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日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

雪に戯れて (16)

2025年05月26日 03時22分38秒 | Weblog

 健ちゃんが、美代子を連れて校庭裏の駐車場に辿りつくと、先着の六助以下の者達がスキーを脱いで車の前に整列して待っていたが、彼は寅太達三人に対し
 「ヨシッ! 今日のことを忘れずに、家に帰って除雪でも何でもいいから人に喜ばれることをしろ」
 「それが、お前達が今出来る最善の償いだ」
 「さぁ 元気を出して行けっ!今日のことは決して人には言うなよ」
と言って返したら、寅太達は「ハイッ」と元気良く返事し、大助と美代子に黙って頭を下げて謝ると、興奮している美代子は彼等に目もくれず、大助の腕を取って一緒に車に乗り込んでしまった。

 健ちゃんは、美代子に携帯を渡し
 「これから、君の診療所に大助の傷の手当てに行くので連絡してくれ」
と頼むと、彼女は大助のズボンから滲んでいる血を見て喧嘩を思いだしたのか、再び、取り乱して泣き出してしまい、健ちゃん達は彼女が自分を見失い、ヒステリックに早口で何を喋っているのか自分でも判らないくらい興奮していて、話の順序も内容も滅茶苦茶に話してた。
 電話を受けた当番看護師の朋子が、彼女の性格を知りつくしているので、電話が終わると老医師に
 「これから、患者さんが来ると、美代ちゃんから連絡があったので、診察をお願い致します」
 「美代ちゃんが興奮していて内容がよく判りませんでしたが、何でも患者さんがトラに襲われたらしいです」
と告げると、老医師は怪訝な顔をして
 「ナニッ トラに噛み付かれたと・・。虎などいる訳ないし、トラと熊の間違いでないか?」
とブツブツ言いながら白衣を着て診療所の入り口に出たところ、美代子に腕を取られた大助が立っていたので、彼の顔を見るやニコットして 
 「オッ!大助君でないか」「夏以来久し振りに顔を見せてくれたとゆうのに・・。熊にでも噛みつかれたか?」
と言うと、美代子がヒステリックな泣き声で
 「トラだよ トラッ!。お爺さん、早く治療してやってョ」
と叫んで、勝手に診察室へ大助を連れて行ってしまった。

 朋子さんは、診察室のベットにビニールを敷いて器具を揃えたあと、ズボンを脱がせようとすると、心配そうに付き添っていた美代子が制止して、慣れた手付きで手際よく勝手に大助のズボンを下げてしまい、朋子が患部を消毒しながら、美代子に
 「服や下着が濡れているので、あるものでいいから着替えの下着を用意し、それに、身体を拭いてあげるからバケツにお湯とタオルを運んで来て」
とテキパキと指示した。
 美代子は、気が動転しているのか、お爺さんの居室に飛んで行き、衣装タンスの上段から引き出しを片っ端から引張り出しては、2段目、3段目と掻きまわして、やっと下着を見つけ、次に、給湯室でバケツにお湯を入れて、大急ぎで診察室の入り口まで来たら、「痛てぇ~っ!」と大助が大声で悲鳴を上げているのを聞き、驚いてバケツを落としそうになったが、一呼吸おいて診察室に入ると、老医師の施術が終わり朋子さんが傷口に化膿防止の軟膏を塗り、ガーゼと油紙を当て包帯を巻いていた。

 老医師は、治療を終わると誰に言うともなく
 「麻酔をせずに、ひと針縫合しておいたが、若いから肉が直ぐ上がり早く治るよ」
と言って診察室を出て行くと、少し冷静さを取り戻した彼女は、朋子さんに
 「身体は、わたしが拭くヮ」「パンツを脱がすので、朋ちゃん、悪いけど此処から出ていってくれない」
と言うので、朋子さんは彼女と大助の仲を知り尽くしており、明るい声で大助の汚れた衣類を手にして
 「お願いネ」「洗濯して、乾燥機に入れておくヮ」
と言い残して診察室から出て行った。

 美代子が、大助のパンツを脱がせようとしたところ、彼が「自分でやるからいいよ」と言って、彼女の手をパンツから離そうとしたが、彼女は看護師気取りで 
 「ダメ ダメョ あんたは患者ョ」「ワタシノ ツトメダカラ サセテョ」
と言って、恥ずがしがってパンツを下げるのを必死に抑えている大助の手を払いのけて、無理矢理パンツを剥ぎ取り、恥ずかしそうに小声で
 「ホラ オウジサマガ チジコマッテイルワ カワイソウニ」
と独り言の様に呟きながら、暖かいタオルテで股間を拭いて暖めていたが、タオルを取った瞬間
 「アラッ オオジサマガ スコシ ゲンキガ デテキタ ミタイダワ」
と言ったので、大助は
 「チッ! イヤガルノヲ ムリヤリ カオヲ ノゾクカラ オコッテイルンダイ」
とブツブツと言い返へすと、彼女は大助の意外な返事に気をおとして
 「アラ ソウナノ アセクサイノヲ ガマンシテ テイネイニフイテ アタタメテ アゲタノニ」「キムズカシイ オウジサマネ」
と、情けない顔をして小声で呟いた。

 然し、大助も本心では、暖かいタオルで拭いてもらい入浴した後の様に気持ちが良く、それに、傷もズキンズキンと痛いし、以前、東京の病院に入院しているとき、オシッコの始末をしてもらったことがあり、言い出したら聞かない彼女の性格を知り尽くしているので、そのあとは、彼女に抵抗しても無駄だと諦めて全てを任せた。
 彼女は終わると、大助の脇に座って一息入れ、自分の思い通りに出来たことで、やっと我に返ったのか、青ざめた顔ながら、彼の心を射る様な澄んだ青い瞳で、彼の顔を見つめてニヤット笑い
 「今日は、此処に泊まってゆくのョ」「皆には、お爺さんから連絡しておくからネ」
 「ワタシモ 精神的に ジュウショウョ」
と言ったので、彼は
 「ナニッ?、入院かネ?」「痛いけれど無理しても皆のところに帰るよ」
と困惑した顔で答えると、彼女は彼の言葉など耳に入らないのか、冷たい表情で
 「ソウヨ ワタシト イッショニ ニュウインョ」
と言い残して診察室を出ると、二人用の空室を見つけるや、ベットを移動して二人分を並べ入院着と氷嚢を用意する等自分の思う様に入院室の準備にかかった。

 老医師は、待合室にいる健ちゃん達から事件の概要を聞いたあと 
 「いやぁ~、このたびは、孫娘の親友が大変お世話様になりました」
 「たいした傷でもなく、チョコット縫合しておきましたが、直ぐ治りますよ」
と、お礼を兼ねて傷と治療状況を簡単に説明していたら、看護師の朋子さんが「先生、カルテを書いてください」と言って来たが、老医師は「そんなもん、いらんわ」と答えて、逆に
 「キャサリンに言って、冷凍した熊の肉をお土産に包んで用意し、大助君を助けてくれたお礼に一塊差し上げなさい」
と言い付け、朋子さんが大急ぎで用意してきた、お土産を健ちゃん達に差し出したあと
 「これは熊の冷凍肉ですが、今ではこの地域でも珍品になり、チャンコ風の鍋料理にして、今晩食べてください。身体が温まりますよ」
と言って笑い、昭ちゃんが遠慮気味に
 「あのぅ~、大助は入院ですか?。予想もしてなかったことで保険証も用意してませんので・・」
と聞くと、老医師は笑顔で
 「美代子が勝手に決めよったが、孫娘の方が精神的に重症で、下手に口出しすると、今晩、我が家が大騒ぎになるので放って置いてくださいな」
 「孫娘に、貴方達からお年玉をくれたと思って、我侭を許してやって下さい」
 「二人でいれば、最高の治療になりますわ」
と、老医師も満足そうに笑っていた。

 健ちゃん達は、老医師の鋭い眼光ながら柔和な表情で語る、孫娘である美代子の幸に余生の全てをかけて願う好々爺ぶりに、すっかりほだされて、何か自分達も明るい豊かな気分になり、好意に感謝して宿に帰る支度をした。
 母親のキャサリンは、娘の狂乱振りに圧倒されて、慌ただしい出来事に詳しいことも知らず、ただ、老医師が機嫌よく振舞っている様子から安堵して、朋子さんと並んで「あとでお礼にあがりますので・・」と言って玄関で彼等を見送っていた。
  

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