1分で読める小さなお寺の法話集

子育て、人材育成に関する法話を実話と歴史から紐解いて書いております。

【住職の法話。考え方を少し変えるだけで、苦しい人生が楽しい人生に】 拙僧の周囲だけなのかな。お笑い芸人さんなどの有名人を、粗探しして叩きまくる風潮に嫌気が刺しているのは。

2024-02-24 05:36:05 | 法話

【2月25日投稿分】 


昨今の激化する暴露(重箱の隅をつつく)社会に対し、意見を求められる事があまりに多い(次々)ので、最近会話した何人かの中から、ある読者男性とのやり取りのほぼ全文(詳細は割愛)を、今日は投稿させて頂こうかと思います。少々長いですので「鬱陶しい、興味がない」と思われます読者様は、どうぞ、無視してくださいませ。


【法話本文】


読者の男性が「住職さんの法話を読んでると、お笑い芸人さん達を随分と高く評価されてる様に感じるのですが」と。「あの機転の効く喋り方、切り返し、間の取り方、昨今の社会の流れを読み取り、最先端の話題を笑いというエキスを混ぜながら、各々自分の持っている特徴、性質を最大限に活かして(工夫)、笑いと癒しを私達に提供。全くもって頭脳明晰。内容、喋り方とも非常に勉強になり、法話の参考にさせてもらっています。如何に素晴らしい内容の話(法話)をしたとしても、聞き手を退屈させたり、眠らせたりしたら、それはもう、坊主の負け。人を怒らすは簡単だが、人を笑わせ、興味を抱かせるは、そう簡単な事ではないですもんね。講演会であろうと、お寺の法要であろうと、最初の掴みが大事は、法話もお笑いも同じ事にて。如何にして聞き手の心をこちらに向けさせるかが、勝負です。また、聞いて帰られた人が『今日の法話は、こんな話だったよ』と、家族に話して聞かせられる様な法話でなければ、提供した意味がない。これはお笑いにおいても、政治家さんの演説においても、同じ事ではないかな、と思います」と、この読者男性に。


続けて拙僧「掴(つか)みといえば、先般、元国会議員の男性がある番組で、麻生太郎さんが街頭演説の時、1発目の言葉が『えー、下々の皆さん』であったと。『ドヒャー』と思ったと元国会議員さんが。そのエピソードを聞いた時に拙僧『麻生さんらしいよな』と久々に腹抱えて笑いました。もしかしたらこの言葉は、批判覚悟での『掴み』だったかのかもしれませんよね。こう言うと読者さんの中には『そんな事あるかい』と猛批判される方もおられるでしょうが。しかし、その真意を知るは、ご本人さんだけですもんね。まあ、どちらにしても、麻生元総理は、悪気はないんでしょうけどね。話し上手の人というは、聞き手の表情(退屈そうな顔、興味津々の顔)を観察しながら、心をこちらに惹きつける様に話を展開させていくので、言葉を切り取られたら、そりゃ、炎上するリスクは大きいですわな。ところが、そんな話の方が絶対に面白いんですけどね」と。


続けて「拙僧の法話も言葉を切り取られたら、確実にアウトなものばかりです。が、講演会の時に文句言ってきた人は、過去には誰1人も。講演後には『自分に思い当たる節ばかりで、興味津々で聞いておりました』の言葉を参加者さん達から貰う事が多いですよね。それと、これは余談ですが、福岡県内のある町の町会議員を務められた檀家の爺様(昨年90歳で他界)が『住職よ、麻生太郎さんだがな、15年前(当時爺様60歳)に1度だけ、それも数分間会話しただけのわしの事を、名前まで覚えてくれていたもんな。これにはほんと、驚いたわい。麻生さんは1度会った人は、忘れないとは聞いてはいたが。そりゃ、人が担いでくれるわな』と。その人を判断する時は、一方方向から見ただけで、決め付けない方がいいと思いますけどね」と。


更に、読者男性が「昨今は、自分の価値観(判断)だけが『正解』とばかりに、何にでも文句を言ってくる人が多い様に感じられますよね、住職」と。「その傾向は、確かにありますね。例えば、ですね。拙僧はファッションというものに、全く興味がなくて『服なんて着れればいい』という程度。大学(卒業後)から戻ると63歳の今日まで、どこに行くにも、ずっと作務衣(全て妻の母親の仕立て)です。こんな人間ばっかりだったら、アパレル業界はアウトですよ。拙僧にとって衣服は必要ですが、ファッション(着飾る)は。だが『世の中にファッション関連は、必要だと思いますか』と問われれば『そりゃ、絶対に必要でしょ』と答えますよ。需要と供給の関係が成立しているものは、全て必要だと思います」と。


すると男性が「そういう事(自分の価値観だけが正解ではない)ですよね。昨今の流れですが、私も非常に気になっておりました。お笑い芸人さん達の事を『低俗な職業、低俗な人間』と、週刊誌で誰か(お笑い芸人さん)が吊し上げられる度に、十把一絡げの様に酷い言葉を彼らに。私の周囲にも、その様な人達が一定数はおられますが、味噌も糞も一緒ったぐりにして、職業批判、人格否定など、以ての外ですよね。『いやいや、違うでしょ』って話ですよ。今日までにどれ程の人達が、彼らの笑いに救われてきた事か。何十万人、何百万人どころの話じゃないと思いますよ。自分(批判者)の子供がお笑い芸人だとして、世間からそんな誹謗中傷を受けていたとしたら、親としたら悲しいはずですよね。そのお笑い芸人さん達にも、悲しまれる親御さんや、ご家族がおらっしゃるわけですから。批判者達はその事も少しは、心に留めおいてもらいたいものですね。みんな、生きていく為に、懸命に与えてもらった仕事を、頑張ってるだけなんですから」と。


対し拙僧「実はですね、檀家の子供達から偶に『何故、仏壇に蝋燭(ろうそく)や線香をお供えするの』と問われる事がありまして。答えて『蝋燭も、線香も、自分の身を削りながら、周囲に灯りを、周囲に癒しの香りを、届けてくれているだろ。どんな灯りを周囲に向けて灯しておるか、どんな癒しの香りを周囲に向けて漂わしておるか、人によっても、職業によっても、その内容は異なるもの。お笑い芸人さん達には、お笑い芸人さん達の灯し方が。政治家さん達には、政治家さん達の灯し方が。学校の先生達には、先生達の灯し方があるよね。さて、君達は将来、周囲にどんな灯りを灯しながら、生きていくんだろうね』と檀家の子供達には話しております。ほんと『こいつはどうせ、〇〇だから』と勝手に決め付けて全否定する事だけは、やめてもらいたいものですな」と。


対し、この読者の男性が「そういえば、住職。朝ドラの『ブギウギ』で『周囲から何と言われようとも、歌で勝負よ』というブルースの女王さんの台詞(せりふ)がありましたよね。NHK は朝ドラで、昨今のやり過ぎ(暴露)の風潮に物申したかったのかな、と自分なりに解釈しました。こんな事を書くと『表現している側がNHK だろ。聞く耳ないわ』と声をあげる人が出てきそうだけど。まあ、だけど、朝ドラの台詞とはいえ、私は賛同するかな。例えば、政治家さんなら『政治で勝負』ですよね。如何に品行方正であろうと、政治手腕がなかったら何にもならんですもんな。政治に力を発揮出来て初めて、政治家ですもんね。この事はどの職業(お笑い芸人、お坊さん、医者など)においても、当てはまる事だと私は思います。そう思いませんか、住職」と。


対し、読者男性に「御意。政治といえば、随分以前の事ですが、女性問題を起こした某代議士に、随分長い時間を費やして、国会の中で追及されている様を見た檀家の子供が『他の部屋(個人の問題は国会の時間を使わず)でやればいいのに。他に沢山、急がなければいけない大事な話(議題)があるだろうに。国会は小学校の学級会と、そんなに変わらないよね。あの子がこんな事をしてました、と告げ口を言い合う様は、よく似てると思うよ。地元有権者に、仕事をしているよ、の姿を見せたいだけじゃないの、とお父さんが言ってた』と厳しい言葉を。まあ、子供(当時12歳)の意見ですからね。国会中継でも、報道番組でも、目くじらを立てて『ギャンギャン』吠える様子ばかりを切り取って、何度も映像で流すから、子供達から見れば国会は、そういう印象(場所)になるんでしょうね。だが、子供の意見とはいえ『個人の問題は国会の貴重な時間を使わず、他の部屋(別の時間を使って)でやったら』の意見は、拙僧も同感ですけどね。昨今物議のお笑い芸人さん問題も同じかな。個人対個人で話し合えるものは、その様にしたらどうなの、と思いますよね」と。


最後に拙僧「まあ、何にしても、ですよ。叩かれて埃の出ない人間など、誰1人もいないですもんな。叩かれてもあまり埃の立たない人間は『そんなに大きく(仕事)は動いてない人間』という事ですかな。大きく動けば、それなりにリスク(失敗、失言)も大きくなりますもんね。そういえば、誰だったかな『人から批判されたくないと思うなら、何も動かず(何もせず)、大人しく静かにしている事』と言った人がいましたね。何にしてもそうですが、否定から入ったら、得るものは少ないですよね」と、この読者男性に。


下記で過去の法話を読む事が出来ます。


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【追伸】尚「法話が長い」と不快感を示されておられる方々には、大変心苦しく申し訳ないので、拙僧の法話が目に入らない様に『ブロック』をさせてもらっております。楽しみにされている方々もおられますので、ご理解頂きまして、それでどうか、ご容赦くださいませ。


次回の投稿法話は、3月1日になります。









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