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映画 「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」

2007年04月04日 | Weblog


東京タワー オカンとボクと、時々、オトン

公開 2007年4月14日~

配給 松竹



STORY  ストーリー 「東京タワー~o.b.t.o.」製作委員会 より


この話は、東京に弾き飛ばされ
故郷に戻っていったオトンと、
同じようにやってきて帰るところを失ってしまったボクと、
そして、一度もそんな幻想を抱いたこともなかったのに、
東京に連れてこられて、戻ることも帰ることもできず、
東京タワーの麓で眠りについた、
ボクの母親の、ちいさな話です。


 1960年代、ボクが3歳の頃。真夜中にオトンが玄関の戸を蹴破って帰ってきた。
酔っぱらったオトンはボクにいきなり焼き鳥の串を食わせ、そして......オカンにホウキで殴られた。
故郷の小倉で、オカンとオトンとボクの3人が暮らした短くも幸せな日々の、それが最後の思い出だった。
オトンの家を出て、オカンはボクを筑豊の実家に連れ帰った。
オカンは妹の“ブーブおばさん”の小料理屋を手伝いながら、女手一つでボクを育ててくれた。
毎日、オカンは夜中に起きて漬け物の糠床をかきまぜる。「朝ご飯の時間から逆算するたい。今起きて混ぜるんが、いちばん美味しく漬かるんよ」とオカンは言う。
オカンの作ってくれる美味しいご飯を食べて、ボクは大きくなった。
トロッコ乗ってやんちゃな遊びをやらかすような、昭和の炭坑町のガキになった。
オカンも漬け物をかき混ぜてばかりいたわけじゃない。近所の人たちと花札に興じたりして、酒乱のオトンから解放された自由をそれなりに謳歌もしていた。
ボーイフレンドらしき人ができたこともある。
オカンもまだ若くて、女だった。
 学校が長い休みになると、ボクはオトンのところへ行かされた。
一度、オトンがボクのために船の模型を作ってくれたことがある。
何事もやりかけで終わるオトンが作ってくれた船は、やっぱり未完成品だったが・・・。


 1970年代、筑豊の炭坑も小倉の製鉄所も、煙突から煙を上げなくなった頃。
中学3年になっていたボクは、寂れた町を出ていきたくなった。
早くオカンを自由にしてあげたいという思いもあった。
  大分の美術高校に合格し、一人で下宿生活をすることになった春の日、駅まで見送りにきたオカンがボクに持たせたカバンには、新しい下着と弁当箱と、しわくちゃの一万円札を忍ばせた封筒が入れてあった。
列車の中、オカンのおにぎりと漬け物を噛みしめて、15歳のボクは泣いた・・・。


春になると東京には、
掃除機の回転するモーターが次々と吸い込んでいく塵のように、
日本の隅々から若い奴らが吸い集められてくる。
暗闇の細いホースは、夢と未来へ続くトンネル。
しかし、トンネルを抜けると、そこはゴミためだった──。


 1980年代、憧れの東京に出て美大生になったボクは、ナウいヤングにもなりきれず、ただ自堕落な日々を送っていた。
学校へもろくに行かず、絵も描かず、ダラダラ過ごすうちに4年が過ぎた。
「このままやったら卒業できん」ボクは苦労して学費を出してくれたオカンに親不孝な告白をしたが、オカンは強かった。
「あと一年、オカンもがんばるけん。あんたも卒業までしっかり学校行きなさい」
オカンに甘えて留年させてもらい、オカンを喜ばせるためになんとか卒業したが、その後の進路は考えてなかった。
就職する気がないことをオカンには言えず、オトンに相談した。
「どんなことも最低5年はかかるんや。なんにもせんにしても、5年は何もせんようにしてみぃ」という遊び人のオトンの言葉には妙に説得力があった。


 1990年代、ボクに関係ないところでバブルがはじけた頃、何もしないでいるうちに溜まってしまった借金を返すため、何でもかんでも仕事を引き受けているうちに、ボクはいつの間にかイラストレーター兼コラムニストとして食えるようになってきた。
やっとオカンに心配かけずにやっていける......と思った矢先、ブーブおばさんから電話で「あんたのオカン、ガンの手術で入院しとるんよ」と聞かされた。
オカンの手術は一応成功したが、完治はしなかった。
残ったガン細胞を投薬で抑え続けていくしかない。
それでもオカンはまだあの寂れた田舎町で、働くつもりでいた。

「東京に来たらいいやん」

「ほんとに行ってええんかね」

 遠慮するオカンをボクは東京に呼び寄せた。
15の歳でオカンの元を離れてから15年、ボクとオカンは東京の雑居ビルで、また2人で暮らすことになった。
ボクには新しい彼女、ミズエもいた。オカンはミズエを気に入り、ミズエもオカンを慕っている。
ボクは東京に出てきて初めて幸せを感じた。
 オカンは代々受け継ぐ糠床を大事に持ってきていた。
ボクの友人や仕事仲間など、訪ねて来る人たちにオカンは必ず手料理をふるまう。ボクがいなくても、オカンの料理を食べに友達が集まってくるようになった。
いつも笑い声が響く、にぎやかで温かい家ができた。
オカンが来て、ボクが帰る田舎はなくなったが、雑居ビルの一室がボクの「家」になったのだ。

 しかし、つかの間の幸せに忘れたふりをしていても、ボクが恐れる「いつかやってくる日」は、確実に近づいていた......。


2001年4月1日、
桜の季節にもかかわらず雪が降った。
オカンとボクは、病院の窓から
東京タワーを間近に見上げていた・・・。




ボク:オダギリジョーさん
オカン:樹木希林さん
回想シーン:内田也哉子さん
オトン:小林薫さん
ミズエ:松たか子さん

監督 松岡錠司
製作 孫家邦
脚本 松尾スズキ
原作 リリー・フランキー
2007「東京タワー~o.b.t.o.」製作委員会 より


 時代は移り変わっても常に日本人の真ん中に立ってきた東京タワー、それを背景に起こるオカンとボクと、時々オトンの想いの深さを余さずくみとる血の通った物語です。
ベストセラー待望の映画化、見終わった後感謝したくなるような作品の誕生です



ロケ地
宮城県栗原市鴬沢・旧細倉鉱山社宅
くりはら田園鉄道線・細倉マインパーク前駅(2007年3月31日をもって廃線・廃駅)の南側にあり、一般公開されているそうです。  
「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~」 - Wikipedia より


関連サイト
東京タワー  TOKYO TOWER  最新情報

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『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』 公式サイト (映画)

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