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ジャーナリスト。1961年生まれ。大手新聞社で警視庁捜査一課、遊軍などを担当し、殺人事件や海外テロ、コンピュータ犯罪などを取材する。その後、1999年10月、アスキーに移籍。月刊アスキー編集部などを経て2003年2月に退社。現在フリージャーナリストとして、週刊誌や月刊誌などで活動中。
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Vol.33 Web2.0的信頼の構築

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佐々木俊尚の「ITジャーナル」
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 インターネットバブルのころには、ニューエコノミーの名のもとに奇妙な経済論理がたくさん現れ、それぞれに大流行した。

 たとえばネットワーク経済の法則なんていうのがそうだ。ネットビジネスでは最大のシェアを奪った企業だけが唯一勝ち残れるという考え方で、多くのドットコム企業が利益を出すことを考えず、ひたすら無料や低価格でシェア獲得に走った。結果的にはどの企業も、多額のカネを広告に費やした挙げ句に、売上がほとんど出ないまま破たんしていった。

 垂直統合というのもあった。
 これはネットビジネスだけではなく、たとえば自動車産業などでは古くから使われている。車メーカーが部品メーカーや販売店を系列化し、川上から川下までのバリューチェーンをすべて押さえてしまうというものだ。

 これをネットに応用しようという動きがあった。たとえば携帯電話会社が通信回線だけでなく、電話機やアプリ、コンテンツも提供する。ADSL企業が、ADSL回線とプロバイダサービス、映画などのコンテンツをすべて提供する。入り口(上流)でたくさんのお客さんを集め、そして下流でさまざまなサービスを使ってもらってカネを回収するという考え方である。要するにインフラやプラットフォーム、コンテンツなどを統合して、顧客を囲い込むということだ。

 しかしこれも、あまりうまくいかなかった。日本では著作権の扱いが複雑で、テレビなどの手軽なコンテンツをネットに流用できなかったことや、ネットバブルのころはまだ回線速度の遅いナローバンドで、コンテンツを十分に楽しめる環境が整っていなかったこともある。

 さらに加えて、インターネットという通信インフラがその後、加速度的にコモディティ(日用品)化していったこともある。あまりに日用品になってしまって、囲い込みの道具にはならなくなってしまったのだろう。

 かつてネットインフラの垂直統合化を行おうとしたことのある企業の経営者は、当時の状況について反省も込め、こう話した。

 「高速道路と車の関係みたいなものですね。もしトヨタが高速道路を作ったとしても、『この高速はトヨタ車しか入れません』なんていう制限は加えないでしょう? 高速道路トヨタ製でも、走る車はトヨタでも日産でもフォードでも構わない。インターネットも同じで、素晴らしい映画をブロードバンドで提供する時に、『わが社の通信インフラを使った人にしか見せません』というのはあり得ないと思う」

 しかしこの企業は最近、再びコンテンツビジネスの買収に乗り出している。垂直統合型は捨てたんじゃなかったっけ?――そう思って聞き直してみると、こんな返事が返ってきた。

 「かつての垂直統合型とは異なり、たとえばJALやANAなどの航空会社がホテルを所有するようなものですね。そのホテルは別に親会社の旅客だけを泊めさせるわけじゃないんだけど、航空会社とホテルが同じ経営になっていれば、いろんなシナジー(相乗)効果が期待できるから」
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 「カネ? そんなのは自宅の暖房みたいなもんですよ。暖房がないと寒いし侘びしい。暖房が初めてついた時は、『何て幸せなんだ』と嬉しいけど、そんなのは一瞬で終わっちゃう。いざ暖房のある生活になれてしまうと、もうどうでも良くなっちゃうんです」

 あるネットベンチャー企業の社長は、淡々とそう言った。

 ネットベンチャーで大成し、「勝ち組」と呼ばれている起業家たちの取材を続けている。彼らに、「金持ちになるのはどういう気持ちか」というかなり下世話な質問を投げかけてみた。答はさまざまだったが、おおむね共通しているのは、「カネがあるから生活が豊かになるわけでもないし、人生が充実するわけでもない」という考え方だ。多くの起業家がそう答えているところを見ると、取材に対してひねくれて答えているわけではないのだろう。たぶん彼らは、本気でそう思っているようなのである。

 先の社長は、こうも言った。「会社を成功させて、超高層ビルの眺めの良いフロアに入居して、窓の広い社長室を作れたら、何て素敵なんだと昔は思ってました。でもいざ自分がその立場になると、もうすぐに慣れてしまって、景色なんか興味はなくなってしまう。今や窓の外なんか、ほとんど見ないですね」

 そう彼が話している社長室の窓には、ブラインドが下りたままなのだった。

 別の起業家。数十億円の個人資産を作り上げている。彼は金持ちになる以前、六本木ヒルズレジデンスに住んでいる知人の家に遊びに行ったことがあったという。六本木ヒルズレジデンスは超高級賃貸マンションと知られ、1平方メートルの家賃が月額1万円もする。100平方メートルなら100万円、200平方メートルなら200万円だ。

 知人の豪壮な自室に招かれ、「ここは150万円ぐらいするんだよ」と聞かされ、彼は「なんだか馬鹿馬鹿しい」と思ったという。

 「もし月額150万円も余計な資金があるんだったら、僕ならもっと意味のある投資を考える。150万円も家賃に使うという神経は、まったく理解できないと思った」と、彼はその時に感じたことを振り返った。

 そして彼は、「でもね、今なら知人の気持ちがよおくわかるんですよね」と続けた。私は「何がわかったんですか?」と問い返した。

 そうすると彼はにやりと笑って、「それは佐々木さんも、大金持ちになってみたらわかりますよ。逆に言うとね、それは金持ちになってみないとわからないことかもしれない」と答えた。まるで謎かけのような会話である。

 そして彼は、真顔でこう言った。「要するにね、月額100万だ200万だなんていうはした金は、もうどうでもいいんです。毎年億の単位でカネが入ってくるようになると、生活のためにどんなにカネを使ったって、これっぽっちも減らないんです」

 「金持ちになるってのはこういうことなんだって、金持ちになってみて初めてわかりました」

 そうして彼はいま、六本木ヒルズレジデンスの一室に住んでいるのである。
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 かつて、キュービー(旧STAR DSL)というベンチャー企業があった。名門として知られる私立麻布高校の同級生二人が創設した会社である。

 その名前には、懐かしく思い出す人もいるだろう。ネットバブルの末期、ADSLを使った映像配信サービスに取り組んだベンチャー企業である。同社が計画していた「レンタルビデオ・オンライン」は、テレビに接続できるセットトップボックスをブロードバンドユーザーに月額800円でレンタルし、映画などのコンテンツを「1泊2日」や「7泊8日」で視聴してもらうというサービスだった。

 コンシューマ向けのADSL接続サービスは、が東京都心部などでスタートしたのは、1999年。ネットバブルの真っ盛りである。ISDNからFTTHへのゆるやかな移行を目論んでいたNTTの激しい抵抗もあり、アナログ回線を使うADSLは当初はなかなか普及しなかった。だが2001年にYahoo!BBが超低価格ADSLで市場に参戦し、日本のブロードバンドは爆発的な普及に向かう。

 そうした状況下にあって、2000年に当初米国で設立されたキュービーのビジネスは、業界からも大きな注目を集めたのである。30数人の社員を抱え、広いオフィスを青山通りの一等地に構え、一時は飛ぶ鳥を落とす勢いだった。

 ところがキュービーのビデオオンデマンドサービスは、結局は実現しないまま終わってしまう。そしてキュービーという会社自体も、忽然と消えてしまったのである。

 サービスインしたものの、利用者が集まらずに運営資金がショートして……というのであれば、ごくありふれた話ではあるし、納得はできる。しかしキュービーのサービスは、開始さえしていなかった。

 では、セットトップボックスを含む肝心の技術開発が壁にぶち当たり、最終的には商品化ができなかったのだろうか? しかし当時の関係者によれば、キュービーはその末期にはセットトップボックスのプロトタイプを作り上げ、相当な完成度を誇っていたという。後は量産するだけという状況だったのだ。

 ではいったい、何がキュービーに起こったのだろう?

 実は当時のキュービーは、突如としてベンチャーキャピタル(VC)から資金を引き揚げられてしまい、たいへんな苦境に陥ってしまっていたのである。

 キュービーはとあるVCと組み、このVCの担当幹部から「サービスを開始するまでに総額15億円の出資を約束する」という言質を得ていた。最初に4億円が投下され、セットトップボックスの技術開発は順調に進められた。そしてプロトタイプが完成し、後は量産してカスタマーセンターを整備し、サービスインまで後一歩……という状況になったところで、担当幹部から「残る出資については、社内のコンセンサスを得るのに時間がかかる。とりあえずは3億円を融資のかたちで渡すので、しばらく待ってほしい」と連絡があった。つまりは投資ではなく、いったんは借金の形にしてほしいというお願いである。

 キュービー側はVCの担当幹部を個人的に信頼していたから、この申し出を当たり前のように呑んだ。3億円の融資については、何らかのかたちで将来は出資に切り替えるという話だったし、担保も要求されなかったからだ。

 ところがこの直後、物語は暗転する。

 この担当幹部が、いきなりVCを追われてしまったのである。そして後任の担当者は、キュービーの経営陣を呼びつけるなり、こう言いはなった。

 「今後は出資はしない。また融資した3億円については、即刻返済してほしい」

 VCの内部で、いったい何が起こったのかは今もよくわかっていない。いずれにせよ何らかの“政変”があり、キュービーはそのあおりを食らったということなのだろう。だがサービスインを目前にしていたキュービー側にとっては、こんな話が受け入れられるはずもなかった。

 キュービーとVCは、何度も話し合いを繰り返した。だがVC側の態度は強硬で、とりつく島もなかった。そのうち会合の席に、VCは胡散臭い人物まで同席させるようになり、この人物が「カネ返せやっ!」と大声で恫喝するというような事態にまで発展する。

 さらにはVCが以前からキュービーに出向させていた役員2人が、キュービー社内で社員たちをさんざんにかきまわすようになる。「この会社はもう終わりだよ」「すぐつぶれる」「今度新しい会社を作るから、君たちもこないか?」。社員たちは動揺し、気持ちも離反するようになり、共同創設者の経営陣二人は社内で孤立した。

 そして最終的に、経営陣はキュービーを処分するところへと追い込まれていった。キュービーを売却し、その売却金額を全額VCに支払い、借金の返済に充てることで両者は合意したのである。創設者二人は無一文になったどころか、キュービーの未払い金など約4000万円の借金を背負わされた状態で、放り出された。

 その後の二人の苦境は、ひどいものだった。ひとりは体調を崩して入院し、もうひとりは支援者が無料で貸してくれた西新宿の狭いオフィスで寝泊まりしながら、借金の返済に追われ、旧事業の処理を続けた。経営者とはいってもキュービー時代の役員報酬は、通常のサラリーマン程度しかもらっていない。蓄えもなく、場末にある牛丼屋で一食200円の牛丼を毎日2回食べ、1か月15000円の食費でしのいだ。オフィスには風呂もなく、ベランダで水シャワーを浴びる毎日だったという。

 だが二人のベンチャー人生は、これで終わりにはならなかった。エンジェル(個人投資家)の支援を受けて、2003年には再び新たなベンチャー企業を立ち上げたのである。オフィスは臨海部の倉庫の4階にある、殺風景な部屋。トイレもない。

 だがこの場所で二人はビデオ配信技術を核としたビジネスを開始し、設立2年目の今期は早くも黒字化を達成している。

 その新しい会社の名前は、SENTIVISIONという。数年前、1日500円の食費で頑張っていた現SENTIVISION社長の明瀬洋一氏は、こんなふうに話すのである。

 「多くの人に支援していただいた。キュービー時代から僕らを信用し、僕らをサポートしていただいた人たちに、僕たちが賭けていた技術とビジネスが間違ったものではなかったということを証明したい。いまはそういう気持ちでいっぱいです」
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 2002年春ごろのことである。渋谷のセルリアンタワー東急ホテルで「P2P Conference in Japan」が盛大に開かれ、ネット世界の論客として知られるGLOCOMの公文俊平氏らがP2Pの将来について熱く語った。当時のパンフレットを資料棚から引っ張り出してみると、こんなふうにうたいあげられている。

 「米国ではP2Pをコアコンピタンスにした企業の起業ラッシュが一巡し、現在はグループウェアやコンテンツ配信など、第2世代ともいうべきP2Pテクノロジーが広がっています.また日本でもコンテンツ配信、検索、プラットフォーム、ワイヤレスなどの分野で次々と製品が発表され、P2Pはすでに著作権問題などの話題先行型のテーマから、実際にビジネスを行う段階へ確実に移行したと言えます」

 P2Pというのは、ご存じのようにピア・トゥー・ピアの略。クライアント・サーバモデルと異なり、中央サーバを介さずにマシン同士を直接結びつけるという仕組み。このトポロジーは決して新しいものではないが、中央サーバのコントロールを受けないという特徴が注目され、1990年代末から再び脚光を浴びるようになった。

 その代表的な存在は、NapsterからKazaa、WinnyへといたるP2Pファイル共有ネットワークの系譜である。だがこの系譜は一方で、P2Pにアングラなイメージを与えてしまう結果となった。

 この系譜とは別の場所で、P2Pをビジネスへと生かしていこうという流れもあった。P2Pは、これまでのサーバ・クライアントモデルでは実現できなかったようなビジネスモデルを生み出し、インターネットビジネスに新たな地平線を切り開くのではないかと期待されたのである。

 なんといってもP2Pはとても新しかったし、P2Pが作る新たな技術のパラダイム、新たなビジネスのかたちを語るのは、猛烈に楽しかったのだ。多くの人がP2Pに熱中し、興奮しながら夢を語り合った。その結実のひとつが冒頭に紹介したP2P Conferenceで、アリエル・ネットワークスやスカイリー・ネットワークス、アンクル、ビットメディアといったP2Pベンチャー企業群が世間に紹介され、一世を風靡したのである。

 しかし現在、P2Pをターゲットとしたビジネスはわれわれの前から姿を消し、どこかに消え去ってしまったようにもみえる。華々しく離陸できた企業は非常に少なく、インターネット業界で「P2Pビジネス」という言葉が語られる機会も、ほとんどなくなってしまった。ただひとり盛り上がりを続けているのは、Winnyに代表されるP2Pファイル共有ネットワークのみである。しかしこれはビジネスではない。

 2002年当時、P2Pビジネスブームの立役者だったキーマンのひとりは、最近こんなふうに漏らしていたと聞く。

 「うーん、儲からないんですよね……。だからとりあえずはちょっと、P2Pとは距離を置いてみようと思って」

 そもそも2002年当時はネットバブルの崩壊直後で、P2Pベンチャー各社が開発資金を十分に調達できなかったという背景もあった。盛り上がったのはいいが、カネが続かずに失速してしまったというわけだ。あるP2Pベンチャー経営者は、こう話している。

 「会社を立ち上げたころはすでに氷河期の真っ最中。心の底から冷え切るような状況の中で、会社を軌道に乗せるまでにはたいへんな苦労をした」

 ネットバブルの反省から、投資側は収益の期待できないビジネスモデルには投資しなくなていた。技術力よりも、まず第一に収益が上げられるかどうかが求められたのである。「夢を買う」と言われたネットバブルの時代とは、180度の転換だった。

 別のP2Pベンチャー経営者は、こう話す。「P2Pに対する期待が大きすぎたのに加え、ファイル交換などでダークな部分が強調されてしまったこともあったんですよね。イメージで負けてしまったのかも」

 彼の企業は独自のすぐれたP2P技術を持っているが、現在の収益源はまったく別のところにある。ソフト開発の下請で何とか糊口をしのいでいるのだ。彼は、こうため息をついた。「まあP2Pはマイドリームということで……。これからも開発は続けていきますが、あくまで夢の世界ですね。生活とは別」

 分散協調の枠組みを持つP2Pテクノロジーにはわくわくするような夢と楽しさがあり、2002年ごろにはみんなが熱中していた。だが彼の言うとおり、夢と生活は別なのである。わくわくする技術だからと言って、それが収益につながるとは限らない。

 P2Pは「ビジネス」と「テクノロジーとしての面白さ」の間で揺れ動き、結局はビジネスが優先されて天秤がガタンと落ちてしまい、そうして2002年以降は失速してしまったのである。

 だがここに来て、再びP2Pは注目を集め始めている。通信業界をひっくり返しそうな勢いのSkypeは、アンダーグラウンドなP2Pファイル共有ソフトのKazaaを開発していたメンバーが作り上げたものである。日本のP2Pベンチャーの雄、アリエル・ネットワークスもSkypeと組み、Skypeと連携できるスケジュール共有ソフトを昨年末に発表した。

 日本でもそろそろ、新たなP2Pの夜明けが見えてくるころかもしれない。
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