1分で読める小さなお寺の法話集

子育て、人材育成に関する法話を実話と歴史から紐解いて書いております。

【謹賀新年。明けましておめでとうございます。本年もどうぞ、お付き合い下さいませ。2288話目】家に仏壇があるから、お墓に行けば、祖父母父母の遺骨(形見)があるから、思い出す事も出来、恩を返す事も。

2021-10-30 12:53:20 | 法話
昨年の暮れ、檀家の親族が「住職、ここのお寺の檀家にしてもらえませんか。叔父の納骨に伺った時、このお寺の納骨堂は布団を敷いて寝ても怖くないな、と思ったんです。辛気臭くないし、納骨堂独特のカビの匂いも全くない。聞くと、晴れの日は必ず窓を開封して風通しを。私は四男で菩提寺がない。駄目ですかね」と。

【追伸】
時折、散骨後に後悔された方がわが寺に足を。昨年も何人か、来られましたね。対し、拙僧「散骨と言えば、聞こえはいいが、あれは捨ててるに同じ。『これ、正解』と思う事も、テレビ、書物、会話の縁など、僅かの時間で自分の中の正解が変わる事は数多にある。知識、知恵、経験が増す毎に、思考も深まり、視野も広がり、考え方も一変する。今、流行に乗って、人の口車に乗って、軽々の判断をすると、先で後悔を招く事に。海に撒いた遺骨はもう、どうしようもない。遺骨の件に限らず、昔からそうしてきたものは、今は納得いかずとも、一旦立ち止まって、時間を待ってみる事も大事。以後、注意を、だね」と。








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