1992年日展 「ポカンと天井に穴があく」
この作品は15年前の作品だ。
この夏、そろそろ日展を描こうという頃にうちの家業が傾いた。
父に「どうにか助けてくれ。」と言われた時は本当にびっくりして
何が私たちに起こっているのかわからなかった。
幼い頃からうちの家庭は、どちらかといえば裕福な方で
私は何不自由なく育ってきた。
「なのに、なぜ?」
しかし、現実は借金との闘い。
返せども返せども金利が嵩むだけ…。
ついに、自宅横の店舗も手放す事になる。
それから、破産を免れるために、必死で働いた。
でも、無性に腹が立っていた。
「なぜ私たちだけが、こんな思いをしなくちゃいけないの?」
借金を返す事を考えると本当は日展なんて、
出品する事すら考えてはいけないだろうけど、
締め切りの一週間前にどうしても描かねばと思って描いた作品である。
無心だった。悲しいくらい…。
天井から月が見えるくらいに何も出来ないでいた。
この時、描く事で自分の慰めになっていたような気がする。
それから、10年後、また同じ思いをするなんて、
誰が決めていたのだろう?
この絵を見ると、ガンを告知された時の衝撃も思い出されて涙が出る。
5歳の娘を抱っこしたままの告知だった。
そして、まだ私は絵を描いている。
自分の人生に腹が立たぬよう、慰めになるように…。
この作品は15年前の作品だ。
この夏、そろそろ日展を描こうという頃にうちの家業が傾いた。
父に「どうにか助けてくれ。」と言われた時は本当にびっくりして
何が私たちに起こっているのかわからなかった。
幼い頃からうちの家庭は、どちらかといえば裕福な方で
私は何不自由なく育ってきた。
「なのに、なぜ?」
しかし、現実は借金との闘い。
返せども返せども金利が嵩むだけ…。
ついに、自宅横の店舗も手放す事になる。
それから、破産を免れるために、必死で働いた。
でも、無性に腹が立っていた。
「なぜ私たちだけが、こんな思いをしなくちゃいけないの?」
借金を返す事を考えると本当は日展なんて、
出品する事すら考えてはいけないだろうけど、
締め切りの一週間前にどうしても描かねばと思って描いた作品である。
無心だった。悲しいくらい…。
天井から月が見えるくらいに何も出来ないでいた。
この時、描く事で自分の慰めになっていたような気がする。
それから、10年後、また同じ思いをするなんて、
誰が決めていたのだろう?
この絵を見ると、ガンを告知された時の衝撃も思い出されて涙が出る。
5歳の娘を抱っこしたままの告知だった。
そして、まだ私は絵を描いている。
自分の人生に腹が立たぬよう、慰めになるように…。