大助は、美代子が朝食を知らせてくれたが、これまでに彼女の家で食事をしたことは無く、堅苦しい雰囲気の中での食事も嫌で、ベットで寝転がり思案していたら、再度、彼女が迎えに来たので
「僕、宿に帰ってからにするよ」「だいいち、僕は入院患者で、お客ではないし・・」
と告げたら、彼女は
「ナニ イッテイルノヨ 朝から、難しい理屈を言って困らせないでョ」
「君は、この家と、わたしにとっては、将来がかかった、大切なお客様なのョ」
「お爺さんも、君とお食事をするのを楽しみにして、待っていてくれているのに・・」
と誘ったが、彼は動こうとせず頑なに嫌がって、彼女をてこずらせていたいたら、看護師の朋子さんが顔を出して、爽やかな笑顔で
「お爺様が早く呼んで来なさい言っているゎ」
「貴方のカルテは作っていなし、患者さんではないので、病室にお食事を用意する訳には行かないのょ」
「美代ちゃんが、無理矢理、入院患者さんに仕立てたので、美代ちゃんの恋しいお客さんなのょ。遠慮することないゎ」
と優しく諭す様に話し、意味ありげにフフッと笑ったら、彼は
「エッ!入院患者で゛ナイッテ!」
と、ビックリしてベットから起き上がり、朋子さんに
「僕が、美代ちゃんの恋人だなんて勝手に決められても困ちゃうな、普通の友達と思っているんだけどなァ~」
「看護師さん!。僕達、どの辺から恋人と言うの?。友達との違いがわかんないや?」
と言いながら、渋々納得して美代子の顔を見て腰を上げたが、朋子さんは
「私にもよく判らないゎ。微妙な問題だわネ」
と、ニコッと笑って答えていた。
美代子は、朋子さんの的をついた説得力に感心し、彼女の手助けが余程嬉しかったので「朋子さん、ありがとう」と言って頭を下げて笑みを返し、大助の先になりリビングに向かった。
朋子さんは、廊下を歩きながら、彼に対して割烹着姿の彼女の後ろ姿にチョコット人さし指をさして彼にウインクしてみせ、いたずらぽく微笑んだあと
「お爺さんは、貴方を、まるで御自分の可愛いお孫さんが里帰りした様に喜んでおり、今朝も、着物からお惣菜まで細かく気を使い、彼女は彼女で久し振りに恋人に逢えたと、すこぶる御機嫌で、端で見ていると、朝から家中で大騒ぎしていて滑稽ですゎ」
「あの頑固なお爺さんにしては珍しいことで、貴方もお二人の間に挟まれて大変だわネ」
と、同情を交えてユーモラスに朝の模様を話してくれた。
リビングに入り、大助が恥ずかしげに挨拶をすると、お爺さんは笑顔で大助を迎い入れて
「ヤァ~ おはよう~、傷は痛むかね」「君は、運動しているためか筋肉が発達しているので、その程度の裂傷は直ぐなおるよ」
と言いながら朝茶を出してくれ
「このお茶は、日本の北限で出来たお茶で、甘味が少しあるんだよ」
「お母さんへのお土産にと、別に用意しておいたよ」
と言ったあと、続けて、食卓に並べられたお惣菜について、箸で一つ一つ指しながら
「この魚は、ヤマメと言って、川の一番上流に棲息する魚で、甘露煮してあるから、骨まで食べられるよ」
「味噌漬は、山牛蒡で、秋に裏山で採って2年位漬けたもので、鉄分が豊富で、猛勉強中の君には是非食べてもらいたいな」
「ご飯は、農薬や農機具を使わない、昔ながらの天日干しの、棚田での手造りの米だよ」
「田舎では、春から秋にかけて、色々な山菜が沢山採れるし、渓流ではヤマメやイワナが釣れ、街場では味わえない自然の楽しみが沢山残っており、春の連休には必ず来なさいよ」
「教科書やTV等で学んだ ”知識” も大事だが、昔の人々が自然の中で生活して、子孫に残した生活の ”知恵” を学ぶことも大切なんだよ」
「長い人生の中では、この様な知恵は、何時かは、きっと生活に役立つときがあるんだよ」
と、細々と説明していたら、美代子が大助を一人占めしている、お爺さんに業を煮やして、お爺さんの袖を引張って
「お爺さん、もういい加減にやめてよ。大ちゃんが、お食事できないしょう」「わたしも、箸がとれないヮ」
と、たまりかねて話を遮ると、お爺さんは
「アッ 御免ゴメン」「さぁ~ 沢山食べて下さいよ」
と解説を止めて食事を始めたが、美代子は、お爺さんのお茶碗が空になっているのに知らぬ顔をして、大助が「ヤッパリ コノゴハンハ オイイシイョ」と言うと、彼女は「ソオォ ワタシガタイタノ」と言ってニコット笑い、彼が差し出すお茶碗を、白い指をした手で受けて、慣れぬ手付きでお代わりのご飯をよそうと、この仕草を見ていたお爺さんが
「フン 一人前に割烹着をつけてるが、その手付きは危なっかしくて見ておれんわ」
「そんな、お茶碗に押しつける様な御飯のよそい方では、御飯の美味しさが・・」
とブツブツ言っていたが、彼女は平気な顔をして御飯をよそい大助に渡すと、お爺さんは
「ホレッ 練習ダッ もっとフックラとなる様によそいなさい」
と言いつつお茶碗を差し出すと、彼女は渋々ながらマイペースで山盛りにしてお爺さんに渡したあと、彼が美味しそうに食べていたヤマメの甘露煮と野菜サラダの空のお皿を、お爺さんの目を盗むように、自分のお皿とソット移し変えてていた。
お爺さんは、御飯をほおばりながら、二人の様子を薄目でチラット見ていたが満足そうな表情をしているように、彼女には見えた。
食事を終えた後お茶を飲みながら、大助が遠慮気味に
「僕、何時ころ、友達が迎えに来てもらえるんだろう」
と、ボソット呟いたら、お爺さんは
「きょうわ、一日安静にしていたほが傷のためにも良いので、今、キャサリンが宿に行き、お友達にお願いしているので、二階の座敷に布団を用意しておいたので、夕方まで休んで行きなさい」
「昨夜は、傷の痛みと、美代子のつまらぬ雑音で、満足に眠れなかったでしょう」
「夕方には、皆さんを、食事に招待しようと思っているが・・」「君を助けてくれた、お礼もかねてな」
と、当然のような顔をして答えたので、美代子は
「お爺さん、私達の守護神みたいだわ・・。ヤッパリ名医だゎ」
「わたしの、ptsdもこれで完全になおるわ」「ウレシイ~」
と、途端に気色満面な笑顔で、老医師にお世辞を垂れて
「大ちゃん、さぁ~早くお部屋に行きましょう」
と言って立ちあがったら、お爺さんは、いまいましげに
「美代子ッ!後片ずけをしなさい」「それに、安静なのだから、お前は自分の部屋に行くんだゾ!」
と言うと、彼女は
「あとでするヮ」「大ちゃん一人では、退屈でしょうし、青春の貴重な時間が勿体無いので、傍で面倒を見てあげるの」
「お爺さん、心臓と血圧に悪いので、ご心配なさらないで」
と言い残して、さっさと、戸惑う大助を連れて二階の座敷に彼を連れて行ってしまった。