東京医科大の不正入試問題に絡み、女子受験生へ一律減点措置を施している事実が明るみになった。一個人の裏口入学にとどまらない、組織的に実施された「女性差別」。しかし、これは東京医科大だけの問題ではない、というのが多くの関係者、識者の見方である。文科省は、調査をすると発表したが、一体、なにが明らかになるのだろうか。
医学部専門予備校を10年以上運営してきた、原田広幸氏の嘆き――。
まさか、これが現実だとは……
東京医科大の不正入試問題の内部調査で、女子受験生と3浪以上の男子に対して、一律減点措置を施すという不当な差別を行なっていたことが判明した。しかも、何年にも渡り、組織的に実施していたという。
女子と多浪生への減点措置が、1次の学科試験から行われていたことには、正直なところ、かなり驚いた。
医学部予備校業界では、小論文や面接試験が行われる2次試験で、大学に都合の良い人材(若い男子)を優遇する措置を極秘裏に、ごく少数の学生に対して施しているだろうということは周知であった。
私は、すでに7月20日の記事、医学部予備校の元経営者が明かす「裏口入学のヤバイ実態」<http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56600>で、女子学生に対する差別的選別の可能性があることを示唆し、長年、そのための受験対策を行なってきたことを述べた。
学科試験ではごまかしが効かないから(差別は行われないだろうから)、なんとか学科試験で点数を稼げるようと、しっかりとした学力をつけるようにと、指導を行ってきたのだ。
しかし、実際は、学科試験から一律で減点措置がなされていた。土俵に上がる時点で、点数の20%が、男性よりも不利に設定されていた。面接点も一律に減点であった。
いったい、なんのための受験指導だったのか。はじめから勝敗が決められている八百長試合をさせられていた気分である。深く、やるせなさを感じる。私の生徒にも、東京医科大を受験して、優秀にもかかわらず、1次や2次試験で落とされた女子受験生や多浪生が、たくさんいる。彼らもきっと、怒りに震えているだろう。
「仕方がない」と言っている人たちへ
この問題に対して、医師でタレントの西川史子氏は、テレビのバラエティ番組で、「当たり前です、これは。(成績の)上から取っていったら、女性ばっかりになっちゃうんです。女性と男性の比率はちゃんと考えてないといけない」、「女性と男性は役割が違う。女性ばかりを医者にしてしまうと眼科と皮膚科ばかりになってしまう」と述べたという(Livedoor NEWSより)と述べている。
また、こういった発言に対して、ジャーナリストの有本香氏は、Twitterで「西川さんのこの発言とまったく同じことを今週末、近所にお住まいの複数の女性ドクターから聞きました。「女性差別だ! けしからん」という単純な話で片付けられないことなのですね。西川さん、テレビ番組でよくぞ、きちんとお話くださったと思います」と述べた。
男女比を操作し、意図的に男子を多く入学させる現行の入学制度は、(正しいとは言えないにしても)医療現場の実態から考えると合理性があるという趣旨の発言である。
「医療崩壊」が叫ばれて久しい。現場の多忙さ、仕事のハードさ、責任の重大さに鑑みて、単純に医師の男女比が半々になるのが理想的とは言えない事情は、たしかにあるだろう。
しかし、医療現場における適正な人材配置の問題と、医師を目指すチャンスの平等性の問題は、まったく別である。
医療現場において、女性医師が多くなると問題が生じるとするならば、それは医局と大学病院におけるスタッフ配置の制度の改変が必要であるということを意味するに過ぎない。そのため、これは入試段階での差別が容認される理由にはならない。
つまり、現状の医療において男性医師のニーズが高いからといって、医学部入学試験における女性差別が合理的であるということにはならないのである。これは端的な誤謬である。
日本においては、医学部は、ほぼ唯一の医師になるためのルートである。医師になりたい女性の入学希望者を、最初から不利に扱うというのは、日本国憲法に規定されている平等の理念に照らしても明らかに不当であり、およそ近代国家の大学入試制度として許容されるべきものではない。
ちなみに、先進国(OECD加盟国)における医師の男女比の平均は、55:45で、ほぼ同等、日本の80:20に比べると格段の差がある(joynet 女性医師とつくるライフスタイルマガジンより)。患者の男女比は、男女ほぼ同数であろうから、女性医師を増やすことによるメリットも大きいはずである。
いわんや、まだまだ医師の絶対数が足りていないのが日本の医療の現状である。女性医師が増えすぎると困る、という発言は、男性中心主義者の心理的なバイアスに過ぎない。
医学部入試 女子差別 真の原因
そもそも、一番大きな問題は、建前上、性別・年齢等による受験制限はない(自治医科大学や防衛医科大学校など一部の特殊な医大を除いて)ことになっているのに、受験生に知らせることなく、こっそりと、一部の受験生を優遇し、多数の女性・高年齢者を排除してきた、医学部入学者選別そのものの不公正さである。
教え子の医学部生や医学部内部の人間からの情報によると、こういった女子や多浪生に対する差別的な選別は、ほかの医科大学、医学部でも、実際に行われている。決して、東京医科大学だけの問題ではないし、東京医科大だけに責任を押し付けて解決できる問題でもない。
また、こういったあからさまな形式ではないにしても、女子が苦手とする数学や物理を難問化することにより、合法的かつ堂々と、女子を排除している大学も多い。
さらにいえば、こういった事情は、文科省も、厚生労働省も、私立医科大学協会や日本医師会といった関係諸団体だって、多かれ少なかれ、現状は把握していたはずである。彼らに不作為の責任はないのか。
林芳正文部科学大臣は、8月7日、「入学者選抜が公正に行われているかどうか、全国の国公立、私立大学の医学部医学科を対象に緊急に調査をする」と述べ、調査を事務方に指示したことを明らかにした。
本気で調査をするならば、ほとんどの医大での差別的な選別の実態が明らかになることは必至である。2,3校のスケープゴートを血祭りにしてお茶を濁すようなことにならないことを祈るばかりである。
これから起こる4つのこと
東京医科大不正入試の問題発覚を発端として、これから起こるであろう大きな動きを予想してみたい。
(1)資料隠し・証拠隠滅
先にも述べたように、女子や多浪生に対する差別的選別は、東京医科大に限って行われていたわけではない。ほかの医学部でも、実際に行われている可能性は非常に高い。森友問題における財務省の公文書偽造、公文書破棄にみられるように、日本における公文書管理の杜撰さは、後進国レベルである。
国公立大学でも、同様の動きがあることは十分に考えられる。ましてや、私立学校は、あくまで私立である。抜き打ち調査でもしない限り、東京医科大で出てきたレベルでの具体的な不正の証拠が出てくる可能性は低いかもしれない。
(2)民間での集団訴訟の動き
もし、意図的な不正入試が行われていたことが確実となったら、その入試で受かっていたはずの「不合格者」の救済が問題となるだろう。当然、不正入試による損失や精神的苦痛に対する、損害賠償請求訴訟も起こされるだろう。有志の弁護士を中心に「被害者の会」が組織される。
そして、もし、林文科大臣の命令が、文字通りに厳格に執行され、徹底的な実態調査が行われたとすると、この動きは、ほかの医学部や大学にも広がっていくことは確実である。数百億・数千億円規模の大規模訴訟が各地で提訴されるだろう。
(3)各国政府、人権団体による国際的な日本バッシングがはじまる
自民党の衆議院議員・杉田水脈氏による、LGBTに対する差別的な言説が、国際的な非難を浴びている。先月実施された、オウム真理教幹部に対する一斉死刑執行に対しても、政府レベルでの批判が出ており、日本の人権擁護の取組みの後進性が、国際的に批判の対象になっている。今回の女性受験者への不当差別も、日本社会の人権問題への意識の低さの証左として、さらなる批判を呼ぶことになるだろう。
(4)医学部入試問題、とくに数学の「難問化」が進む
一般論で言うと、大学受験生のなかでも、数学や物理を苦手とする女子は多い。この10年で、医学部を目指す女子受験生の割合は年々増加傾向にあるが、女子の合格率は増えていない。医学部によっては、女子の合格者数が異常に少ない大学も、少なからず存在する。
このような、女子の合格者・入学者が少ない医科大学・医学部は、難関の医学部に多いのだが、共通の特徴がある。それは、入試の数学の問題が難しいということである。
裏を返せば、女子をたくさん合格させたくない大学は、数学の問題を難しくすればよい。そうすれば、数学が苦手な女子受験生は受験を控えたり、受けても合格点を取れなかったりするだろう。これは、合法的な女子差別と言えなくもない。
数学ができることが、直接に良医の条件になるわけでもない。医学部で習得すべき知識の性質からいえば、理科3科目(化学、生物、物理)をしっかりと習得させ、むしろ国語の試験を必須とすべきとの考え方もある。たしかに、数学ができる受験生は、頭の回転が速く地頭がよいとはいえる。
しかし、広範で体系的な知識を習得する必要のある医師にとっては、理科の基礎知識や実際的な言語能力の方が重要だ。にもかかわらず、数学の成績を重視する大学が多いのは、ほかの科目ではなかなか点数に差が付きにくいという事情はあるものの、女子を排除する動機も働いているのではないか。
今回の不正入試を受けて、すべての大学で、正確な男女比・現浪比等の情報開示を、せざるを得なくなるだろう。
開示した時に、「なぜこんなに男子が多いのか?」と言われないように、あるいは、そう言われても問題にならないように、各大学は工夫を凝らすことになる。すでに男女比を公表している大学でも、急な男女比の変化が起こらないような対策をとるだろう。
その結果、女子の苦手な数学、そして物理などの科目の難度を上げて、合法的に、緩やかに女子合格者を少なくする対応を行うはずである。
女子差別をしている大学はどこだ
さて、最後に、公表されている医学部入学者の男女比と現浪比(現役高3生と浪人生の合格者比率)を見てみよう。
このいびつな男女比は、何を原因として生じているのか。次の入試ではどのように動くか。そして、数学等の入試問題の難易度や出題方法がどのように変化するか。この問題に関心のある国民一人ひとりが、よく見ておく必要がある。
もちろん、大学の地域性や、男女の受験校選定における意識の問題もあるから、一概に、女性比率が低い=差別している、ということにはならない。しかし、今後の動きをみることで、大学が誠実な対応を行なってきたか、判断することは可能だ。
女子差別、多浪生差別は、医療制度全体における問題であり、人材配置がうまくいっていない大学病院の問題である。
それが、入試制度にも負の影響を与えている。優秀な女子を選別して差別することは、長期的には、働く医師にとって、ひいては、医療を受ける国民ひとりにとっても、損失であるということを、しっかりと肝に銘じておこう。
原田広幸