ヒルネボウ

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腐った林檎の匂いのする異星人と一緒 5 食卓には拳銃

2020-08-14 14:54:28 | 小説

   腐った林檎の匂いのする異星人と一緒

         5 食卓には拳銃

 

我が国において異星人の食卓について語られずにいるのには、特段の事情でもあるのであろうか。例えば、猫の舌について語られながらも鼠のそれについて語られないことと似たような事情があるのであろうか。あるいは、通りすがりの人と目が合い、その人を知人か否か判別するまでのたゆたいについて語られないことと似たような事情があるのであろうか。あるいは、来年について語られないことと似たような事情があるのであろうか。

無論、異星人の食卓ともなれば、ことがことだけに、定刻ぎりぎりに叩き起こされて洗面所に向かいながら寝巻を脱ぎ棄てたまではいいが、利き手ではない手で掴んでしまった剃刀の刃で指を切ってしまい、慌ててタオルを顎に当てるが何の甲斐もないといったような、笑うに笑えない苦痛に似た事情があるらしいことは十分に察せられるのではある。

整いすぎた食卓なのだ、異星人のそれは、きっと。そのくせ、腐臭が支配する。不当な何かが支配する。過剰な何か。過剰な意味。あるいは、その欠落。

昨夜のことだろう。笑えない手袋について提出されたささやかな質問から身を守るようにして黄色の布巾が渦を巻く食卓に、あれが、あいつが、あの生き物が、その印象が、食卓を支配していた。瞬きをしない人形のような顔の少女が右と左、右手と左手、それらが逆で、ナイフとフォークが逆で、それらを立てて持ち、まだ汚れていない空っぽの浅い皿の両側で、それらの先端を微妙に揺らしていたときのことだろう。

「私が何でも知ってるって君らは知らないんだよね」

形式は質問でも、答えを求めてはいない。自明だ。

無論、大人は子どもの質問に答えない。答えてはならない。質問をされることさえ許されない。質問をされたということを認めてはならない。認めてはならないということを、子どもに知られてはならない。

だが、僕らは大人だったのだろうか。

「何でも知っているのなら、聞くことはなかろう」

独り言のつもりだった。独り言のふりをした。少女は聞こえないふりをした。聞こえないふりだということを示すために、皿の上にナイフとフォークで十字を作った。

ラジオが隣村で起きた大量虐殺について告げていた。

ラジオ局は占拠されている。アナウンサーは原稿を読まされている。彼女は小銃を突き付けられている。小銃を構えているのは、僕らの高校時代の同級生だ。迷彩服を着ている。眼鏡は昔のままだ。髪は切った。名前は、ええっと、そう、ジョニー。無論、本名ではない。

僕らは、ある人を介してジョニーに手紙を送っていた。その手紙が声明文として女の声で読み上げられている。耳に残る。耳を塞ぎたい。内容のせいではない。声のせいだ。金属的な高音。

ラジオを消せと、少女が言った。あるいは、それに近いことを言った。待ちなよ。いいところじゃないか。誰かが撃たれるよ。誰でもいいけど、アナウンサーだと楽しいよね。その場面は、どうせ、隠しカメラで撮影されていて、後で何回も何百回も放送されることになるのだろうけど、でも、リアルタイムって、いいよ。一生に一度だもの。

無論、アナウンサーは、異星人の食卓について、まったく触れない。仄めかしさえしない。

卒業式の前夜、ジョニーは学校近くの公園に僕らを呼んで、小さな箱を見せた。片手で顔の高さに掲げ、決して開けてはいけないと、何度も強く言った、俺様が死ぬまでは。もしかしたら、あれは箱ではなく、書物だったのかもしれない。書物の入った箱か。書物の形をした箱か。僕らは受け取らなかった。拒みもしなかった。彼はコートの裾を翻して闇の中へ去った。風は吹いていなかった。しばらくすると、雨になり、僕らは何事もなかったように公園を出た。事実、何事もなかったのだ。その後、箱あるいは書物について、僕らは話さない。

ラジオを消そうと、少女が言った。

僕らは彼女を見詰めた。

「何でも知っている君。あれは何だい。あれさ、あれ、箱みたいな、本みたいな、ね」

そう言いながら、彼女が答えたらすぐに殺そうと、僕らはポケットの中で拳銃を握った。

こんなご時世だ。どこのご家庭でも拳銃の二丁や三丁、用意していよう。無論、何でも知っている少女を殺すためだ。彼女があのことを語り終えたら、殺さねばならない。あのこと、つまり……。いや、それは言えない、無論。

少女は立ち上がった。その手には、驚くべきことに、拳銃が握られている。いや、拳銃ではない。テレビのリモコンだ。

「うるさいな。ラジオか、テレビか、どっちかにしてよ」

「ちょっと待ってくれ。君、異星人の食卓について、何か聞かされていることはないか」

彼女は笑った、老女のように力なく、自信ありげに。

「もう、遅いわ。寝る時間よ」

彼女はリモコンのスイッチを押した、僕らが拳銃を発射するよりも速く。

プツン。

こうして僕らは消されたのである。

無論、アナウンサーは声明文を読み終えていない。

「語ろうとしていたのは誰のことでもない。消えてしまった君らのことでは、無論、ない。消える前であれ、消えた後であれ、どんな君らとも異質の何かの訪れについて語ろうとしていたのだ。何かが隠されている。あるいは、あまりにもあからさまだから、見えているのに、よく見えなくて、改めて見ようとすると、ほとんど何も見えなくなってしまう。ぼやける。焦点が合わない。視野に収まりきれないのかもしれない。何を見ようとしていたのかさえ、もう、わからない。ある人は、それを喧騒と呼ぶ。ある人は、それを静寂と呼ぶ。また、ある人は、滑稽なことに、矛盾と呼ぶ。無論、どれも正しくない。正しく命名することのできない何かの訪れについて、我々は、無論」

はい、CMに参ります。

(終)


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