Kさんとは、そもそも私と同じ病院で何ヶ月かに炎症性乳ガンと
診断されてK大を紹介されて転院した事はドクターから聞いていた。
だから、あなたもK大に転院はどうかと言われた。
何ヶ月先輩でK大に転院したのが、後にKさんだったとわかる。
それから、Kさんさんは、病気になってから3年経ったある日、
診断された病院の看護師さんで私のママ友達でもある方を介して出会った。
Kさんは私と同じ炎症性乳ガンで、ちょうど骨転移がわかって
心が揺れ動いている時期だった。
ちょうど、パパもお休みしていたので、
近くのMEGUで食事した。
華奢で、素敵な方だった。
それからメールで何度かお便りをしたりもした。
一昨年の5月あたりからメールが帰って来なくなった。
心配しても、「今、調子が悪いのかな…。」と思っていた。
そうこうしているうちに肝臓転移。
12月からは履く靴もないくらい足が腫れ上がり、
入院していらしたようだ。
「お願いします。もうこれ以上の抗ガン剤はしたくない。」と
ドクターに手を合わして懇願したそうだ。
そして、彼岸入りの穏やかな日に旅立たれてしまった。
私はこの事を昨年の7月に知る事になる。
メールが帰ってこないのをいよいよおかしいと思って
自宅に電話したからだった。
紹介してくれた方も私と同じ病気だからと知らせなかったようだ。
彼女自身から、お葬式も質素に、誰にも知らせてくれるなという
遺言だったらしい。
そっと、旅立ちたかったのかもしれない。
そうゆう旅立ち方もあるのだなと知った。
もうすぐ、一周忌。
今はどこにいますか?(合掌)
診断されてK大を紹介されて転院した事はドクターから聞いていた。
だから、あなたもK大に転院はどうかと言われた。
何ヶ月先輩でK大に転院したのが、後にKさんだったとわかる。
それから、Kさんさんは、病気になってから3年経ったある日、
診断された病院の看護師さんで私のママ友達でもある方を介して出会った。
Kさんは私と同じ炎症性乳ガンで、ちょうど骨転移がわかって
心が揺れ動いている時期だった。
ちょうど、パパもお休みしていたので、
近くのMEGUで食事した。
華奢で、素敵な方だった。
それからメールで何度かお便りをしたりもした。
一昨年の5月あたりからメールが帰って来なくなった。
心配しても、「今、調子が悪いのかな…。」と思っていた。
そうこうしているうちに肝臓転移。
12月からは履く靴もないくらい足が腫れ上がり、
入院していらしたようだ。
「お願いします。もうこれ以上の抗ガン剤はしたくない。」と
ドクターに手を合わして懇願したそうだ。
そして、彼岸入りの穏やかな日に旅立たれてしまった。
私はこの事を昨年の7月に知る事になる。
メールが帰ってこないのをいよいよおかしいと思って
自宅に電話したからだった。
紹介してくれた方も私と同じ病気だからと知らせなかったようだ。
彼女自身から、お葬式も質素に、誰にも知らせてくれるなという
遺言だったらしい。
そっと、旅立ちたかったのかもしれない。
そうゆう旅立ち方もあるのだなと知った。
もうすぐ、一周忌。
今はどこにいますか?(合掌)
有難いですね・・でも、サバイバーさんが、マメにお付き合いした結果。
貴方が、いい人なんだよ。絶対、間違いない、です。
お友達の遠い所への旅立ち、辛いですよね。
しかも同じ病気、余計に痛手を受けているのが分かります。
でも、サバイバーさんはサバイバーさん、がんの形は一緒でも、症状は違うし、薬も効く効かないが違います。
せっかくリアル友になったんよ、もっと長く長くお付き合いしなきゃね。
これからも、よろしくね。
聞くたびに心が揺れて動揺してしまいます。
私もそのうち・・なんて事ばかり考えてしまいます。
でも、生き方や死に方を考えられるのは、患者だからでしょうね。
私も最近、お葬式に行く事がたて続いてあり、そのたびに、私の時はこうしよう・・ああしよう・・なんて、考えます。^^;
そして、やはり、大切に時間を使おうと思います。
この世を去りました。
でも未だに携帯のアドレスも消せずにいます。
私も肺、肝臓、骨が多発性転移で厳しい状況
かも知れませんが、昨日の小倉恒子先生の講演
の様に、諦めず頑張って闘っていく気持ちだけは
失わないようにしたいと思います。
サバイバーさん頑張りましょうね
私にも8年前のお彼岸のときに、という友人がいました。
人はいつかは土に帰るもの、と思ってはみても
やっぱり怖いです。
何時も、逆の立場ならと考えます…。ひっそり派はとても多いです。
私もその方のことを想わせて下さいね。