耳を洗う

世俗の汚れたことを聞いた耳を洗い清める。~『史記索隠』

現代の“姨捨(おばすて)”~老人を見限る国家

2007-10-12 09:04:14 | Weblog
 坂本スミ子主演の映画“楢山節考”(原作・深沢七郎)は、人間が「いのち」をつなげていくうえで、苦しくも悲しい営みを引き受けなければならないことを教えている。「姨捨て」は貧しい村の未来を支える〔掟〕なのだ。

 「姥捨て」のはなしは、あちこちにいくつか存在するらしいが、長野県の民話『姨捨山』(旧更埴市・現千曲市教育委員会所収)は、いかにも修身教科書的にまとまっている。

 参照:「姨捨山」http://www.pref.nagano.jp/kids/menu3/minwah01.htm

 『楢山節考』の作者・深沢七郎に『おくま嘘歌』(「庶民列伝」の一つ)という作品がある。「叩き大工」の亭主を早くに失ったが、産んだ一男一女はどちらもよく出来た子で、結ばれた相手にも恵まれ九人の孫がいる。七畝の畑で野菜を作り、30羽の鶏を飼って余分なタマゴは売る。なに不足ない日常である。それでいて、“おくま”は遠慮しいしい卑屈な生き方に徹して一生を終わる。こういう書き出しである。

 <おくまは今年63だが、「いくつになりやすか?」と聞かれると、「そろそろ、70に手が届きやァす」と言って、数えどしでは66にも、67にもなるように思い込んでいた。もう耄碌(おいぼ)れて、役に立たないように思われて、(それだけんど、まだまだ、そんねに、)と腹のなかでは言ってるのだった。毎年毎年としの数がふえるのは悪事の数が重なるように怖ろしく、「いっそくとびに80になりゃいいけんど」とグチをこぼすように言ったりして「生きているうちだけは達者でうごいていたい」というつもりで言ってるのだった。…>

 平均寿命が延びた今時の女性で「いっそくとびに80になりたい」と思う人は少なかろうが、「生きているうちだけは達者でいたい」のは万人共通の願いだろう。ところが現実はなかなか思い通りにはいかない。免疫学の権威・多田富雄東大名誉教授は、医者でありながら、2001年、滞在先の金沢で突然脳梗塞に襲われ、声を失い、右半身不随となった。66歳の時である。必死のリハビリを続けながら左手指一本でパソコンをあやつり執筆を続けている姿は、昨年12月放送のNHKドキュメンタリー「脳梗塞からの“再生” 免疫学者・多田富雄の闘い」でみた人も多いことだろう。

 この多田富雄先生が、昨年3月に「診療報酬制度」が改定され、「リハビリ医療は発症から180日に制限」されたことに怒り、政府に「制限撤廃」を訴えておられることは周知の通りである。『世界』2006年12月号に「リハビリ制限は平和社会の否定である」と題する一文を書かれた多田先生は、同じ脳障害で半身不随になり10年にわたってリハビリを続けながら論文を発表する社会科学者・鶴見和子さんについてふれている。

 <二箇所の整形外科病院から、いままで月2回受けていたリハビリをまず1回に制限され、その後は打ち切りになると宣告された。医師からはこの措置は小泉さんの政策ですと告げられた。>

 鶴見さんは、その後まもなくベッドから起き上がれなくなり、7月30日に他界された。多田先生は鶴見さんが月刊誌『環』(藤原書店)に書いた文と歌を紹介している。

 <これは費用を倹約することが目的ではなくて、老人は早く死ね、というのが主目標なのではなかろうか。…この老人医療改定は老人に対する死刑宣告のようなものだと私は考える。>

 政人(まつりびと) いざ事問わん老人(おいびと)われ
     生きぬく道の ありやなしやと       ~鶴見和子

 この制度発足当時の厚生労働大臣は、たしか公明党の坂口力代議士だったと思うが、「平和と福祉」を売りにしていた創価学会・公明党も地に落ちたものである。(そういえば、庶民増税の象徴である「定率減税の廃止」を公約していたのもこの党だ。)

 
 東京・八王子の上川病院理事長で全国抑制廃止研究会理事長でもある吉岡充氏は、『毎日新聞』9月16日の「発言席」で『増える「現代の姥捨て山」』と題して医療制度の改悪を告発している。

 <高齢者の医療・福祉は、財政危機が声高に叫ばれる中、いかに合理化するかを至上の課題として、なりふり構わぬ制度改革が行われている。国民に何も問いかけることもなく、看取りは病院から在宅へと、有料老人ホームを含む「居宅」医療・福祉への流れが拙速に決められ、公的責任が放棄されている。
 その象徴的な出来事が、コムスンの不正問題である。だがその比ではない深刻な事態が進行している。…>

 吉岡充理事長は、利用者を檻に入れ、手錠のような金属で拘束していた千葉県浦安市の無届け老人施設や、入浴は10日に1度、入居者を手拭いでベッド柵に縛っていた東京・足立区の有料老人ホームなどの例を挙げ、これらの事件は氷山の一角でしかない、と言い、「利益至上主義で、まともな高齢者ケアを提供できない事業者が、この制度改革の波に乗り、現代の姨捨て山ともいえる施設を作り始めている」と嘆く。

 <入院患者が延命治療の苦しみにあえぎ、ケアされないまま放置され、死を待つだけの、まさにこの世の地獄を支えるため、医療保険からは一人当たり月60万円近い金がつぎ込まれている。>

 こう告発する吉岡理事長は、「あまりにも悲惨過ぎる」現実を“現代の姥捨て山”と言うのだ。

 
 一体、この国の政治はどうなってしまったのだろう。とくに厚生労働省は「反国民」的施策を平気で断行してきた歴史を持つが、年金基金を食い物にして破綻した「グリーンピア」は、13施設のうち8施設が厚生労働大臣の地元に建設されていることでも奴らの悪事は明らかだ。現厚生労働大臣の枡添は、社保庁職員の不祥事摘発を鬼の首でも盗ったようにわめいているが、肝心の「天下り」や「年金流用」などの「巨悪の首謀者」共は野放しにする気らしい。挙句の果てに自治体の長を「バカ」呼ばわりしていい気になっている。こんな下劣極まる男が厚生労働行政の長というのだから、この国の未来はいよいよ暗くなっていくだろう。

 参照:「グリーンピア」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%94%E3%82%A2