やんちゃでいこう

5歳の冷めた男の子の独り言

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神隠しの跡-25話

2010-05-26 23:11:03 | 小説
沖に出た。
波は今日も穏やかで、朝日がまぶしい。
本土の市場に魚を卸す。
今日はあまり数は釣れなかった。
理由は徳之助に釣りを教えていたからだった。
それともうひとつ理由があった。
俺の子供のころの服は何枚もあるわけではなかった。
まともに着れるのは1枚しかない。
徳之助に着替えがないのも問題だ。
服を買おう。
そう決めて早々に釣りを終え、本土に降りた。
知り合いに軽トラを借り、町に向かう。
まだ時間は早いが、食事をしていたら開店時間になるだろう。
古い灯台が見えるレストランに入る。
文久3年にできた灯台と書かれてあった灯台に目をやり、徳之助に聞いた。
「あの灯台に覚えがあるか?」
「ない」
「そうか。。。」
会話はそこで途切れた。
文久と安政がどちらが先かなど、俺にはわからなかった。
でも徳之助の記憶にないということは、徳之助が生まれた大分後にできたのか、それとも徳之助がこの土地を知らないということらしい。

徳之助はオムライスにかなり衝撃を受けたようだ。
目を輝かせて、感動しながら食べていた。
周囲の人間の視線を恥ずかしく感じながら、徳之助を征するのに苦慮した。
服を買うのも一苦労だ。
徳之助はボタンができない。
上着はTシャツを数枚購入し、ズボンだけはチャックは仕方ないが、腰にゴムが入ったズボンを購入する。
これは徳之助のものだと説明すると、とても嬉しそうだった。
やはり子供だ。
満面の笑顔で喜んでいた。

昼前には漁港に戻った。
少々の食材と酒を購入するために、昔の回船問屋の作りをそのまま活かした店に入る。
『下津井港はョ這入りよて出よてョまともまきよてまぎりよてョ♪」
館内には民謡が流れていた。
それまではしゃいでいた徳之助の足が急に止まる。
目が焦点を定めていない。
「どうした?」
「しっ!」
徳之助はハッとした顔で俺を見た。
「この唄。。。音程が少し違うが、記憶にある」
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神隠しの跡-24話

2010-05-26 07:30:56 | 小説
それを気付いたことで、何かが変わるわけでもなかったが、タイムスリップの出口がそこにあるとわかったことが、興奮を覚えた。
小さな光が暗闇の中で灯った気がする。
そこから、何かが見えてくる。

「しかし、これが私より先に届いたものか。。。それとも後から来たものか。。。」
「そうかそー言うこともありえるな」
現実には徳之助がここに居る事すらあってはならないことだ。
しかしその感覚はすでに麻痺していた。
「とにかく、これは母上からの何かしらのメッセージだと思う。もしかしてこれが私にとって、母上の形見かもしれぬ」
徳之助はそのかけらをポケットに仕舞った。
「徳。そんな大事なものはポケットにそのまま入れるもんじゃない」
家の中から小さな巾着袋を持ってきて、徳之助の首から下げた。
「その中には入ってるのは神社のお守りだ。それと一緒に仕舞っておけばいい」
徳之助は無言で頷く。
どことなく寂しげな表情を浮かべて。

「しかし、ここには何もあるようには見えないが」
石の上の空間を両手で大きく振ってみる。
それによって、空気が動くだけで何も変化は無い。
草木が時折ざわつくが、これは浜からの風が通り過ぎるだけだ。
新緑の木立から見える明け方の空も、いつもと変わらない。
「徳。悪いが今はここまででとりあえず漁に出るぞ」
「あぁ。申し訳ない。行こう」
「徳。今は徳之助本来の言葉になっている。徳の言葉。。。こっちの言葉にそろそろ戻せ」
「そうか。。。ごめん。わかった」
「気を抜かないように(笑)」
笑って見せた。
少しでも気分が変わるかと。
しかし、徳之助の表情には何も変化は見られなかった。
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