NHKBS1に『コウケンテツの日本100年ゴハン紀行』という番組がある。
といって訳知り顔に書いてはみたが、何度かしか見たことがない。
それを昨夜見たのは、どういう風の吹き回しか。
覚えてないが、とにかく見たのは、「実は食材の宝庫!東京」という回だった。
さほど熱心に見ていたわけではないわたしが、思わず身を乗り出したのは、東京清澄白河町にある老舗ソース屋の秘伝のウスターソースを紹介したくだりだ。冷やしトマトが出たとたん、わたしにはそのあとの展開が容易に想像できた。大仰な前置きのあとに登場しようとするそれは、たぶん、トマト・プラス・ウスターソースなどという単純な組み合わせではない。もうひとつ、視聴者があっと驚くような仕掛けがあるはずだ。
それが、その味と匂いとともに鮮明にイメージできた。よみがえった、といった方が適切だろうか。
その期待を裏切ることなく、冷やしトマトにかけられたのは、砂糖とウスターソースだった。
?
とお疑いの方のため、再度繰り返す。まず冷やしトマトがあり、オン・砂糖・プラス・ウスターソースである。
なぜそのような妙ちきりんな食べ方をイメージできたか。それは、わたしの親父殿が、晩酌の宝焼酎(たしか35度だったはずだ)の肴に好んで食していたものだったからだ。そして当然、その子であるわたしたちも、ある時期まで当たり前のように食べていたがゆえの、「よみがえった」である。
あれがふつうではないと気づいたのはいつ頃だったろうか。まったく記憶はない。しかし、どうも特別らしいぞと判明したあたりから、どんどんと遠ざかっていったことは確実だ。
甘酸っぱいその味と匂いが、今そこに存在するものであるかのように、味覚と嗅覚をくすぐった。
と同時に、久しぶりに思い浮かべた動く親父の顔は、厳格で、いつも怒っているかのようなそれではなく、なぜかニコニコした顔。思わず、冷蔵庫からトマトを取り出し、砂糖とウスターソースを混ぜたドレッシングをかけ(親父の食し方はあらかじめドレッシングをつくっておくやり方だった)、食ってみようかという衝動にかられたが、すんでのところで止めた。
記憶のなかに閉じ込めておいた方がよいものがある。
あれもまた、そういう類のものではないか。
なんとなくそんな気がしたからだ。
ふるさとは遠きにありて思うもの、である。