佐々木俊尚の「ITジャーナル」

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進化を模索するラジオ局

2005-12-05 | Weblog
 ラジオはかなり危機的状況に陥っているようだ。

 先日、とあるセミナーで文化放送デジタル事業局の南理子さんと同席する機会があった。彼女によると、文化放送は週間500万~800万のリスナーにリーチし、かろうじてマスメディアとしての規模を維持してはいるものの、市場は縮小し続けている。ハードウェアのラジオ受信機は出荷台数が毎年10パーセントずつ減っているし、広告市場も2004年にインターネットに抜かれた。長期低落傾向が続き、毎年のように前年割れしているという。

 そんな中で文化放送は生き残りを賭け、さまざまな戦略を打ち出している。その最大のものが、アニメ・ゲーム系の番組コンテンツだ。文化放送ではこれらの萌え系コンテンツを総称して「A&G(アニメ&ゲーム)」と呼んでいるようだが、A&G番組は週になんと33本。聴取者数は100万人近くに達しているという。それ以外に衛星放送や携帯コンテンツ、イベントなどのサブコンテンツも展開し、さらにそれらをDVD化することなどで、一大マーケットに育て上げているのだという。南さんは「いまや文化放送は世界最大のアニメ・ゲーム放送局になっているといってもいいと思います」と話した。

 そして文化放送がまた別の展開を狙ってスタートさせたのが、ポッドキャスティングである。南さんは「ポッドキャストはラジオと全く異なるユーザー層を持っており、聴き方も自由に選択できる。これまでのラジオの枠から外に出る試みとして、ポッドキャスティングは文化放送にとってはやってみるに値する選択だった」と話す。コストは1円もかけず、ラジオで流している番組コンテンツをそのまま活用しているかたちで、文化放送のポッドキャスティングサイト「Podcast QR」は今年9月にスタートした。

 興味深いのは、文化放送がアンケート調査をしてみたところ、Podcast QRを聴こうと考えたリスナーは従来のラジオ視聴者層とはあまり重なっていなかったことだ。多くのポッドキャスティング利用者は必ずしもメジャー指向ではなく、「自分だけの情報を持ちたい」「話の切り口のおもしろさに惹かれる」「新しいものや考え方に敏感」というビジネスパーソンが中心だったという。年齢としては三十代から五十代。年齢層では既存のラジオ視聴者層と同じなのだが、しかし現実にはAMラジオをまったく聴いていなかった層が、Podcast QRに集まってきていたのである。特に人気の出ている「大竹まこと 少年ラジオ」という番組コンテンツは、平均して週に2万から3万のダウンロードがあるという。

 極論を承知で言えば、コンテナーとしてのAMラジオにはすでに魅力はなくなっているのかもしれない。しかしポッドキャスティングがビジネスマンに訴求しているという現実を見れば、文化放送という局の持っている番組コンテンツ制作能力はきわめて高く、コンテンツとしてはネット時代においても十分に売っていける価値を持っている。

 となるとアナログのAM放送というコンテナーから徐々に拡大し、文化放送がポッドキャスティングやあるいはデジタルラジオなどにコンテナーを多様化していくというのは、自然の流れなのだろう。

 さらにいえば、マスマーケティングに頼らざるを得ないAMラジオと異なり、ポッドキャスティングはコンテンツ的にはAMラジオを踏襲しながらも、さらに一歩進んでナノマーケティング(パーソナルマーケティング)へと踏み込んでいける可能性を秘めている。ポッドキャスティングやiTMSの仕組みをうまく利用し、パーソナルな広告をラジオ番組に挿入していくことができれば、こうした音声コンテンツにはまだまだ無限の可能性を秘めていると思うのだ。

 ネットはテキスト文化からスタートし、ブロードバンドの普及によってようやく音声、映像へと表現方法を拡大しつつある。それはかつての「マルチメディアブーム」とは異なり、もう少し本質的な進化になりうるだろう。そのパラダイム転換期においてポッドキャスティングは重要な役割を果たしていきそうな勢いだし、ポッドキャスティング世界においてはラジオ局の役割は非常に大きいと思う。

 ただ、ラジオ局がそうやって進化していくためには、越えなければいけないハードルもたくさんある。最大の問題は、ラジオ局側の姿勢かもしれない。南さんは「ラジオ局の営業に、ラジオ以外のスキルが乏しく、新しいメディアへの知識が足らないのが問題」と話した。また広告主の側も、ネット広告の担当者はマスメディアのことが理解できず、逆にマス広告の担当者は放送枠の確保だけに頭がいっぱいで、ナノマーケティングのことがよくわかっていない。ナノマーケティングの場合は広告宣伝というよりは、セールスプロモーション的な意味合いが大きく、企業側の宣伝部とSP部の垣根の問題も浮上してくるだろう。今後は、クロスメディア的な広告をどう展開していくのかという発想が、広告主の企業の側にも求められているのである。