台湾治郎

自分の生涯・現在の生活

648 ブログ648 麻雀に必要なものは、・・・。治郎流戦術書。

2013-07-30 00:13:31 | 台湾
 麻雀に必要な物は、熱と運と流れを読む力
けど、どんなうまい人でも、流れに見放されたら、あがれないのが麻雀。
 麻雀は、いかにして、つきを呼び込むかのゲームです
特別なときでない限り、四回して、一回もトップ無いときは、駄目です。
二着、二着、二着、二着。全部二着でも、現在は、プラスでも、いずれ、ツキに見放されます。
 麻雀に一番必要なのは、そのツキを呼び込む技術です。
ツキは、見えない物です。見えない物を見る技術が必要です。
今日は、おれは、付いている、ついていない頼る人は、二流。
一流の人は、付いていないときでも、一回は、トップをとる。勝てるときは、勝つ。
負けるときは、負ける、この当たり前のことが大切。
 私の麻雀は、当たることを恐れません。牌がこれは、突き進め、これは、少し考えろと教えてくれます。牌が話すわけではないが、牌の流れが大事だと言っているのです。
麻雀は、自分の上がりだけ考えるのではなく、全体の流れ、牌の言っていることに従います。
 牌が語ります。
牌は、物ですから、物を言いません。けど、少し麻雀をやった人なら、これは、わかります。どういう手になりたいのか、どうしたらよいのか、牌の流れを見極めます。
それがわかる人が一流。櫻井章一さんは、その域に達しています。
 いろいろな麻雀プロがいますが、うまい人は、たくさんいます。けど、彼らの麻雀と、櫻井氏の麻雀は、本質的に違います。求めている物が違うのです。麻雀に自分の生き様を反映させるのが櫻井氏の理論。麻雀に道を求めた人は、初めてです。
 私は、まだまだ初心者です。櫻井氏の領域に達するには、百年かかります。
それほど、難しい。初めです。麻雀に自分生き様をぶつけるという理論は。
柔道・剣道・茶道・華道様々ありますが、ギャンブルではない、麻雀に道を見いだした人は、櫻井章一氏以外にいません。小島先生もそれに近いが、もっと櫻井氏の方が深い。
麻雀道、あなたも極めては、どうですか。
世間では、雀鬼流と呼んでいます
 人生が変わるかもしれません。
再見。

647 ブログ647 「松伸」という番組。

2013-07-29 18:12:08 | 台湾
今は、とっくに終わりましたが、私は、 「松伸」という番組が大好きです。
ユーチューブで何回見ても、笑います。不思議な魅力わ持った番組です。
ただ、二人のタレントが話をしているだけなのに、面白いのです。二人の対比もありますし、何より「本音」で物を言っているのがわかるからです。
今、こんな番組は、もう作れません。たった30分のトークなのですが、ついわってしまいます。一回目はこの番組がどうなるか考えて居る打ちに、松本が「オナニーを半立ちでやりまして・・・」何ともテレビでそう言う話を聞くことも珍しい。
 松本も伸助も両方好きなタレントです。伸助は、あんな事になってしまい 、もうテレビには、出ませんが・・・。
ふたりの個性が似ている面と まったく違う面が浮き彫りにされます。伸助は、ロマンチック。一方松本は、現実派。その対比も良い。
松本は、お金をまったく使わない、だから、銀行預金が、うなるほど。一方、伸助は、金持ちは、金を使う義務があるとして、次から次へとと新しい事業。もちろん、税金の払い方も、松本は、個人として。伸助は、賢いから、法人として、自分の収入を納税しています。サンマにしても、伸助にしても、法人にしておく方が賢い。松本は、あまり、お金に関心がないのか、節税意識がうすいのか。まともに、個人所得として、税金を払っているようです 。
 ま、彼らがいくら税金を払うが私の生活には、関係ないのですが、お金にタイする意識がまったく逆。伸助は、金持ちは、どんどんお金をばらまく義務があるという考え。
一方松本は、まったく無頓着。確かに、1年間、五億・六億稼ぐ人は、そんなにたくさん日本には、いないだろう。一万人ぐらいか。私には、縁がない世界。
 松本の人間観察術も面白い。相手がどういう人間で、どういう価値観をもっているか確かめてから接近。自分の価値観に合わない人は、すぐに諦める。現在は、子供居て、結婚しているが、その当時は、独身。
恋の話。お金の話。女性に対する価値観。沖縄の話。食べ物の話。商売の考え。
いろいろ二人の対比が実に面白い。夜中の番組だから、こういう番組が出来たのか・・。
なかなか出来ない番組です。鶴へぇと浜田。鶴へぇと松本。やはり、伸助と松本がベスト。 さんま・たけし・所・タモリ・ダウンタウン。様々なタレントが居るが、松本と伸助のコンビが私には、一番新鮮で興味深い、番組でした。もう、二度と作れないでしょうが、いつか、伸助が芸能界に復帰したら、「まつしん」の続編を望む一人です。
再見。

646 646 ブログ  自分の力で生活

2013-07-29 18:04:29 | 台湾
 昨日買い物に行く途中に、歳寄りがゴミ(資源)を集めて居るところを見かけました。
結構、台湾では、資源を拾って、生活している人がたくさん(?) いるようです。
日本で言えば、アルミ缶拾いのようなものです。どれぐらいになるか、どれぐらいいるかなどは、わかりません。けど、新北市大坪林付近で、5・6人居るのですから、結構たくさんいると思われます。ホームレスより、ずっーといい。師範大学付近でホームレスを見かけましたが、彼らは、ナニもしていないように見えます。どうして食べていけるのか不思議です。日本のように炊きだしがあれば別ですが
 大切なことは、自分の力で生きようとする意欲。
これが無くなると、人間は、ぐうたらになります。生活保護を貰っている人を言っているのでなく、自分の力で生きる意欲を失った人を言っているのです。生活保護は、人が自立のための支援、援助です。人は、誰も働けなくなったり、病気したり、さまざまな出来事に出会う。その万一の時に生活保護がある。ところが、最初から、自立をする気も働く気もない人が・・・・。私は、彼らを批判する立場には、ありませんが、自分は、どうしてもどうしてもはたられない状態になったとき、生活保護に頼ります。
 まずは、自分の力で生きる。これが基本
戦後の民主教育の風潮で権利ばかり、主張する風土になっていますが、義務としては、まずは、仕事を探す努力、する努力。これなくして、生活保護は、ありません。
国家にどんなに予算があっても、生活保護希望者が急増すれば、予算は、パンクします。もちろん、彼らの生存権は、否定しませんが・・・。どうも、マスコミやユーチューブなど見ていると、生活保護を良いように利用している人も居るように見えます。
とても、難しい判断です。果たして、本当に自分の自立に全力尽くしたのか?
はたして、本当に働く意欲があるのか?
一時的な避難としての生活保護は、わかりますが、病気・障害・などの人は、わかりますが・・・・。中には、医者の嘘の診断書を添えて・・・。医者もいろいろ居ますから。
 世の中の進歩と共に、逆にその進歩に乗り遅れる人も出てきます。その乗り遅れて、労働意欲さえ無くしてしまい、・・・・。
 とても難しい問題を含んでいます。
言いたいことは、基本は、自分の力で生きようとする意欲。この意欲こそ、人のとして、原。外国で、日本と同様な、生活保護制度がどうなっているか知りません。
アメリカでは、物資を貰え、それを一般の人に売って、生活保護者が批判されているニュースを見たことがありました。果たして、台湾は、どうなっているのか?
日本では、210万世帯が生活保護になっているというニュースを見たことがあります。
経済成長と生活保護。光と影のような物でしょうが、どのように生活保護があったらいいのか、国民全体で議論すべき時かもしれません。
再見

645 ブログ645 生きることは、闘いです。

2013-07-29 14:34:48 | 台湾
 今日は、朝から外食しました。理由は、月曜日に、食べに行くと約束した店があるから。
彼女の店は、とても小さい。その小さな店には、たくさんお客さんは、こない。けど、彼女の一生迷働いている姿に胸が熱くなる。
どんな小さな店でも、主は、主。毎日、お客さんのために、店を開き頑張っています.彼女は、日本語も上手です。
日本に働きに来たこともあるそうです。店の味もいいのだが、今は、夏なので、熱い彼女の店のものは、なかなか売れません。 

 わたしは、いつもこの人を見て「逞しい」と思い、つい月曜日に行くからと・・・。
もちろん、チャーハン、焼きそば、スープなどたくさんメニューある中で、今日は、焼きそばを食べました。もちろん、おいしいです。

 すこし、ぐうたら生活をしていた私には、彼女がまぶしい。彼女は、もう朝七時から準備し働いています。わたしなんか、今日も12時半に起き、直ぐに彼女の店へ。

 対極の生活です。片一方は、真面目。もう一方は、ぐうたら。
けど、やはり、朝は、きちんと起きた方が生理的にいい。夜光虫は、夜にピークが来て、ついつい夜更かしして、朝惨めな気持ちになります。自分の生活は、自分で管理しなくては、・・・。意味ありません。

 極端なことを言うようですが、朝起きることから、大切な闘いが始まっています。
遅く起きた人は、その闘いに妥協した人、負けた人、夕べ、頑張りすぎた人・・、
何でアレ、負けは、負け。
 今日を含めて、三日が七月が終わります。来月は、朝の闘いに勝てるような生活習慣を
身につけます。カレンダーに星取表を付けてみます。
八月は、22勝9敗ぐらいに成るように頑張ります。
                      再見。

644 街の灯りちらちら

2013-07-28 22:42:32 | 台湾
もう月末なので、半月ぶりに買い物へ行きました。
買うのは、専ら、ラーメン(本当は、サッポロ一番が買いたいが台湾には、ありませんので、韓国『辛ラーメン』)を大量に買い、後は、お酒。日本酒。
 帰りにどういう訳か、堺正章の「街の灯り」という昔、流行った歌が自然と、自分の口から飛び出していました。
          街の灯り
 「そばに誰か居ないと、胸がつぶれそうな
  まるで、潮が引いたあの青いい海のように
   触れる肩のぬくもりをもっと感じていたい
   もっともつと出来るならば、息で曇る窓に書いた君の名前 
   あとのことは、迷いながら・・・。
   街の灯りちらちら。あれは、なにをささやく。
   愛が一つめばえそうな胸が弾む」

 もう、ぜんぜん覚えていません。けど、堺正章というタレントと自分が似ているような
 気がしてみていました。もちろん、私は、彼ほど、器用でも、多才でもありません。
 寂しがり屋さんで女好きが似ているのかもしれません。
 たしか、彼は、私より5歳年上。結婚も三回。
 いいんです。男は、いつまでも男を証明してくれました。
  私は、もうひとりで充分。その一人でも幸せに出来て居ません。
 けど、心の若さだけは、失わずに生きていきたいと思っています
 この街の灯りが流行った頃は、21歳ぐらいでした。あの時の思いは、今も強く思っています。この心の若さが私の取り柄のひとつ。
 いつまでも自分の長所を失わずに生き抜いていきます。
                  再見。