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12月4日(日)、私が所属する美術愛好家の団体「美楽舎」の12月例会と忘年会があり参加した。
12月例会は、「日本美術のオリジナリティ -素朴とわびー」と題して、跡見学園女子大学教授・矢島新先生の講演であった。
矢島氏は、日本における素朴な文字や絵の氾濫、マンガやゆるキャラの興隆などから考えれば、「素朴さを愛するという事は、日本文化の根幹に関わる問題ではないか。」と問題提起をする。
矢島氏によれば、素朴とは「人為の完璧を求め過ぎないおおらかな態度」と言うほどの意味で用い、西洋絵画のアンリ・ルソーを代表とする素朴派や、アンフォルメルの先駆者ジャン・デュビュッフェが提唱したアール・ブリュット(生の芸術)すなわちアウトサイダー・アートとは一線を隔す。
ところで日本文化は、古くから中国文明の影響を受け、そこから多くを移入してきたことは、自明である。
中国文明の美意識は、完璧を追求するリアリズム、モニュメンタルな表現、そして精緻極まる完成度であり、そうした厳格で重厚な造形に接した日本の王朝貴族らは、その中国文明の特質に、「きつ過ぎると感じたのかもしれない」と、矢島氏は指摘している。
そういった意味で、天平文化を代表する薬師寺三尊像や興福寺阿修羅像などは、はたして日本の美意識を代表する美術品かと、矢島氏は疑問を呈する。
(奈良・東大寺戒壇院の広目天立像)
矢島氏は、長年渋谷にある松濤美術館の学芸員をされ、「素朴美の系譜」(2008~2009年)や、美楽舎会員の鈴木忠男さんのコレクションも展示された「江戸の幟旗」などの企画がある。
絵画においても、北宋の画家である郭熙(かくき)の山水画「早春図」を代表とする精緻な表現は、日本に受け入れられず、非リアリズムに持ち味を感じる絵画が日本では描かれ始める。
その例として、室町時代に登場した素朴な絵画スタイルを挙げ、長谷寺縁起、玉垂宮縁起、つきしま、かるかや、那智参詣曼荼羅、富士参詣曼荼羅などを列挙している。
人の技術により自然を完璧にコントロールしようとした造形としての唐物に対し、日本人により見出された「わび」を備えた高麗茶碗、また意図された「わび」を具現化した利休や織部の茶碗などは、絵画における素朴志向と一脈通じるものがあると彼は述べている。
次に室町時代の素朴スタイルを受け継ぐ絵画として、大津絵を挙げている。
また、素朴に通ずる雅として光琳・乾山を挙げ、意図した素朴として与謝蕪村の俳画を指摘している。
(蕪村の峨嵋露頂図巻)
与謝蕪村の絵画について、ブログに取り上げ論じたので、興味ある方はご覧頂きたい。
対決「巨匠たちの日本美術」…その3「池大雅と与謝蕪村」(2)
対決「巨匠たちの日本美術」を観て…その3「池大雅と与謝蕪村」(1)
素朴絵の範疇に入り、自己表現を前面に出したものとして、描きたいものを描きたいように描いた白隠の禅画と、心象風景を率直に表現した浦上玉堂の南画を挙げることができる。
明治の近代化は西洋化とほぼ同義であるが、西洋ではその頃、リアリズムを脱却して、自己表現の為に「素朴」に近づいた時代であった。
しかし、日本人は最先端のモダンアートではなく、古典的リアリズムの習得を目指したと、矢島氏は指摘する。
同時代の印象派を代表するモネと、本格的な油絵技法を習得した高橋由一を対比して話された。
大正時代に入ると、伝統回帰と南画的表現の復興といった流れが起きた。
その例として、萬鉄五郎や岸田劉生の晩年の南画が挙げられる。
また、自己表現のメディアとして、創作版画家の川上澄生・谷中安規・棟方志功を列挙している。
そして、器物に完成度以外の価値を見出した民芸運動の指導者の柳宗悦を、素朴回帰の例として挙げている。
以下は、民芸の流れを汲む陶芸家で人間国宝となった二人の陶芸家について述べたブログなので、参考にご覧頂きたい。
マッキーの現代陶芸入門講座(12)…島岡 達三の湯飲み・ぐい呑み
マッキーの現代陶芸入門講座(16)…金城次郎 琉球陶器の魅力
(丹波の古陶)
さて、今回は「素朴とわび」という日本美術を語る上でキーワードとなる言葉を切り口として、矢島新氏に日本美術の流れを語っていただいた。
新しい視点で過去の出来事を読み取るとき、多少異論はあるだろうが、私にとっては興味深く楽しい一時であった。