goo blog サービス終了のお知らせ 
暗いブログ
 



ただひたすらに

私は人間をテーマにしていく

だってなんでこんなに面倒なのか

死までのカウントダウンをずーっとしている

物心付いたときから

いや、30過ぎてから特にここ最近。

もうすぐ40だね。おめでとう。

40年という時は、自分という人間を相応に成長させたのか?

それは甚だ疑問である。

まあ、簡単に言うと、20の時から何も変わっていないな

どころか、劣化しているな、と感じる。

ただただ毎日を生きるのが辛くて

はやく一日が終わらないかなと願い

また同じ日常をむかえる。

本当は毎日冒険がしたいのに

毎日新しい発見があって

毎日生き延びたことを感謝して

生きるってなんてすばらしいんだと

常に感じたいのに

安全な長生きと、日々を生きる刺激の両立

これはなかなか難しいことなのだろう

せめてこれからは、一日一日を大切にしよう

一期一会

これから起こることのほぼ全ては、その日にしか起きないことである。

毎日を、辛いことも含めて、大事に生きよう



コメント ( 0 ) | Trackback (  )




人間ってなんなんだろう

息子や娘は唯一無二の存在で

とてつもなく愛おしい

絶対的な存在だから

必然的存在にも思えるのだが

その発生プロセスは偶然的である

たまたま偶発的に発生したものに、

本能が必然を感じさせるのか

めちゃくちゃドライなことを言っているのか

めちゃくちゃ神秘的なことを言っているのか

自分でもよくわからないわけですが

人生なにが起こるか本当にわからないのと、

子供たちは本当に唯一無二の存在であるのと

それだけは事実である

このことは、一見相反するかのようにもみえ、

相容れぬ事象のようにも見えるのである

まあ、昔と同じ主張であるが

知能が高いゆえ自分を客観視してしまう動物

中途半端に頭が良いただの動物に過ぎないのだと思う。

だから人間って、悩みが多い生き物なのだね。

大変だよ、人間やるのは。

コメント ( 0 ) | Trackback (  )




嫌われたってしょうがないよ

それ相応のことをやってるんだから

うざがられたって、しょうがないよ

実際うざいんだから

めんどくさがられたって、しょうがないよ

本当にめんどくさいんだから


完璧主義や自分に自信がない時は、

相手が良い反応をしても、

え、本当なの?

って思っちゃう

ホントはめんどくせーから褒めとくか、

って思ってんじゃないの?

って疑っちゃう

でもね、あながち間違いじゃないね。

そんなふうに思ってるなんて、

マジでめんどくせーじゃん。

めんどくさくていいのさ。

めんどくさいからなんなんだって話で。

めんどくさくねー人間なんていないよ。

みんな常に自分の人生賭けてんだから。

そりゃ一生懸命で、それなりにめんどくさいわ。

めんどくさいのは、しょうがないね。


コメント ( 0 ) | Trackback (  )




社会はグローバル化し、世界的競争力がなければ企業は生き残れない。

AIで効率化して労働力コスト削減が当たり前の世界において、

それができない企業は生き残れない

その企業の社員は食いぶちを失い、生き残れない。

世界的競争に打ち勝つ力をつけなければこれからの社会で生き残れない

そういった人材の育成が、急務である。



最近、どこいってもそんなことを言う。

企業も、有名私立中学の説明会でも。

私はそれを聞くたびに、そうかもしれないけど、すごく違和感を感じる

絶望感を感じる。

なぜそこまでしなければ生き残れない?

楽に安定して生きることができるスキームを作り上げるのが経済ではないのか。

それぞれが何らかの価値の担い手となり、それぞれの価値を交換することで

社会全体として効率よく生きることができる仕組みを作るのが経済ではないのか

社会的動物人間が種の存続のために、全体で選択した仕組みではないのか。

にもかかわらず、その仕組みによって競争に勝てないものは脱落するという構造が現実

まあ、そうならないようにするのが社会主義なのかもしれないので、私の主張は正しくないのかもしれない。

優れた遺伝子だけを残すという、種にとっては至極当たり前のことを改めてやっているだけかもね。

でもね、人間の豊かさとは何なのか?

これはずっと考えていきたいですね


コメント ( 0 ) | Trackback (  )




私がここ数年感じている違和感

社会人になってからずーっと感じていることでもある違和感

それは仕事観です

食いぶち、生きるための手段、そこには当然醜い争いもある

厳しい競争を打ち勝つものだけが生きる糧を手に入れることができる

仕事とは、究極そういうものである

自分が生き残るための手段である。

これが、日本人の仕事観の根底にある。

それにたいして、違和感を感じる。

それに似た価値観として、体育会系がある。

気合と根性、人間関係の読み合い、

クリアできたものだけが生き残り、あとは脱落する。

これこそが日本人の美徳、強さの根底である。

そう信じてやまないのが今の多くの日本人。

体育会系大国ニッポン、さぞかしつよく、さぞかし豊かであろう。

幼少期からそういう人間を育てる教育をしているのだから。

世界的に見ても、強靭な精神を持って、世界を牽引する人材の宝庫に違いない。



数値が客観的にものがたってくれる。

世界の競争力ランキング第30位

幸福度ランキング世界第59位

実にすばらしい。



え、クソじゃないですか。

ポンコツ大国ニッポンじゃないですか。

これが、体育会系大国ニッポンの行く末です。

体育会系とは何か?

一つの解釈に過ぎませんが、軍隊そのものです。

富国強兵の一端である学制によって作られた今の義務教育は

すなわち効率よく軍人を育成するスキームそのものである。

息子が、前へならえのならえってどういう意味?、と問うてきましたが

そこから改めて思いました。

前へならえ、なおれ、朝礼台、班…

諸々全て軍隊の決まり事です。

小中学校は、軍人育成工場です。

それが富国強兵の学制の目的です。

ガリ勉よりもスポーツが脚光をあびるのも、それに由来すると思われます。

追いつけ追い越せ欧米列強といって臥薪嘗胆、欲しがりません勝つまでは

とかいって

貧しい弱小国家が、一目置かれるために必死に頑張った、

それを実現するための仕組みとして作った学制、

これが義務教育です。

それをいまだにひきずっているのです。

もう日本は、お陰様で豊かな国になりました。

極貧から脱したのです。

でも、教育制度は、富国強兵のまま

マイナスからゼロへ持っていくのが昔、

ゼロからプラスへ持っていくのが今

でもまだ、前者的教育しかしていないのです。

これこそが、私の感じる違和感だったのです。







コメント ( 0 ) | Trackback (  )




最近、とてつもなくやる気がない。 仕事に対して。 その原因はズバリ、これ以上便利にならなくてもいんじゃね? と思っていることだ。 私はIT業界に身を置いている。 AIだRPAだDevOpsだIOTだの、 その全てに興味がない。 業界人なんだから興味がなくても知っとけ。 せめて非業界人に説明できるレベルの知識は持っとけ そう思うのですが まあ、一応一般教養レベルではわかりますが まったく向き合おうとしないのです。 わからないことが怖いのか、ついていけないことを認めたくないのか それもあると思うのですが、根本的に、 いらなくね? と思っているのだと思います。 もういいよ、十分便利なんだよ。 これ以上はもう娯楽の世界、 なのに血眼になってみなさらなる高みを目指し、 本当は必要ないものなのに無理やり作り出して それを獲得できなかった企業は置き去りとなって競争力を失う いまそういうことを、やってるんです。 私の業務もそう。 例えていうなら、料理人をロボットにしようぜって感じ。 もしくは冷凍食品が一流料理人が作るものと同じレベル的な感じ。 スーパーで買う冷凍食品が、銀座の高級寿司屋レベル的な。 なんでそんなものを目指すの? 最高峰の寿司食いたきゃさいとうとか行きゃいいんだよ。 それをわざわざスーパーで?いらなくね? それが私の感想。 このITバズワードたちに対する。 一応説明できますけどね、ぶっちゃけちゃんとした定義ないですよ、 って最後いっちゃう。 どっかの銀行も自動化して大量リストラしたね 結局そういうためにやってるのかね。 誰かを不幸にするためにやってるのかね。 そう思うと、まったくやる気が出ないんです。 より幸せになるために、 やってるんじゃないんですかね? この謎の競争が、とてもそうは思えないのです。 ただただ流行りに踊らされて、無闇矢鱈と 臥薪嘗胆といってやっている、 まだ日本は戦後復興 マイナスからゼロへ、の文化から抜け出せないのですね。 富国強兵、戦後復興 そんな価値観、文化から、まだまだ変わらないですね。 とりあえず、高校野球でサイレン鳴らすのからやめたらいい。 富国強兵の賜物である体育会系がまず自覚し、変わらなきゃいけない。 誠に勝手ながらそう思うわけです。 戦争しない国を目指すといっときながら、根っこは軍国主義だ。

コメント ( 0 ) | Trackback (  )




さっき

酔っ払ってすげー腹減ったから

突然クリームパスタ作り出して

食いました。

それがね、すげーうめーの。

イタリア料理は適当に作るとうまくなる、

ってどこぞの誰かが言ってたけど、ほんとそう。

マジでてきとーな時に作ると、なんかうまいのができる。

さっきのクリームパスタをレシピにすると以下ですね。たぶん。

パスタ 100g ポポロスパの1.6mm 束になってるやつ
茹で水 鍋いっぱい プラス塩 だいたい濃度1%くらい スープかな?くらいのあじ
オリーブオイル 小さじ1くらい 油ならなんでもいい玉ねぎ炒めるだけ
玉ねぎ 20g くらい 丸のまんま芯をよけてそぎ切りしたくらい
しいたけ 2個
バター 10gくらい よくあるバターのメモリ一個ぶん
小麦粉 大さじ1.5くらいだろうか
牛乳 150cc くらいかな?
コンソメ顆粒 大さじ1くらいいれたかな?ちと多いかも
黒胡椒 親の仇くらい 20ひねりくらい

1.まずね、茹で水作ります。鍋に水入れてら塩入れて、火にかける。塩が溶けたら味見して、スープくらいかな?っていう塩加減にする。
2.沸騰するまでに、フライパンにオリーブオイル垂らして、玉ねぎを超適当に切って、火力バーの真ん中よりやや左くらいの火加減でいためる。ちっちぇのは焦げるし、全体的に茶色くなるレベルまで火にかける
3.したら適当に切り刻んだしいたけをいれて、バターもいれて、小麦粉もいれる。
4.牛乳を50ccくらいいれて、木ベラかなにかで素早く混ぜる。混ぜ続ける。まあホワイトソース作るんですかね?
5.牛乳を50cc,また50ccって感じで3回くらいに分けて合計150くらいいれていく。
6.コンソメを入れて混ぜる。とかす。
7.あ、チーズ忘れてた。いれる。今回、ただのスライスチーズを手でちぎっていれた。そして混ぜる。とかす。
8.そろそろ麺上がる。トングで鷲掴みにしてフライパンにぶちこむ。湯切りなんてするはずがない。
9.ましてや、茹で汁をトングをスプーンのようにして3,4回ぶちこむ。
ドロドロならいい感じに緩くなるまで茹で汁を入れる。
10.混ぜる。盛り付ける。最後にブラックペッパーかけまくる。

食べる。すげーうめー。
酔っ払っているが少しコンソメ入れすぎたかな?
もっと自然の味でもよかったかな?
っていう感じです。

とにかく、スープくらいの塩加減のお湯で茹でで、油がしっかりある具を作って、茹で汁ぶち込んで混ぜれば
それなりにうまいパスタができます。

とはいえ、20回くらい作るくらいの修行は必要かもしれませんがね。

このコツができるようになれば、パスタは何作ってもうまいです。

よかったらお試しください。


コメント ( 0 ) | Trackback (  )




ニュータッチ

うまいヌードルニュータッチ♪



さあ、私は何が言いたいのでしょうか。

さっきね、ニュータッチの凄麺シリーズ、佐野ラーメン食べました。

結論、うまいっす。

なんか一手間加えずにはいられないので、

万能ネギと白ネギ薄切りと、ほんの少しの鶏ガラスープとごま油なんぞ加え

食しましたら、まあうまい。

ラーメン感があるので、アレンジに適応なんですね。

麺の食感のよさと、スープの親近感、

ただのラーメンなんだけど、うまいですね。

ニュータッチ。

僕は回し者でもなんでもないのですが、

実は好きです。

しかし、正直昔は、まずいカップラーメンの代表だとおもっていました。

なんだか安っぽい、スーパーで山積みされて安売りされる

低級カップラーメンのイメージで、日清とかマルちゃんとかメインストリームにまぎれて入り込み

安いから間違えて買っちゃった、的なポジションのメーカーと、おもっていました。



お子ちゃまでした。

ニュータッチのカップラーメンの価値を、わかっていませんでした。

多分ね、このニュータッチのロゴの陳腐さ、パッケージのダサさ、そこはかとなく漂うスーパー感

そんな雰囲気が安物感をめちゃくちゃに演出し、

ニュータッチってカップ麺界のサードパーティだなって思わせるんですね。

ところがね、凄麺シリーズって、高いんですよね。

見た目だっせぇし田舎感漂うのに、たっけぇんですよね。

ますます手が出ないわ、って感じなんですよね。

でもね、しっかりうまいんですよ。

ちゃんとしてる。

生産者の愛を感じる。

私、ミーハーだから日清最強と、いつも思ってるんですけど、

あの商品開発力はすげーなっておもってるんですけど、

ニュータッチ、規模では勝てないけど、負けてないですよ。

カップヌードルの手軽さと完成度の高さは、やはり最強かもしれないが

ラーメンとしてのカップラーメン、という意味では

ニュータッチ、負けてないと思います。

マジで、地味にちゃんとうまいと思います。

エースコックの麺がやる気あんのかばりのマズさを発揮する中、

ニュータッチは、個人的には大好きで、ぜひ頑張って欲しいメーカーです。

なんだか偉そうですが、突然何を言いだすんだという感じですが、

投稿したくなるくらい、僕はニュータッチのラーメンが好きだというお話でした。



コメント ( 0 ) | Trackback (  )




あぁ

鱗のように

身にまとった

ものは捨てて

泳いで行け



(あれ、2回目!?)


最近、イライラする。

動悸

喉のつまり

頭のムズムズ

この三大疾病が常にあるなか

とてつもなくイライラする

抑えられない

抑えると辛い


そこで思った

抑える必要なくね?

これが普通じゃね?

私、結構やさしいだの

懐が深いだの

なんでも受け止めてくれるだの

同僚や部下から言われるわけです

今までで一番居心地が良いだのね。

まあ、それはよかった。

俺がそうしたいと思ってたから。

仕事?バカげてる。

どうしたってめんどくせーし

どうしたってつらいんだから

せめて楽しくいようぜ。

俺のチームは楽しいよ!

そんな場を提供したかった。

実際、提供できていたらしい。

それは実に良かった。

ただ、

俺はその実現のために、身を削っていたんだなと

思った。

ガマンしてた、いろいろと。

そして疲れちまった。

ガマンできない。

あれまてよ

ガマンしない状態って

実は結構普通じゃね?

あれやこれや考えなくて済むし

ただただやるべきことを淡々とこなす

余計な考えはいらない

これは、ふつうだ

みんなふつうにやってることだ

これが俺はできなかった

あれやこれや、あーしたらどう、こーしたらどう

いろいろと相手や周りのことを考えすぎて

やるべきことすら満足にできない状態

これが常だった。



人のことなど考えずに

やるべきことをやる

これは至極当たり前のことだ。

疲れ果てて鬱手前になってやっと気づく。

俺、考えすぎてたわ

周りのことを機に過ぎていたわ

ひいては、自分がどう思われるかばかり気にしていたわ。

脱ぎ捨てよう、そんなものは。

すのままの自分でいよう。

そしたら俺、実はだいぶキレやすいよ

すぐ熱くなるよ

本当はそういうタイプなんだよ。

なのに、平和をもとめる

まったく矛盾していることを目指してた


だからこんなにつかれるんだ

すてよう。

鱗のように

身にまとったものを

コメント ( 0 ) | Trackback (  )


  


実家の犬がなくなりました。

15歳、長生きでしたね。

私は色々あって、それ程愛着を持って

彼女と接してこなかったけれども、

あ、メスね。

それでも死というものは

感慨深いものだね。

赤ちゃんの時から知っている。

それこそこのブログにあげた。

最初は人を噛んでしょうがないみたいなことをね。

でも、とってもおだやかで、

とっても人懐っこい、みんなに好かれる可愛い犬でした。

彼女にとっての15年は、それはそれは長く、幸せな一生だったと思います。

最後までみんなに囲まれて、

手厚い介護を受けて

自分では立てないし、ご飯も食べられないのに

みんなが食べさせてくれて

最後まで愛情を受けて、安らかにいきました。

命の尊さというものを改めて感じます。

たまに思う

満員電車に乗ってると

新宿の街を歩いていると

なんと人間の多いことか。

それこそまるでモノのように。

そこらへんに転がるゴミのように

まるで人がゴミのようだ!

なんてムスカ大佐の名言のように。

でもその一人一人に、

とてつもなく重い歴史が刻まれていることを

とてつもなく重い命があることを

ふと思う

自分がどれほど苦労して今を維持しているか

先祖代々、どんな歴史があって自分があるのかを思うと

みんなそれぞれ、同じなんだなと。

すごく濃厚な人間の命がそこにあるのだと思うと

誰一人無駄にできないし

誰一人軽く扱うこともできないし

この社会とは果てし無く尊いモノであると

改めて思うわけです。

我が家の犬がなくなったことひとつをとっても

彼女の大型犬にしては長い15年という月日を考えても

命とは実に尊いものであると思いました。

そこに、その人のすべてが濃縮されている

みんなそれなりに苦労して生きている。

そのすべてが、その瞬間に濃縮されている

人の命を簡単に奪っていいことなどあるはずがない。

その人の歴史が、そこにすべて刻まれているのだから。

すべての命は等しく、重く、厚く存在しているのである。

軽視して良い命などない。

コメント ( 0 ) | Trackback (  )



« 前ページ 次ページ »


 

ストレスランキング