娘から手紙が届く。私にではなく妻にである。
「お父さん、読んでみて」。
「オレ、こんなんイヤや」と言いつつ、短い手紙を読む。
「親ってやつは辛いもんだな」と思う。そこには、何も辛い日々が綴られているわけでもなんでもないし、いくら私が「晒し」の世界にオノレを置いているからといって、まさか、娘の手紙の内容まで「晒す」わけにはいかないのだが、日々の暮らしとその雑感が綴られているに過ぎない手紙を読むと、「親ってやつは辛いもんだな」と思ってしまったのだ。
もちろんそれは、「男はつらいよ」という程度に辛いのであって、別段、だからどうしたというもんでもないし、付け加えると、「男もつらいし女もつらい、男と女はなおつらい」なのである。
つまり、それもこれも含めてが人生ってやつなんだよと、訳知り顔な私は、今日で54年と1日生きてきた。
私の親も同じような気持でいたのかもしれんなと、そう考えたとき私もまた、綿々と続く「順繰り」のなかの構成員として存在することを思えば、なんだかほのぼのと辛くなったわけなのだが、
ニコニコ笑いながらそんな私を見ている妻の指差す先、手紙の最後にはこう書かれている。
「お父さんへ → Happy birthday(というステッカー)」。
(飛び道具とは卑怯なり)