質問・私は子供の頃、両親が忙しかったためなのか、他人に認められないと満足できずに不安です。
彼のことを思ってした行為が感謝してもらえないと腹が立ってきます。結局、「重いやつ」だと思われていつもフラれてしまいます。どうしたらいいんですか。
叡空・あなたはお腹が減って倒れそうな時に、人に食べ物を与え続けてきた。
自分の乾いた心を他人の感謝で満たすのは、もうやめなさい。それは「愛の代償に感謝を期待する」宗教的エゴと同じだ。
あなたに必要なのはまず自分のお腹を、自らのハートの餓えを愛で満たすことだ。
自分が幸せでない時、愛を「与える」人は無意識に感謝の代償を求め続ける。
愛が満たされてない乾いた心は水を求める。「感謝の言葉を潤い」として。
相手の「喜びの言葉」でしか、満ちる術(すべ)を知らない空虚な心。
それが満たされない時、『マインドが作った愛』は、必ず代償を得られない怒りに変わるだろう。
だが『ハートに溢れる愛』は何一つ求めるものはない、『行為そのものが愛のひと雫』だから。
他人の目を評価を期待することは、心の眼を曇らせるエゴの霧を増す。
『今のあなたのハート』が愛を、感謝を求めるならば他人にではなく『自己のハートに問い掛け、歓びを与え続けなさい』。
過去のトラウマやインナーチャイルドに原因を求めるのはもうやめることだ。
『過去はあなたを癒さない』過去の思いはすべて幻だから。
多くの人達は幻と戦って疲れ果てて破れる。今のあなたは大人なのに、『子供の心の現実を今の自分と錯覚』して戦っている。
これは極めて深いマインドトリップでありエゴ催眠だ。今に存在しない苦しみだから。
『今に還るハートトリップ』それはあなたが『極限まで好きな行為と歓び』に眼を向け謳歌することだ。
他人の目を気にせず、あなたが『無我夢中で在る行為、想いが躍動する笑いの遊戯に出逢う』時、誰からの賞賛も感謝も必要としない。
『あなたがあなたで在る』時、無比較な自由が、あなたのハートに存在の詩を奏でる。
乾くことも、枯れることもない『あなただけの愛の花』を咲き誇りながら。合掌
彼のことを思ってした行為が感謝してもらえないと腹が立ってきます。結局、「重いやつ」だと思われていつもフラれてしまいます。どうしたらいいんですか。
叡空・あなたはお腹が減って倒れそうな時に、人に食べ物を与え続けてきた。
自分の乾いた心を他人の感謝で満たすのは、もうやめなさい。それは「愛の代償に感謝を期待する」宗教的エゴと同じだ。
あなたに必要なのはまず自分のお腹を、自らのハートの餓えを愛で満たすことだ。
自分が幸せでない時、愛を「与える」人は無意識に感謝の代償を求め続ける。
愛が満たされてない乾いた心は水を求める。「感謝の言葉を潤い」として。
相手の「喜びの言葉」でしか、満ちる術(すべ)を知らない空虚な心。
それが満たされない時、『マインドが作った愛』は、必ず代償を得られない怒りに変わるだろう。
だが『ハートに溢れる愛』は何一つ求めるものはない、『行為そのものが愛のひと雫』だから。
他人の目を評価を期待することは、心の眼を曇らせるエゴの霧を増す。
『今のあなたのハート』が愛を、感謝を求めるならば他人にではなく『自己のハートに問い掛け、歓びを与え続けなさい』。
過去のトラウマやインナーチャイルドに原因を求めるのはもうやめることだ。
『過去はあなたを癒さない』過去の思いはすべて幻だから。
多くの人達は幻と戦って疲れ果てて破れる。今のあなたは大人なのに、『子供の心の現実を今の自分と錯覚』して戦っている。
これは極めて深いマインドトリップでありエゴ催眠だ。今に存在しない苦しみだから。
『今に還るハートトリップ』それはあなたが『極限まで好きな行為と歓び』に眼を向け謳歌することだ。
他人の目を気にせず、あなたが『無我夢中で在る行為、想いが躍動する笑いの遊戯に出逢う』時、誰からの賞賛も感謝も必要としない。
『あなたがあなたで在る』時、無比較な自由が、あなたのハートに存在の詩を奏でる。
乾くことも、枯れることもない『あなただけの愛の花』を咲き誇りながら。合掌
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