節子は、紅茶を飲みながらも健太郎への報告について思いを巡らして苦悩したが、結局入浴中に散々考えた通り、やはり自分の胸の奥に仕舞いこんでおくことが、家族の平穏な生活を続けるうえで一番良いと決心した。
更に、丸山先生に一瞬の間でも愛を感じたことは否定出来ないが、現実に帰ったいまは、今後、どの様なことがあっても彼に会わないとも心に誓った。
久しぶりに一緒に入浴したときの理恵子の何の屈琢もないニコッと笑った笑顔を見たとき、やはり、この子が一人前になるまでは、健太郎の力を借りて育てる責任が自分にはあり、それが自分達夫婦の幸せにつながり、ひいては、自分の若き日からの夢であった健太郎との憧れの生活を今以上に充実できるものと確信し、そのためにも暫くの間寂しく辛い思いをしても、罪の償いとして大学病院を潔く退職して専業主婦として二人に精一杯尽くすことが、自分に与えられた天命であると自覚し堅く心に誓った。
節子は、あと片付けをしたあと寝室に入り、いつもの様に、健太郎の側に添い寝すると、眠っているとばかり思っていた健太郎は、何か考え事をしていたらしく目を覚ましていたので、叱られることは充分に覚悟し恐る恐る
「今日は わたしの不注意から御心配をおかけして済みませんでした」
と、腕に縋り小声で詫びると、健太郎は全てを見透かしているかの様に
「理恵子が、幸い足を折らなくてよかったなぁ」
「君に、今更詳しいことを聞いても、済んでしまったことは仕方ないし、また聞きたくもないよ。仮にでも、僕との間で取り返しの出来ないことでもあったら、お互いに心を痛めることだしなぁ~・・」
「兎に角、何時も言っているように、どんな場合でも、常に、自分を大切にする様に心がけることだね」
「手術に臨む医師を見ている君なら、僕が改めて言うことでもないが・・」
と、教師癖の抜けない口調で語り、その言葉が節子には一言ひとこと胸に針が刺さるように聞こえたが、彼が深入りを避けている様にも思えた。
節子も、「はい 注意しますわ」と、彼が意に反して優しく返事をしてくれたので、それこそ、改めて健太郎のおおらかな心の広さを心底に深く感じ、病院を退職することなどは、明日ゆつくりと時間をかけて説明することにして、その夜は、自分から積極的に肌着を脱ぎ健太郎に肌を摺り寄せて愛を求め、何時にもまして濃蜜な愛を感じて、燃え盛る自分の体から健太郎を離したくなく両手で抱きしめ、嬉しからこみあげる涙を枕カバーでぬぐった。