ヒルネボウ

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腐った林檎の匂いのする異星人と一緒 4 歌を集める靴

2020-08-03 13:35:44 | 小説

   腐った林檎の匂いのする異星人と一緒

               4 歌を集める靴

 

窓外の景色は、腐りかけた果実のように黄色だ。晴れ渡った空は黄色。木々も黄色。家々の壁も黄色。橋も黄色。昼間に溜めこんだ日光を放出している。川面だけが、何を吸ったか、どす黒い。

垂れる電線が波を描く。目のメロディー。目のハーモニー。老いを受け入れることに決めたつもりの人が問われもしないのに繰り返す物語のよう。電柱は頷き、目のリズム。

列車がトンネルに呑み込まれる。闇の中でなら、乗客は小刻みに震えることが許される。吐き気を催すほどの圧迫。鼓膜は忘れた歌を探す。

点灯。

可愛らしい服を着せられた可愛くない幼女が、暗い窓ガラスに映る自分の顔に向って怒って遊んでいる。

車内に放置される運命の新聞紙が椅子から落下し、その責任を彼女の短い脚が負わされた。わざとらしい溜息が漏らされそうな小さな靴の、今にも千切れそうな細紐を、ごつごつした指が締め上げるために、あちこちから集う。世間体を気にする爪はピンセットだ。

ちりちりと、出た所に戻りたくなくて、空に舞い上がれるわけもないのに、靴下からさえ逃げ出した小さな足が、独立した動物のように踊る。そんな足の欲望とは無縁の彼女の口が、半透明の自分に向って悪態を吐く。あっかんべ。

 

靴下の中に足があっただけだもん(ガタ)

靴の中に靴下があっただけだもん(ゴト)

靴の外に紙があっただけだもん(ガタ)

床の上に紙があるだけだもん(ゴト)

紙の上に字があるだけだもん(ガタ)

字は何も言わないんだもん(ゴト)

私は何も言わないんだもん(ガタ)

誰にも何も言わないよ~だ(ガタゴトガタゴト)

あっかんべ

 

歌を、脱ぎ棄てられた靴の形をした異星人の耳が集めている。靴は、子どもたちの歌を集めてどこかへ送っている。集めても、集めても、集め足りない。

靴は、あなたの顔の両側にもくっついておりますな。おっと失礼。

耳には毛が生えている。長い。

(終)


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