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知床日記、または、鹿とウサギのデート、または、神学的対話-その3
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このブログは 2009-03-18 23:29:53 に一旦アップして、その後ずっと封印されていたものです
懐古趣味で一時公開して、2-3日したら元の場所に戻しましょう
恥ずかしそうについてくる子鹿さんも引き連れて、原生林を分け進むと、
やがて知床5湖の第1湖が見えてきました。
〔ウサギ〕 うわー!綺麗 !
〔エゾ鹿〕 太古の昔からこの通りさ。
〔ウサギ〕 まるで絵か写真みたい!
〔エゾ鹿〕 ハハ、変なことを言うねえ、キミは。反対だろう、それは?! 絵は、神様が3次元に描いたものを、人間が2次元のキャンバスに写したたものだろう?
〔ウサギ〕 だって、神様なんて居ないもの(ぶつぶつ・・・)。
〔エゾ鹿〕 キミは都会に住んでいるからそう思うだけさ。知床の自然の中では、神があらゆる事象の陰にひそんでいるのが痛いほど感じられる。夕焼けや、星空や、小さな花や、雨上がりの虹、森も、海も、小鳥たちも、われわれ獣も、みんな神の美のひとかけらを頂いて輝いている。画家の才能が誉めそやされるのなら、大自然の美と宇宙の秩序と調和をデザインした神は、もっと賛美されてしかるべきではないか。
秩序のあるところに理性あり。これは、哲学的黄金原則だよ。この自然界をズームインしたミクロの世界にも、ズームアップしたマクロの世界、素粒子の世界にも星空の宇宙にも、この存在界をどの切り口で切ってみても、そこに見出されるる整然とした秩序が、人間の理性の産物でないことは誰の目にも明らかだろう。この目もくらむような秩序は、いったい誰の理性の作品?その理性の主を「神」と昔の人は呼んできたのではないのかなー?
(つづく)