佐々木俊尚の「ITジャーナル」

佐々木俊尚の「ITジャーナル」

ネット上で小泉改革を熱烈に支持している人たち

2005-09-14 | Weblog
 gooの衆院選特集に『ブログは選挙に影響を与えたか』という原稿を書いた。この中で、日経ビジネス今週号の記事のこんなくだりを引用した。

 <ネット世論が実際の選挙結果にどの程度影響を及ぼすかは、未知数だ。2004年の参議院選挙でもネット世論は盛り上がった。だがその内容は実際の投票結果と乖離していた。「2ちゃんねるなどに頻繁に意見を書き込む人々は、もともと反民主党の傾向が強い。今回の選挙は新聞やテレビが早くから自民優勢を予見したため、彼らにとって(民主党たたきの書き込みが)絶好の遊び場となった」と北田(暁大・東大大学院)助教授は分析する。
 政治談義が好きな2ちゃんねらーたちは自民党に投票する可能性が高いが、特定の人が複数の名前で書き込んでいるためネット世論は実際より大きく見える。「選挙権を持たない若年層の書き込みも少なくない」(若者の社会文化を研究する国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの鈴木謙介研究員)ため、ネット世論は投票結果に直結しにくいのだ>

 この日経ビジネスの予測は外れて、ネット世論とリアルな世論がほとんどイコールになってしまったのが、今回の総選挙の結果だった。ふたつの世論の関係性についてはgooに書いたので読んでいただければと思う。

 気になるのは、いったいどのような人たちが小泉改革を支持しているのかということだ。そもそもネット上で小泉改革を熱烈に支持している人たちは、どのようなセグメントに属しているのだろうか?

 小泉首相の構造改革が押し進めようとしているのは、小さな政府と競争促進政策である。もとをただせば、橋本龍太郎政権が1990年代半ばにスタートさせた金融ビッグバンなど、一連の構造改革路線を継承していると言っていいだろう。民間にできることは民間に委譲し、政府の権限はできるだけ小さくして財政赤字を解消させる。その一方で累進課税の累進率を緩和し、消費税率をアップし、富の集中を進めることによって民間の活力を高め、日本経済を復活させる。そしてこうした方策のもとに生まれてきたのが、ライブドアをはじめとする新興ネット企業の一群であり、ライブドアの堀江貴文社長や三木谷浩史・楽天社長といった新富裕層なのである。この話は、6月に出した「ライブドア資本論」という本に書いた。

 要するに小泉改革は、日本の構造をドラスティックに根底からひっくり返し、アメリカやイギリスのような二極化社会にしようとしている。

 ではこのような社会になったとき、損をするのはだれなのか。かつての「一億総中流」の時代だったら、みんなが「いや、オレは損はしない」と胸を張って言えただろうが、いまはもうそんな時代ではない。90年代末以降、音を立てて社会の二極化は進みつつあり、「損をするのはオレだ!」と自覚を持っているであろう人々は増えている。

 山本一郎氏は、ブログの「修正主義者とでも言おうか」というエントリーで、次のように書いている。

<就労の機会を与えられず、一方で決して馬鹿でも無能でもない人たちの一部はネットに流れてきている。彼らはヒマであるがゆえに、社会に偏在する欺瞞に対する洞察が鋭い。それは右派とか左派とかいう次元の問題ではなく、本質的に偽善や欺瞞を嫌うのであろうと思う。なぜなら、彼らは本質的にまったく悪いことはしていないのに割を喰っているのだから、その不満を自分以外の第三者に向ける傾向はあるだろう。おそらく本質はヒマであることと無能ではないこと、そして彼らが自発的に糾合しうる「場」が用意されているからにほかならない>

 もし山本氏の推測が当たっているのであれば、ネット上で小泉支持を打ち出し、民主党を批判している人たちの多くは、小泉改革によって打撃を受ける側のセグメントに属していることになる。本当にそうだろうか?

 まあ仮にその推測が当たっていたとしても、山本氏の書くように、彼らの多くはバカではないと思うし、小泉改革の行く末を認識していないわけではないと思う。しかしもしそうした層に属する彼らが小泉支持を鮮明にしているのだとすれば、いったいどのような考えに基づいているのだろうか。

 「R30::マーケティング社会時評」は、「都市型リベラルとか反対の反対とかメタゲームとか」というエントリーで、そうした層は「サブターゲット」ではないかと指摘している。非常に興味深い考察だと思う。

 しかしブロゴスフィアの外側――特にマスメディアでの有識者たちの発言には、有権者を愚弄しているとしか思えないような内容のものも目立っている。たとえば投開票日の翌朝の朝日新聞の社会面には、何人かの有識者がコメントを寄せていて、本田由紀・東大助教授は<経済的弱者が、政策的に手を差し伸べてもらうことよりも、「ぶっ壊す」ことを訴える小泉首相に、希望を見いだした可能性はある。現状が厳しいほど、単純なカリスマに自分を同一化して、「この人だったら何かをやってくれるかもしれない」と>と指摘した。相当に辛辣というか、弱者に厳しい意見ではないか。朝日新聞とは思えない。

 同じ紙面で、左派論客として知られる辛淑玉氏は、こう言っている。<キーワードは「憎悪」だ。無党派層の多くは不況でもっとも打撃を受けている都市部の若者。高学歴もかかわらず不安定な状況に置かれている彼らの中にはバーチャルなナショナリズムに酔いしれ、ネット上でマイノリティーを攻撃する者も少なくない。小泉さんは彼らの憎しみを、不況でも身分が保障された公務員に向けさせた>。これもきわめて辛辣な意見としか言いようがない。

 いずれも、まるで弱者の愚民がファシズムを支持している――といわんばかりの意見である。こうした意見にネット世論は、真っ向から立ち向かっていかなければならないのではないか。