日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

蒼い影(16)

2024年04月17日 04時01分55秒 | Weblog


 緩やかに傾斜して街に連なる棚田の稲も生育して、緑のそよ風を丘から街へと爽やかに吹き抜けてゆく。 
 雪解け水で増量した小川の流れも勢いがよく、それが川淵の残雪を削り落とし川面に光を反射させて、名も知らぬ草の緑を一層輝かせている。
 毎朝、散歩の時に見る堰堤の桜並木もすっかり葉桜となり、川淵の猫柳も芽を膨らませ、日ごとに初夏の香りを漂わせている。
 理恵子も、高校1年生として元気に通学しているが、慣れぬ学園生活に戸惑っているようだ。 それでも本人はもとより母親の秋子さんも、やれやれといった安堵感で一息つき、健太郎も彼女の愛くるしい笑顔を見ると、わが子のようで祝福せずにはいられない気持ちになる。

 秋子さんが、実家と里帰りしている節子さんに根回しして、自分の体調を考慮し、この暖かいときに予定より少し早いが帰郷したいと連絡したとみえ、実家の人達もそれが良いと賛成してくれたので、明日、列車を利用して三人で行きましょうよ。と、健太郎を誘いに来た。 理恵子もその気になり早々と支度を整えていた。
 彼も、若いとき勤務した土地が懐かしく思い出され、秋子さんの意見に即座に賛成して旅立つことにした。
 最も、節子さんから電話の度に母親も逢うのを楽しみしているので是非一緒に来て欲しいと言はれていた。

 翌朝、店の美容師が運転する車で秋子さんと理恵子が迎えに来た。 理恵ちゃんが玄関先で弾むような明るい声で
 「おじちゃん おはよう~。ちゃんと支度できたかね~」
と少しませた、母親の何時もの口癖をまねて呼びかけ、健太郎を見るや「OK! OK!」と指先を丸くして笑い、皆が駅まで送ってもらった。 
 理恵ちゃんは、お土産を入れているらしい膨らんだリュックを背負い手にはボストンバックを提げていたが、きっと母親の体力を気ずかつてのことだろう。と、その優しい思いやりのある心ずかいが、高校生となって一段と成長したようで、微笑ましく見えた。

 山形に向かうローカル線は、いまや全国でも珍しくなった旧国鉄時代の気動車を使用しており、近く新車に入れ替えるらしいが、写真マニヤの間でも人気者の気動車で、単線ではあるが、この時期、通学通勤客を乗せる以外余り利用がなく座席がすいていて楽々と足を伸ばすことが出来て彼等には良かった。
 山合いの平野部を、二両連結で60k位のスピードで未だに残る残雪を雪煙をあげて進み、小さく固まっている村々や黒々と茂る杉林を後に残し、やがて峡谷沿いに飯豊山麓に差し掛かると、スピードは40k位に減速され、警笛を鳴らす度に短いトンネルを潜り抜け、赤く塗られた橋を何度となく渡る。 
 窓外から眺める景観は、峡谷の狭い川は所々で水を藍色に染めた様に澄んで、流れがよどんで湖の様で、静寂の世界そのもである。
 縄文時代、人々は、ここで狩猟やクリの実を集め、ひたすら信仰の生活をしていたのであろうと思うと、永い伝統に基ずいた人間の知恵に、健太郎は今更ながら感心して思いをめぐらして景観を眺めていた。

 理恵ちゃんは、地図を手にして興味深々と現在地を確認したり、移り行く景色を眺めて、時折、気にいつた風景を写真に撮っていたが、横顔を覗いて見ると薄化粧をしているようで、目が合うや
 「おじちゃん! イヤ~ッ。 そんなにしげしげと見ないでよ~!」
と言って地図で顔を隠してしまった。
 秋子さんが笑いながら
 「この子。朝、美容師のお姉さんから、お化粧を習っていたらしく、いたずらしたみたいだわ」
と、内心娘の成長を喜んで説明するや、理恵ちゃんは
 「天気も良く、紫外線に焼けないようにと、お姉さんが肌の手入れを教えてくれただけなのよ」
 「女性なら当たり前のことでしょう~。ねえ~母さん!」
と少し抗議ぽっく話したあと健太郎にむかい
 「見るなら、母さんの顔をみてよう~」「今日の母さんは何時にもまして、綺麗でしょう」
 「何時もこんなに綺麗なら、わたしも嬉しいんだけど・・」「ついでに、もう少し優しくしてくれたら・・」
と、ニヤット笑いながら答えていた。 秋子さんも娘の返事に、今日は言い返すこともなく
 「ハイ ハイ。 それよりも今晩お家にいつたら、ちゃんと手をついて丁寧に挨拶してよ。お願いよ!」
と、理恵ちゃんの心が確実に成長している姿を家族に見せたい気持ちにかられ答えていた。

 列車はいつの間にか山間を過ぎて、村々が散見され、やがて都会のビルが近くに見える様になると、まもなく山形駅に着き、そこで奥羽本線に乗り換えて新庄に向かった。 鈍行ののんびりとした旅とは異なり、今度は新幹線だけにスピード感があり、座席も柔らかく、理恵ちゃんは、TVで見るバレーボールの選手の様に、この歳にしては背丈に比例して脛が長く、その脛を横崩しにして大機嫌で、窓外の景色に見とれながら月末に合唱する「花かげ」の楽譜を見ながら口ずさんでいたが、途中で
  「ね~ おじちゃん」 「一番の歌詞にある 車に揺られて とゆう車とゆう文字には何故 人偏がついているの?」
と聞いたので、健太郎は、いいところに気ずいたなと感心し
 「それは、いまから80年位前、田舎では遠い村や町にお嫁に行く時は、タクシーのない時代だから、人力車に乗って嫁いだのだよ。 人が引くから人偏が付いているのだよ。空想してごらん、のんびりしていて優雅な嫁入りでしょう」
と、説明したら納得して歌い続けていたら、途中から乗車した隣席の四人連れの中高生らしき女性達から「貴女 綺麗な声ね~」と言われ、一寸はにかんで薄笑いを浮かべ軽く会釈したあと、なおも窓の方に向かって気分良く歌い続けていたが、最後の歌詞を習った通り感情を込めてゆっくりと
  「わたしは 一人に なりました~ ♪」
と歌い終わるや、その歌う後ろ姿と歌詞が秋子さんの胸に厳しく刺さった。 
 彼女は、その瞬間感情が込み上げて、健太郎の左手こぶしの上に右手のひらを重ねて乗せたので、彼はオヤッ!と思い彼女の顔を覗くと、健太郎の顔を食い入るように見つめ、目にはうっすらと涙を浮かべているので「どうしたの?」と、理恵ちゃんに気ずかれない様に小声で聞くと、声を出すと涙がこぼれるのを精一杯こらえている様に見えたので、健太郎は勝手に心情を解釈して、右手で握り返し顎をひいて「判った」とうなずき、心情をいたわってやつた。

 健太郎は、彼女が理恵ちゃんの歌を聴いていて、きっと、もし、自分が(マーゲン・クレイブス)で、この世を去るようなことになったら、理恵子は、歌詞の通り本当に一人ぼっちになってしまうのかな~。と、病人特有の後ろ向きの思考になり、悲しくなったのであろうと考えた。 
 秋子さんの以前の強気はすっかり影を潜め、なにかと弱気になり、逢う度に、理恵子の行く末を頼みますと言われ続けている事とあわせ、久し振りに実家に帰るとはいえ、綺麗に髪型を整え、普段より少し厚めに化粧した、その姿がいじらしくも悲しく思えてならなかった。
 願わくば、三百六十五夜泣き暮らすことなく、少しでも元の秋子さんの姿に戻って貰いたいと、医学は医学として、運と精神力それに免疫力の向上で、同じ病を経験し、死線を乗り越へてきた者として、この病の本質を知るだけに、精神的苦悩はよくわかり、秋子さんを目の前にして、健太郎も旅の途中とはいえ心が重苦しくなった。

 
 


 

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