時間
自分から離れて他人の中で過ごすのも
初めてのことである。

様子を見に行きたいが、変に里心はつけたくないし
昼休みに毎回会いに行けるとも限らない。
何よりこれは、自分側の子離れ訓練でもあるのだ。
我慢しよう。我慢だよ。ああ、当然だろう。
美月はスマホの画像フォルダを開く。
中には渉と卓の笑顔や泣き顔、寝顔が溢れている。

「くそう。可愛いいいいいいいっ!」

可愛さ余ってなんとやらだ。

「この悪魔たちめ。どれほど母にダメージを
与えたら気が済むんだ。帰ったらお仕置きだ。
苦しいくらいに抱っこしてやるからな。」

ちゅーだって嫌ってほどしてやる。
お風呂上がりにお尻触って触って揉んで揉んで
おちんちんだってちょんちょりんとしてやるからな。

「うぬう。」

美月はやっと立ち直って、中学の敷地へと足を向けた。
予鈴が鳴ったからである。









美月は産休に入る前、二年生を教えていた。
二年以上に渡る産休中に美月の教え子は全員
卒業していったので、復職した今日からの
生徒たちは全員美月を知らないのである。

まだ担任は持たない美月は
一年生と二年生の理科を教える。
浅く広くのつき合いとなるが、今の美月には
有難い働き方だ。
今までは担任を持ち、教科担任として
同学年の生徒たちも教えながら
一人一人の生活面にも気を配るという
面倒の見方にやりがいを感じていた。
将来に関わる進路にもアドバイスを与える
担任教師という立場は、責任も重大だったが
無事に生徒たちを送り出すときの喜びはひとしおだ。

自分の子どもにはまだまだ手がかかり
自分自身も子離れ出来ていないような
ていたらくだ。担任を持つのは無理であろう。

美月は五時間目の授業へと向かう。
一年生だ。今、一年生は植物の成り立ちなどを
学習している。自分の専門分野でもあり
気合いが入るが、同時に心配でもあった。

「今日から皆に理科を教えていきます
長内美月といいます。よろしくね。」

普通のクラスなら、このあとすんなり授業に
入れるのだが、このクラスは少し雰囲気が違う。

「旦那さんには毎日血を吸われてるんですかあ?」

「あれ、すげえ感じちゃうってマジですかあ?」

一年生にしては体格のいい男子が数名。
制服を着崩して、椅子からだらしなく
足を放り出して座っている。

彼らは美月の旦那が吸血鬼だと知り
面白がってヤジを飛ばす。
授業妨害、セクハラと二重の問題行動に
どう対処しようかと思うが、復職したばかりで
授業のリズムをくずしたくなかった。
無視した。

「俺たち質問してんすけどぉ。」

「なんで教えてくんないんすかあ?」

中でも、しつこかったのは
髪をオールバックにして耳と鼻にピアスをしている
男子生徒である。
だがついこの間まで「児童」というカテゴリーに
入れられていた彼の顔立ちは幼く、皮肉にもその
髪形が子どもっぽさを強調する結果になっている。

樋口光紀。

なるほど、要注意一覧にあった名前だ。

美月は無視を決め込んだ。

「セックスは週何回してるんですかあ?」

「吸血鬼と子ども作るくらいだから
毎日してんじゃね?」

「好きな体位はなんですかあ。」

美月は平然と授業を進めた。



チャイムがなり、授業が終わる。
いささか疲れたが無事に終えられてよかった。
美月は拳を握りしめて深呼吸をした。

教室を出ると、後ろから声がした。
無視され続けたのが我慢できなかったのか
樋口が今にもキレそうな危うい笑顔で
美月のあとからついて歩いてきた。

「俺の質問、ひとつも答えてもらってねえんだけど。」

「授業内容には関係なかったので。」

美月は努めてそっけなく、冷静に話す。

「けっ。淫乱女が子どもにもの教えよう
ってんだからお笑い草だよな。」

彼には美月が堪らなく気に入らないようだ。
なぜ、こんなに突っかかってくるのか
不自然さを感じた。

「吸血鬼の旦那はセックス上手かよ。」

「学校で話す内容ではないね。」

「どの面下げて教師やってんだよ!」

どうにも樋口はヴァンパイアと夫婦になった人間
という美月がどうにも気に食わぬようだった。
不愉快そうに顔を歪めている。

「カウンセリング、予約とってやるから。
保健室に行きなさい。わかった?」

これ以上やりあっても仕方がないと
美月は野田先生にパスすることにした。

そしてあとから意外な事情がわかってくる。