「スタグフレーション」という経済用語があります。(^。^)
円安の進行が深刻な問題となっていますが、逆に、日本に来た海外旅行客は「日本はなんて物価が安いんだ!」と爆買いに躍起です。(^-^)
最近、ちょっと気になる「スタグフレーション」について、ネットで調べてみましょう。(^_^)
スタグフレーションは、インフレーションの物価上昇とデフレーションの景気停滞が同時に起きている状況を指します。Stangnation(景気停滞)とInflation(物価上昇)を組み合わせた造語です。
物価が継続的に上昇している状況が、インフレーションです。企業が価格を上げても消費者が積極的にモノやサービスを購入するため、売上が上昇します。企業の利益が増えると従業員の給料が上がり、より積極的に消費活動が行われるのです。インフレーションによってお金の循環が活発になり、経済が発展します。
しかし、インフレーションは経済を発展させる効果がありますが、過剰な物価上昇はお金の価値を下げてしまうため、注意が必要になります。
逆に、物価が継続的に下落している状況が、デフレーションです。モノやサービスが売れずに企業の売上が下がります。企業の業績が悪化すると従業員の給料は下がり、消費活動が消極的になるのです。
経済はデフレーションによってお金の循環が滞り停滞します。給料が下がるとより安いモノやサービスが求められて、企業は価格を下げるのです。
逆に、物価が継続的に下落している状況が、デフレーションです。モノやサービスが売れずに企業の売上が下がります。企業の業績が悪化すると従業員の給料は下がり、消費活動が消極的になるのです。
経済はデフレーションによってお金の循環が滞り停滞します。給料が下がるとより安いモノやサービスが求められて、企業は価格を下げるのです。
スタグフレーションになると、景気が停滞しているにもかかわらず物価が上昇するため、給料は増えずに支出が増えて家計が苦しくなります。
デフレーションでは物価上昇のための政策によって、市場の通貨流通量を増やすことが解決策です。しかし、スタグフレーションでは物価が上昇すると状況が悪化するので、同じ政策では解決できない点が大きな問題となります。
日本では円安ドル高になると、輸入する食糧や生活必需品の価格が上昇します。モノやサービスの供給を輸入に頼っていると、円安の影響を強く受けて物価が上昇するのです。
国内の景気が停滞しているときに円安による物価上昇が起きると、スタグフレーションの状況となります。2022年(令和4年)に入ってからアメリカの利上げに伴う円安の影響で物価が上昇し、スタグフレーションに陥る可能性が高くなっているのです。
国内の景気が停滞しているときに円安による物価上昇が起きると、スタグフレーションの状況となります。2022年(令和4年)に入ってからアメリカの利上げに伴う円安の影響で物価が上昇し、スタグフレーションに陥る可能性が高くなっているのです。
うーん、やはり「円安」は「スタグフレーション」を招く危険因子なんですね!(◎_◎;)
円安に対する政府の市場介入が話題となりましたが、それだけ経済的リスクが差し迫っているということですね!( ; _ ; )/~~~
☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
さて、「奥の細道」より、今日の一句。
「世の人の見付ぬ花や軒の栗」 芭蕉
軒先に栗の花が咲いていて、こんな場所で誰も見つけてはいまい、と自慢気なのでしょうか?(^_^)
いやいや、俳聖・芭蕉翁ですから、もっと深いィ意味があるのでしょうね、、、さっそくネットで調べてみましょう。(^。^)
(解説)
須賀川の可伸庵を訪れたときに詠まれた挨拶句です。
可伸という僧に対して詠んだ句で、初めは「隠れ家や目にたたぬ花を軒の栗」と詠みましたが、栗の花を可伸の人柄に対する思いと絡ませて、「世の人の見付けぬ花や軒の栗」と詠み直しました。
この句の季語は「栗の花」、季節は「夏」です。
「栗の花」は山野に自生し人家や畑でも栽培され、6〜7月頃に花を咲かせます。独特の強く青臭い匂いがし、花の形はとても特徴的な形をしています。
(句意)
地味で目立たない栗の花は、世の中の人の目に止まらぬ花であるが、この家の主人はそんな栗の木を軒近くに植えて、ひそかに隠れ住んでいる。主人の人柄をもあらわしているようで、趣深いことだ。
「世の人」とは、世間一般の人という意味です。世の中のいろいろなことを避け、ひっそりと暮らすこの家の主人の奥ゆかしさをこの家の軒端にある栗の花に託して詠まれた句だと考えられます。
「栗の花」は山野に自生し人家や畑でも栽培され、6〜7月頃に花を咲かせます。独特の強く青臭い匂いがし、花の形はとても特徴的な形をしています。
(句意)
地味で目立たない栗の花は、世の中の人の目に止まらぬ花であるが、この家の主人はそんな栗の木を軒近くに植えて、ひそかに隠れ住んでいる。主人の人柄をもあらわしているようで、趣深いことだ。
「世の人」とは、世間一般の人という意味です。世の中のいろいろなことを避け、ひっそりと暮らすこの家の主人の奥ゆかしさをこの家の軒端にある栗の花に託して詠まれた句だと考えられます。
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ニャルへそ!🐈⬛、ワンだふる!🐕🦺
ひっそりと暮らすこの家の主人の奥ゆかしさを軒端の栗の花に託して詠んだとは、さすが、俳聖・パイセン・バッショー!( ^_^)/~~~
では、馬関より、返句献上申し上げます。
「釣瓶落つ地球(ほし)の傾き識る日暮」 祖谷馬関