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交通事故における債務不存在確認訴訟について

2005年11月06日 | 民事訴訟法
 1 問題提起 

 交通事故訴訟の本人訴訟を支援している神奈川県の行政書士の方から次の質問を受けました。

 Q 「交通事故の被害者(被告)が、加害者(原告)から債務不存在確認訴訟を受けた場合、その被告のなすべき対応は、『反訴か、和解か』ですか? 
 私の知人である行政書士は、反訴か和解のいずれかをとるように助言していますが、ほんとうにそれで正しいのでしょうか?」

 ここで、債務不存在確認訴訟とは、「債務者が原告となり債権者を被告として、特定の債務が存在しないことの確認を求めて提起される確認訴訟を指す。債権者たる被告が債権発生事実について証明責任を負うので、この訴訟には提訴強制機能があるといわれている」(『コンサイス法律学用語辞典』三省堂発行、2003年12月20日発行)。

 そして、確認訴訟(確認の訴え)とは、「訴えの内容である権利関係について、原告がその存在または不存在を主張し、それを確認する判決を求める訴えの形式を指す。」(同書)。

 また、反訴とは、「係属中の訴訟手続を利用して被告が原告を相手方として提起する訴え(民訴146条)」(同書)です。

 A  債務不存在確認を訴えられた被告の対応は、ほとんどの場合、反訴を提起するか、和解をするかのいずれかだと思います。
 しかし、「反訴か、和解か」と、最初からそのような大前提を立てずに、通常の給付訴訟と同じく、原告の請求を却下または棄却を求めたり、反訴の提起、または、相手方の訴えの取下げを求めたり、裁判上の和解、裁判外の和解を検討されるべきだと思います。

 2 理由
 
 まず第一に、債務不存在確認訴訟は、当然のことながら確認訴訟ですから、確認の利益が必要です。例えば、原告(加害者)が被告(被害者)と何ら損害賠償について、話合いを持たずに、直ちに訴えを提起した場合は、請求を却下すべきでしょう(私見)。

 第二に被告(被害者)が病院に入院中で、訴えの利益はあるが、具体的な被害額が算定できない場合には、請求を棄却すべきでしょう(私見)。

 被告(被害者)が、上記のような状態であれば、反訴や和解という手段ではなく、請求の却下または棄却を求める対応も考慮すべきではないでしょうか。
 それから、なぜ、「反訴か和解か」という命題が出されるのかですが、判例・通説が、債務不存在確認訴訟の場合における“証明責任”の責任の所在を、給付請求訴訟とは逆に被告(被害者)に負担させているからだと思います。

 ここで、証明責任とは、ある事実の存否について裁判所がいずれとも確定できない場合に、その事実を要件とする自己に有利な法律効果の発生が認められないことになる当事者の不利益をいいます。
 また、給付訴訟とは、請求内容として、被告に対する特定の給付請求権の存在を主張し、給付を命ずる判決を求める訴えです。この判例・通説が想定する債務不存在確認訴訟は、主に貸金訴訟を念頭においているものだと推測します。

 現在は、私も上述のような考えに至りましたが、つい数年前でしたら、「反訴か、和解しか、手段はないんじゃないの?」と知人に答えていました(笑)。考えが変わった理由は、次の岐阜簡易裁判所の宮崎富士美判事(発行当時)著『設例 民事の実務』291頁 (三協法規出版、平成3年10月31日発行。発行後、増補版が刊行されたが、現在は、絶版の状態です。)の記述に接したからです。この本は、現在も簡裁判事に影響力を持つといわれており、私としては、簡裁判事による補訂版の刊行を期待するものです。

「この問題は債務不存在確認の訴えにおける判決の既判力の内容と深い関わりを持つ。即ち、原告勝訴の判決のうち、債務額零を確認したものは全額につき、また一定額を超える債務不存在を確認したものは超過額につき、それぞれ債務の不存在が確定するから、被告は原告に対し将来給付の訴えを提起できない(提起しても必ず敗訴となる)。抗弁が排斥されることは、被告から原告に対する給付の訴えが棄却されたのと同じ結果となるのである。

 このため、被告はその訴訟において積極的に債権の存在を主張、立証しておかないと請求権を失ってしまうことになるが、他方、債権者は債権額(損害額)の調査をしたり証拠を収集する都合上、給付の訴えを提起すべき時期を事由に選択する権利を有するから、右両者の利害をどのように調整するかが問題となる。

 しかし、原告の債務不存在の主張には債務の存否及びその金額が確定していることを前提とする筈であるから、被告は、もし債権額が確定しかつその立証が可能であれば、その確定額の存在の主張を尽くすべき義務を負い、債権額を確定し又はその立証が準備不足で応訴不能(事故直後に訴えを提起されたとき等)の場合は、被告において、原告に故意、過失があり、かつ金額が確定できなくても被告が損害を受けたことさえ立証できれば、原告の請求を棄却することができるとするのが妥当であろう。ただし、この場合の判決には債権の存否につき既判力がない。

 前掲講座Ⅰ 375頁は、被告において応訴の準備ができていないときは、訴えの利益を欠くものとして訴えを却下することができるという。一つの解決策とは思うが、にわかに賛同できない。
 そうは言っても、債権額が確定可能の状態にあるのか否か、立証の準備完了可能の状態にあるのか否か、換言すれば債権者側の怠慢の有無を客観的に判断するのは実際には極めて困難な問題であるから、この点で請求の認容、棄却が分かれるとするのは、言うは易く、行うは難い見解と言わねばならないであろう。」

 
 上記の問題に関係する下級審の判決例の関する論稿がありましたので、次にご紹介します。
 弁護士の岡伸浩著『民事訴訟法の基礎』(法学書院、2005年6月20日発行)120~121頁
http://www.hougakushoin.co.jp/emp-bin/pro1.cgi/kikan/all.html?1406

「交通事故における損害賠償債務の不存在確認訴訟 東京地判平成9・7・24判時1621号117頁 

『交通事故による損害賠償に関して、その責任の有無及び損害額の多寡につき、当事者間に争いがある場合、その不安定な法律関係が長く存続することは加害者にとっても望ましいものといえないので、そのような不安定な状態を解消させるために法律関係が長く存続することは加害者にとっても望ましいものとはいえないので、その不安定な状態を解消させるために、加害者側が原告となり、被害者側を相手として、債務不存在確認訴訟を提起することは、許されるというべきである。

 しかし、損害賠償債務に係る不存在確認訴訟は、被害者側が、種々の事情により、訴訟提起が必ずしも適切ではない、或いは時期尚早であると判断しているよな場合、そのような被害者側の意思にもかかわらず、加害者側が、一方的に訴えを提起して、紛争の終局的解決を図るものであることから、被害者は、応訴の負担等で過大な不利益が生じる場合と考えられる』として、債務不存在確認の訴えの提訴強制機能から、被害者側が応訴の負担など不利益を蒙る事態に陥る可能性があることを認めている。

そのうえで、この判決は、『このような観点に照らすならば、交通事故の加害者側から提起する債務不存在確認請求訴訟は、責任の有無及び損害額の多寡につき、当事者間に争いがある場合には、特段の事情のないかぎり、許るされるものというべきでるが、他方、事故による被害が流動的ないし未確定の状態にあり、当事者のいずれにとっても、損害の全容が把握できない時期に、訴えが提起されたような場合、訴訟外の交渉において、加害者側に著しく不誠実な態度が認められ、そのような交渉態度によって訴訟外の解決が図られなかった場合、

或いは、専ら被害者を困惑させる動機により訴えが提起された場合等で、訴えの提起が権利の濫用にわたると解されるときには、加害者側から提起された債務不存在確認訴訟は、確認の利益がないものとして不適法となるというべきである』として、債務不存在請求の訴えを不適法とする余地を認めている。

債務不存在確認の訴えの特殊性を踏まえて、相手方となる被告の立場を不当に害することのないように確認の利益を厳密に要求しようとする考え方として賛成することができる。」
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有斐閣Sシリーズ『民法』のお薦め

2005年11月06日 | 法律一般
 以前に書きました「法律の学び方 民法を中心にして」で、私は、民法の教科書として、有斐閣の民法Sシリーズ(以下、「S」という。)をお薦めしました。もちろん、すばらしい教科書はSだけでなく、一橋大学名誉教授の川井健著『民法(第5版)』(有斐閣、平成17年5月発行)もすばらしい教科書だと思います。
 ところで、民法の教科書といえば、今だに内田貴教授著『民法』(東京大学出版会発行。以下、「内田」という。)の独壇場の感がありますが、私が、なぜ、Sシリ-ズをお薦めしているかを書いてみたいと思います。

 それは、第一に、記憶の定着の“期間”が違うからです。Sよりも内田の方が、図表も多いし、理解しやすいため確かに分かりやすいです。分かりやすい方が、いいのではないかと、みなさんは考えられるでしょう。それは当然のことです。

 では、なぜ、読みにくい方が、記憶の定着がいいのかを例を挙げて説明します。次は、私事ですが、10年前に新婚旅行で北海道に行きました。飛行機で、大阪空港から女満別空港に降りたち、その空港近くで、レンタ-カ-を借りて出発したわけです。その途中で迷子になってしまい、ちょうど二つの別れ道に出会いました。真直ぐに行けばいいのか、それとも左に曲がればいいのか、分からない地点です。私は、何の根拠はありませんでしたが、左に曲がったわけです。それが、結局、正解だったのですが、その別れ道の“風景”だけは、今も覚えています。

 また、法律実務を行うと思いもよらないことが生じるのが現実でしょう。「事実は、小説よりも奇なり」とい言葉があるとおりです。そういった場合に、条文と判例だけでは、回答を見出せない場合があるはずです。その時は、教科書にもその回答は書かれていません。自分でひとつひとつ、(法解釈の)道を探して行かなければならないのです。後述することと関連しますが、Sのようなこれまでの標準的な記述の仕方・・・意義・要件・効果から、“法の道”を探求するという教科書の方が、“迷路”に入った場合には、適切な判断を出しやすいのではないかと考えたのです。

 私が言いたいことは、これでみなさんに分かっていただけたでしょうか? 苦労しないと、“覚えない”ということです。Sはかなりやさしく記述されていますが、初心者にとって、法律書としての難解さは拭い得ないと思います。。
 しかし、それでよいのです。条文・判例を覚えることによって、徐々に理解できるようになると思います。

 第二の理由は、内田教授は、これまでの伝統的な通説を否定しようとされています。伝統的通説を代表するのが、故我妻栄博士です。具体的に説明するために、ここで、内田教授の『民法Ⅰ 総則・物権総論(第2版補訂版)』8頁から一部を転載します。

「黒点と半影  法の解釈とは何かについての著名な理論のひとつに、次のようなものがある。法律の条文の拘束力は、ちょうど太陽の黒点のように、中心部分が黒く、周辺に半影部分があり、その外側が白いという三極構造をなしている。

 黒い部分は、誰が適用しても結論が同じで、拘束力が強い。公園に『自動車の進入禁止』の表示があれば、自家用車を乗り入れてはいけないという点では誰も異論がない。他方、外の白い部分には、拘束力が及ばない。自転車で公園に入ってもよいことは、やはり異論は生じない。では、クラシックカ-を展示用に持ちこむことはどうだろう。また、大型バイクで走り抜けるのはどうか。工事用のクレ-ン車はどうか。これらの事例になると、異論が生じうる。

 このような、半影部分の事例については、複数の解釈が成り立ち、そのいずれを採用すべきかを法律の条文は支持しない。だから、解釈者の価値判断で、様々な利益を考量して決めるしかないのだ、と考える。このような考え方は、法実証主義と呼ばれ、今日の有力な理論のひとつである。」

「連作小説  他方で、次のような考え方もある。法律の解釈は、ちょうど、何人もの人びとが、順番に小説を連作していくようなものだ。たとえば、ディケンズが『クリスマスキャロル』の第1章しか書かなかったとする。そこで、これを別人が1章づつ書き継ぐと仮定しよう。第2章以下を書く人たちは、それぞれ、登場人物の名前や基本的な性格については前章までと整合的でなければならない、という意味で拘束される。

 しかし、スト-リ-の展開に相当程度の自由が与えられている。スクル-ジという頑迷な老人をどのような人物として描き、どのような行動をさせるかは、いろいろな創作の余地がある。しかし、まったく自由なわけではない。前の章までに描かれた小説の、文学としての価値を維持し、高めるため、許容される創作には当然幅がありしかも、どのような創作も同じ価値なのではなく、文学作品として明らかに「優れた」創作とそうではない創作が判別できる。

 実は法の解釈も同様で、これまでに形成された法規範の体系と整合的でありつつ、しかも、政治的・社会的な価値の点で、優れた創造的解釈をめざさなければならない。それは、決して解釈者の自由な価値判断ではなく、価値によって拘束された創造だ、といえる。これもまた、今日の有力な理論のひとつである。」

 このように法解釈には二つの方法がある訳です。私は、以前は、内田教授の見解を支持していたのですが、現在では、二つとも結論として、同じ結果が出るのではないかと、疑問を持っています。ただ、“道筋”は異なるが、同じ、出口に出るような気がするのです。

 このように二つの法解釈の方法論を「理解して、記憶する」ということから考えると、前者の立場の方が、勝っているのではないか。つまり、「理解して、記憶しやすい」のではないかと思うのです。以上が、Sをお勧めした理由です。
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訴訟における離婚時の慰謝料分割請求について

2005年11月06日 | 民事訴訟法
 Q 離婚の際、相手方にはほとんど資産がなく、慰謝料を全額、即時に請求できない場合には、分割請求をできるのでしょうか? その場合、利子を付けることができますか?

 和解においては、両当事者が同意すればで当然にできますが、訴訟においては、分割請求はできますが、分割した金員に利子を付けることはできないと思います。
 ところで、少額訴訟(価額が60万円以下)の場合は、原告が希望しなくても、被告の資力その他の事情を考慮して、3年を超えない範囲で、裁判官が分割を許容する定めをすることができます(民事訴訟法375条1項)。少額訴訟の場合は、原告が希望しなくても、一定の要件の下に裁判官の裁量で行えるということです。

 どのような判決(主文)になるか分かりにくいですから、『Q&A 本人訴訟・少額訴訟』214頁・219頁(梶村太市外二名編、青林書院 1999年3月30日発行)から次のとおり転記します(発行当時の少額訴訟の価額は、30万円でした)。

「Q30
 貸金訴訟(残元本28万円)の少額訴訟で、元利金につき毎日7000円ずつの分割払い(利息については、残元本の支払完了まで毎月の残額に対する年18%の割合)とする和解ができました。少額訴訟では「分割払判決」もできるそうですが、それを希望するにはどうすればいいですか。
(中略) 
 この場合の請求金額は28万円、遅延損害金の利率は年18%の割合、遅滞に陥った日を平成10年4月1日、訴え提起の日を平成10年6月30日ということにします。」

「分割払いを命じる例
 一 被告は原告に対し、次の金員の支払義務のあることを確認する。
   1 元金28万円及びこれに対する平成10月4月1日から同年6月30日までの遅延損害金1万2565円の合計金29万2565円
   2 元金28万円に対する平成10月年7月1日から支払済みまで年1割8分の割合による遅延損害金

 二 被告は原告に対し、前項1の金員を次のとおり分割して支払え。
  1 平成10年11から平成13年6月まで毎月末日限り各9000円
  2 平成13年7月末日限り4565円
  
 三 被告が前項の分割金の支払を二回以上怠った時は、被告は期限の利益を失い、原告に対し第一項の金員を支払え。

 四 被告が期限の利益を失うことなく第二項の分割金を支払ったときは、第一項2の金員の支払い義務を免除する。」

 (注:ここでいう遅延損害金の利率は、利息制限法1条1項の「元本が10万円以上100万円未満の場合です。(筆者))
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