いつきには、そむわうのゐ給ふれば、
おほくもあらざりけれど、さるべき
源
女みこやおはせざりけん。大"将の君、
とし月ふれど、なを御心はなれ給は
さりつるを、かうすぢことになり給
朝かほノ女ばう也
ぬれはくちおしとおほす。中将にをと
づれ給こともおなじごとにて、御ふみ
源心
などは絶えざるべし。昔にかはる御
有さまなどをば、ことになにともおぼし
たらす。かやうのはかなしこと共"を、まぎ
るゝことなきまゝにこなたかなたと
おぼしなやめり。みかどは、院の御遺
言たがへず、哀におぼしたれど、わかう
おはしますうちにも御心なよびたる
かたにすぎて、つよき所おはしまさぬ
◯后 右大臣
なるべし。母きさきおほぢおとゞ、とり
どりにし給ことは、えそむき給はず。
代のまつりごと御心にかなはぬやう也。
わつらはしさのみまされど、かんの君
は人しれぬ御心ざしかよへば、わりなく
てもおぼつかなくはあらず。五だんのみ
御門
ずほうのはじめにて、つゝしみおはし
ますひまをうかゞひて、例の夢のやう
に聞え給。かのむかしおぼしたるほそ
朧月のやどり
殿のつほねに中納言の君まきらは
源
していれ奉りたり。人めもしげき比
源心
なれば、つねよりもはしぢかなるを、空
おそろしう覚ゆ。朝夕に見奉る
人だに、あかぬ御さまなれば、まして
めつらしきほどにのみある御たい
朧月
めのいかでかはをろかならん。女の御さま
もげにぞめてたき御さかりなる。を
もりかなるかたはいかゞあらん。おかしう
なまめき、わかびたる心ちして見
まほしき御けわひなり。ほどなくあ
けゆくにやとおほゆるに、たゞこゝに
しもとのゐ申さふらふとこはつくる
なり。まだこのわたりにかくろへたる
このゑづかさぞ給べき。はらぎたなき
源
かたへのをしへおこするぞかしと、大将
はきゝ給。おかしきものからわづらはし。
とのゐの人◯◯◯を侍也。
こゝかしこたつねありきてとらひとつ
と申なり。女君"
朧月
心からかた／"＼袖をぬらすかなあく
とをしふるこゑにつけても。との給さま、
はかなだちていとおかし
源
なげきつゝわか身はかくてすぐ
せとやむねのあくべき時ぞともなく
斎には、孫王のゐ給ふれば、多くもあらざりけれど、さるべき女
御子やおはせざりけん。大将の君、年月経れど、なを御心離れ給
はざりつるを、かう筋ことになり給ひぬれば、口惜しとおぼす。
中将にをとづれ給ふ事も、同じごとにて、御文などは、絶えざる
べし。昔に変はる御有樣などをば、ことに何ともおぼしたらす。
かやうのはかなし事共を、まぎるる事無きままに、此方彼方とお
ぼしなやめり。
帝は、院の御遺言違へず、哀れにおぼしたれど、若うおはします
うちにも、御心なよびたる方に過ぎて、強き所おはしまさぬなる
べし。母后、祖父大臣、とりどりにし給ふ事は、え背き給はず。
代のまつり事、御心にかなはぬやうなり。
煩はしさのみ勝れど、尚侍（かん）の君は、人知れぬ御志通へば、
わりなくても、覚束なくはあらず。五壇の御修法の始めにて、慎
みおはします暇を伺ひて、例の夢のやうに聞こえ給ふ。かの昔、
おぼしたる細殿の局に、中納言の君、まぎらはして、入れ奉りた
り。人目もしげき比なれば、常よりも端近かなるを、空恐ろしう
覚ゆ。朝夕に見奉る人だに、あかぬ御樣なれば、まして、珍しき
程にのみある御対面（たいめ）のいかでかは、愚かならん。女の
御樣も、げにぞめでたき御盛りなる。重りかなる方は、いかがあ
らん。おかしうなまめき、若びたる心地して見まほしき、御気配
なり。
程なく明け行くにやと覚ゆるに、ただここにしも、「宿直申しさ
ぶらふ」と声（こは）づくるなり。まだ、このわたりに隠ろへた
る近衛司ぞ給ふべき。腹ぎたなき方への教へ、おこするぞかしと、
大将は、聞き給ふ。おかしきものから、煩はし。ここかしこ、尋
ねありきて、「寅一つ」と申すなり。女君、
心から方々袖を濡らすかなあくとをしふる声につけても
との給ふ樣、はかなだちて、いとおかし。
嘆きつつわが身はかくて過ぐせとや胸のあくべき時ぞともなく
三重県立斎宮博物館
