佐々木俊尚の「ITジャーナル」

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ヤフーの社風とweb2.0

2005-12-29 | Weblog
 「打ち合わせやミーティングに出ても、新しいことをやろうという気概をまったく感じない。新しいビジネス、サービスを生み出せる組織体制がきちんとできあがっていないように見えるし、社内全体に大企業病的な雰囲気が蔓延してしまっているように思えますね」

 ある業界関係者は、そう言い放った。どこの会社の話かといえば、ヤフー日本法人のことである。日本最大のポータルであり、収益力もネット業界の中で群を抜いているヤフーは、いったいどこへ向かおうとしているのか。

 ネット業界はここのところウケに入ってきていて、ものすごい勢いで新語や新テクノロジ、新サービスなどが飛び交っている。Web2.0だマッシュアップだと、なんだかわけのわからない状況になっている。

 つまるところWeb2.0といわれているのは、1990年代的なネットのビジネス/サービスとは異なる要素をもったビジネスがあちこちに出現してきて、「どうも何かパラダイムの転換が起きているようだ」という人々のもやもやした気持ちを、うまく表現するために作られた言葉のように思える。「これがWeb2.0だ」という明確な定義があるわけではなく、90年代的な片方向的ネットビジネスへのアンチテーゼとして語られているように見える。

 とはいえ、方向性は明らかだ。キーワードはコミュニティとパーソナライゼーションであり、要するに個人が持ち寄った情報の蓄積と、それにともなって個人と個人がつながっていくようなサービスへと、インターネットの世界は推し進められつつある。その副効用としてセグメントがさらに細分化していき、ロングテール的なマーケティングが主流になっていくという現象も起きている。

 アメリカではそうしたWeb2.0的な動きと、Google、Yahoo!、MSNという検索エンジン3強の競争構図がうまくマッチして、テクノロジ的なブレイクスルーを起こしているように見える。

 となると気になるのは、日本の大手ポータルの動向だ。Yahoo!や楽天、ライブドアなどのポータルサイトは、こうした動きをきちんとキャッチアップできているのだろうか?

 そこで冒頭のヤフーの社風の話となる。別の同社関係者も、私と雑談したときにこう漏らしたことがあった。

 「現状に甘んじているかと言われれば、たしかにそういう面もあるかもしれまえん。わが社は収益力が高いですからね」

 同社の決算資料を見ると、ナショナルクライアントからだけでも広告出稿額は四半期で37億円あまり。500万人以上のプレミアム会員を抱え、会員が毎月300円近い会費を支払っているから、これだけで毎月15億円ばかりが懐に入ってくることになる。ビジネスとしては安泰なのだ。

 「最近はわが社を大企業だと思って入社してくる人が非常に多いですね。困ったもんです」(前出の同社関係者)

 ヤフー日本法人の最近の動きを見ても、Web2.0的なサービス/テクノロジへのキャッチアップにはあまり積極的ではないように思える。そもそも同社はアメリカのYahoo!よりも、ソフトバンクとの関係の方が大きい。ヤフーの井上雅博社長はソフトバンクの出身で、もともとは孫正義ソフトバンク社長のもとで社長室長を務めていた人物である。そしてソフトバンクは現在、携帯電話参入という通信ビジネスに全力を注いでおり、日本テレコム買収の失敗を拭おうと必死になっているところだ。Web2.0的な展開にはあまり興味がないようにも見える。

 こうした背景事情が、何らかの影響をヤフーに与えているようにも思えるのだが、どうだろうか。

ワイヤレスP2Pの行方

2005-12-14 | Weblog
 ワイヤレスP2Pのパイオニア的存在であるスカイリー・ネットワークスが先日、都内で「Wireless P2P DAY」と題したセミナーを開いた。

 同社は無線LANやBluetoothなどを搭載した無線機器をダイレクトに相互通信させ、P2Pのネットワークを生成するツール「DECENTRA」シリーズを開発、販売している企業である。設立は2001年7月。当時、たいへんな盛り上がりを見せていたキーワードであるP2Pとワイヤレスの双方を融合させたベンチャーとして、非常に注目されていた企業でもあった。

 スカイリーの技術は非常に巧みで、アドホックにつながっていくP2Pのネットワークを保つため、たとえば最初にブロードキャストを行ってネットワークの全体像をつかみ、このキャッシュを使って随時ネットワークを再構成するといったことが行われている。DECENTRAは無線LANカードやBlutooth端末を順にホップさせて中継していき、最高500~700メートルの範囲までP2Pのネットワークを届かせることができる。

 同社は当初、DECENTRAの機能を使った通信技術をさまざまな企業に販売し、収益を得ようと考えた。携帯電話キャリアや玩具メーカーへの販売を収益事業にしようとしたのである。当時は通信業界の中で、Bluetoothモジュールが携帯電話に搭載されていくのではないかと予測もされていた。遠距離は携帯電話で通話し、近距離はBluetoothの上に乗ったDECENTRAのIP電話機能で無料通話を行うというビジネスモデルが現実的だと思われていたのである。しかし無料通話が増えることを携帯キャリアが喜ぶはずはなく、この事業は結局は実現しなかった。Bluetoothが思ったよりも普及しなかったことも誤算のひとつだったといえる。

 このため同社はその後、法人向けのビジネスに活路を見いだした。たとえば携帯電話の使えない被災地で、救急隊員が無線LANのデバイスを持ち、DECENTRAを使って音声通話をリレー式に中継していくような製品を開発している。

 またセンサネットワークにも進出している。DECENTRAのサブセットである「MicroDECENTRA」を搭載した電池駆動の小型端末を電機メーカーと共同開発し、これを工場のセンサネットワークに使うというものだ。工場内の各機械にこの端末を取りつけ、温度や湿度、機械の駆動状況などのデータを収集し、微弱無線を使って次々にホップさせながら各機械に中継させていき、データを集めていく。これによって有線よりもはるかに安価に工場内のセンサネットワークをできるようになったのである。

 スカイリーはこのモデルを、ウェブサービスを使ったシステムへとさらに進化させようと考えているようだ。同社の梅田英和社長はWireless P2P Dayで、次のように説明した。

 「今後無線センサネットワークが発展していくと、たとえば住宅の中やビルの壁面、街路などにセンシングデバイスを張り巡らせ、それらのセンサによって計測された湿度や温度が自動的にデータベース化され、インターネット上のサーバに蓄積されていくようになる。検索エンジンのウェブAPIを使ってそれらのデータを検索し、自動的に解析するようなプログラムを作れば、ピンポイントの天候予測がリアルタイムに行えるようになっていくかもしれない。センサネットワークもいっさい人の手が触れることなくデバイスが書き込み、デバイスが検索するという時代になっていく」

 携帯電話の新規参入が10年ぶりに実現し、WiMAXなどの新しい技術も次々と出現し始めている。ワイヤレスの世界は今後かなりホットになっていきそうな勢いで、これらがウェブサービスだとかマッシュアップだとか言われているような枠組みと結びついていけば、いままでだれも想像もしていなかったような新しいビジネスが生まれてくるかもしれない。なかなか刺激的な話ではないか。

進化を模索するラジオ局

2005-12-05 | Weblog
 ラジオはかなり危機的状況に陥っているようだ。

 先日、とあるセミナーで文化放送デジタル事業局の南理子さんと同席する機会があった。彼女によると、文化放送は週間500万~800万のリスナーにリーチし、かろうじてマスメディアとしての規模を維持してはいるものの、市場は縮小し続けている。ハードウェアのラジオ受信機は出荷台数が毎年10パーセントずつ減っているし、広告市場も2004年にインターネットに抜かれた。長期低落傾向が続き、毎年のように前年割れしているという。

 そんな中で文化放送は生き残りを賭け、さまざまな戦略を打ち出している。その最大のものが、アニメ・ゲーム系の番組コンテンツだ。文化放送ではこれらの萌え系コンテンツを総称して「A&G(アニメ&ゲーム)」と呼んでいるようだが、A&G番組は週になんと33本。聴取者数は100万人近くに達しているという。それ以外に衛星放送や携帯コンテンツ、イベントなどのサブコンテンツも展開し、さらにそれらをDVD化することなどで、一大マーケットに育て上げているのだという。南さんは「いまや文化放送は世界最大のアニメ・ゲーム放送局になっているといってもいいと思います」と話した。

 そして文化放送がまた別の展開を狙ってスタートさせたのが、ポッドキャスティングである。南さんは「ポッドキャストはラジオと全く異なるユーザー層を持っており、聴き方も自由に選択できる。これまでのラジオの枠から外に出る試みとして、ポッドキャスティングは文化放送にとってはやってみるに値する選択だった」と話す。コストは1円もかけず、ラジオで流している番組コンテンツをそのまま活用しているかたちで、文化放送のポッドキャスティングサイト「Podcast QR」は今年9月にスタートした。

 興味深いのは、文化放送がアンケート調査をしてみたところ、Podcast QRを聴こうと考えたリスナーは従来のラジオ視聴者層とはあまり重なっていなかったことだ。多くのポッドキャスティング利用者は必ずしもメジャー指向ではなく、「自分だけの情報を持ちたい」「話の切り口のおもしろさに惹かれる」「新しいものや考え方に敏感」というビジネスパーソンが中心だったという。年齢としては三十代から五十代。年齢層では既存のラジオ視聴者層と同じなのだが、しかし現実にはAMラジオをまったく聴いていなかった層が、Podcast QRに集まってきていたのである。特に人気の出ている「大竹まこと 少年ラジオ」という番組コンテンツは、平均して週に2万から3万のダウンロードがあるという。

 極論を承知で言えば、コンテナーとしてのAMラジオにはすでに魅力はなくなっているのかもしれない。しかしポッドキャスティングがビジネスマンに訴求しているという現実を見れば、文化放送という局の持っている番組コンテンツ制作能力はきわめて高く、コンテンツとしてはネット時代においても十分に売っていける価値を持っている。

 となるとアナログのAM放送というコンテナーから徐々に拡大し、文化放送がポッドキャスティングやあるいはデジタルラジオなどにコンテナーを多様化していくというのは、自然の流れなのだろう。

 さらにいえば、マスマーケティングに頼らざるを得ないAMラジオと異なり、ポッドキャスティングはコンテンツ的にはAMラジオを踏襲しながらも、さらに一歩進んでナノマーケティング(パーソナルマーケティング)へと踏み込んでいける可能性を秘めている。ポッドキャスティングやiTMSの仕組みをうまく利用し、パーソナルな広告をラジオ番組に挿入していくことができれば、こうした音声コンテンツにはまだまだ無限の可能性を秘めていると思うのだ。

 ネットはテキスト文化からスタートし、ブロードバンドの普及によってようやく音声、映像へと表現方法を拡大しつつある。それはかつての「マルチメディアブーム」とは異なり、もう少し本質的な進化になりうるだろう。そのパラダイム転換期においてポッドキャスティングは重要な役割を果たしていきそうな勢いだし、ポッドキャスティング世界においてはラジオ局の役割は非常に大きいと思う。

 ただ、ラジオ局がそうやって進化していくためには、越えなければいけないハードルもたくさんある。最大の問題は、ラジオ局側の姿勢かもしれない。南さんは「ラジオ局の営業に、ラジオ以外のスキルが乏しく、新しいメディアへの知識が足らないのが問題」と話した。また広告主の側も、ネット広告の担当者はマスメディアのことが理解できず、逆にマス広告の担当者は放送枠の確保だけに頭がいっぱいで、ナノマーケティングのことがよくわかっていない。ナノマーケティングの場合は広告宣伝というよりは、セールスプロモーション的な意味合いが大きく、企業側の宣伝部とSP部の垣根の問題も浮上してくるだろう。今後は、クロスメディア的な広告をどう展開していくのかという発想が、広告主の企業の側にも求められているのである。