
昨日、とある野暮用で夕方の川崎を訪れ、京急川崎駅に戻ったところ、ちょうど目の前の大師線ホームに1305Fが到着! 何故か鞄の中にはカメラとレンズが入っておりましたので(笑)、日が長い季節の恩恵を最大限活かすことにしまして、まずは出発シーンを駅北側の踏切で撮った後、港町界隈に移動~。何気ない日常でありながらも風前の灯火となっている光景を味わったのでした……(*^O^*)。

その後帰宅し、いつものようにネット上を散歩していたところ……あに図らんや、この1305Fが1000形4連の最後の1本になっていたとは! まさに昨日、もう1本の4連残存編成であった1351Fが久里浜送りになったとか……(T_T)。そのような重大な出来事がひっそりと起こっていた日に撮った最後の1000形4連。微妙な色の黄昏の空との組み合わせがやけに泣ける1カットとして見えて来ざるを得ません……。昨日はほとんど撮り鉄を見かけず、たった一人心ゆくまで撮影したものですが、今後は果たしてどうなることやら……。
というわけで、出張撮り鉄に行って参ります。明後日は京急ダイヤ改正……。
僕は今年の3が日(2日)に大師線に乗車しましたが、初代1000形はもう1編成しか残っていないのですね。700形が退役して4年半の間に大師線はすっかり1500形鋼鉄車がメインとなり、初代1000形が風前の灯状態になってしまったことを実感せざるを得ません。
あと1351編成が久里浜工場に回送されたとのことですが、1351編成は一昨年11月まで都営浅草線に乗り入れていた最後の編成でもあります。主に平日の夕方81H運用に充当されており、僕が京急線方面へ用事があった時には必ずと言っていいほど初代1000形が入るその運用に乗って地元へ戻るのが当たり前でした。現在浅草線系統に乗り入れる京急車はVVVF車オンリーでこちらの変化も無視することはできません。
こんばんは、コメントどうもありがとうございます。
思い出してもみれば、大師線はついこの間まで700形の天下だったという印象が強く、1000形の黄金時代が長続きしなかったことにある種のショックを受けております。
8連の都営直通も、まだ8連が8連として残っていた頃は、私も夕方たまに浅草線を利用したときに当たったものでした。ここ2~3年間に1000形を襲った崩壊の嵐は一体何だったのか……という感じですね。