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餃子倶楽部

あぁ、今日もビールがおいしい。

Off with her head !

2010-05-09 15:59:30 | 札幌で考える

連休中、
次女とふたりで ALiCE IN WONDERLAND を観にいく。

たまたま前日に座席指定のチケットを買っておいたからよかったのだが、
シネコンは超、混雑。

3Dだというので、
どれほどスゴイものかと期待してシートに座った。
たぶん
ディズニーランドでみたマイケルジャクソンの“キャプテンEO”以来だ。
(あのときは目の前まで飛んできた隕石が爆発!してビックリした)

ところが。

3D用のサングラスのようなものを付けた途端、
視野照度が急速に落ちた。
つまり、暗い(!)。

せっかくのティムバートンらしい幻想的な色使い世界が
ドンヨリとした眠り誘う色合いに染まってしまった。

Off with her head !

残念、3D。

ところで。

映画を観ていて気になったセリフがある。
ジョニーデップ扮する Mad Hatter の言う、このセリフである。
Hatter は作品中、このセリフを数回繰り返した。

" Why is a raven like a writing-desk ? "

家に帰って(たまたま持っていた)原作からセリフ周辺を読んでみた。

" Why is a raven like a writing-desk ? "
Alice hastily replied ;
" at least - at least I mean what I say - that's the same thing, you know."
" Not the same thing a bit ! " said the Hatter...
Alice_6 " Have you guessed the riddle yet ? "
the Hatter said, turning to Alice again.
" No, I give it up, " Alice replied. " What's the answer ? "
" I haven't the slightest idea " said the Hatter.
" Nor I , " said the March Hare.
(CHAPTER Ⅶ A MAD TEA-PARTY)

raven の意味がわからなかったので辞書で調べてみると、こう書かれていた。
“ ワタリガラス‐crowよりも大きいカラス ”

『なぜワタリガラスは書物机に似ているのか?』
(タカちゃん、こんな訳でいいのでしょうか)

映画は原作とは違って修辞的な表現や難解な物語構成も捨象していたせいか、
次女は『おもしろかった』という感想を述べた。

んが、
そのあたりのシュール感を期待していたこちとらは
少しばかり消化不良である。
3Dも残念だったしね。

" Why is a raven like a writing-desk ? "

タカちゃんの名訳と謎解き、お待ちしております。

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読了

2010-04-20 00:49:15 | 札幌で考える

Photoようやくと『坂の上の雲』全8巻を読み終わりました。

いやぁ、長かった。

途中、
日露戦争 旅順攻撃の戦闘描写が長く続きはじめる
6巻目あたりから、僕はぁスッカリと読み飽きてしまったため、
“箸(はし)休め”として色々な本を浮気読みしました。
その結果、読了するのに4ヶ月もかかってしまいました。

で、伊東くん。
僕は君にこの本を(そう強くは)お薦めはしない。

なぜなら
この本は日清・日露戦争の細かい戦闘描写に章の大半を割(さ)いており、
すると そのあたりの迫力はテレビを観たほうがヒシヒシと伝わると
思えるからです(第2部は今年の12月からOA・らしいが)。

でもね
文字を追って読む、ということの妙は、
やはり行間から読み感じることのできる緊迫感にある。

それは
明治という時代における日本という国の
背筋の伸びたようにシャンとした“佇(たたず)まい”の良さ、
とでもいえばよいのだろうか。

物資に乏しい日本が列強諸外国とタメハリし 自立し続けるためには、
その列強から多くのことを学び、それを日本の血肉にしていく・という所作を
国民ひとりひとりが必死になって考え続け、実行したということ。

秋山好古、真之兄弟の終り晩年、最期のクダリは泣けたね。

ぐっすん。

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カプースチン

2009-12-16 23:00:00 | 札幌で考える

Photo_2あぁ、
僕はまたしても
ハルキ・ムラカミの本を買ってしまった。

やれやれ。

もうあのころの
村上春樹から感じた
透き通った(死の近しい)
違う次元世界の、
読み進むにつれてその世界の住人になりすまさざるをえなくなるような感覚は
もう、なくなってしまったのだから、
もう、買うまいと、そう心に決めていた。
もう。

しかし、買ってしまった。
しかも、短編の再録である。

『いとこは後ろ向きに座り、右の耳を僕に向けた。なかなかかたちのいい耳だった。作り自体は小振りだが、耳朶の肉は焼き上がったばかりのマドレーヌみたいに、ふっくらと盛り上がっていた。
(中略)
僕は彼女の耳に巣食っていた微小な蠅たちのことを考えてみた。彼らは六本の足にべっとりと甘い花粉をつけて、彼女の生温かい暗闇の中に潜り込み、その薄桃色の柔らかな肉をかじり、汁をすすり、脳の中に小さな卵を産みつけていったのだ。でも彼らの姿は見えない。羽音は聞こえない。』 
(「めくらやなぎと、眠る女」P37) 

*      *      *

子どもたちのピアノの影響をうけて、
色々な作曲家や演奏家のピアノ・ソロを聞いている。

先日、
ニューヨーク在住の日本人女性実業家のブログを(たまたま)見ていたら、
NIKOLAI KAPUSTIN の
8 Concert Etudes が素晴らしくて最近はよく聞くのだ、と。

(へぇ)

amazonで検索してみると、
カスタマーレビューには前向きなコメントばかり。

ということで後日、
子どもたちがピアノのレッスンで通うヤマハのショップで衝動買い。

1937年ロシア生まれのカプースチン
自作自演集「8つの演奏会用エチュード」。

リズムはジャズ(のよう)だが、
クラシックをベースとした重厚感があって、
自分としては初めての聴感。

常に変化するメロディラインなので聴き飽きることがなく、
最近はクルマの中でも
家で本を読むときも、
いつもカプースチンを聞いている。

でもイトウくん、
あまりおススメはしない。

コメント (1)
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事業仕分け

2009-12-12 10:42:57 | 札幌で考える

このところ、
数か月前からテレビや新聞紙面をニギわせている行政刷新会議

国が執行する行政・施策や制度が
果たして適正に、効果的に使われる(ている)のかどうかを
政治家や有識者が完全公開性を順守しながらチェックする
内閣府の直属機関のこと(だそうだ)。

目的は、“見直し(廃止、凍結)”。

この取り組み自体に対しては様々な意見があるだろうから
この場で特段のコメントを差し控えたいが、
まさか僕らの仕事の現場まで、影響を及ぼすとは思わなかった。

行政刷新会議のHPでも公開されているから
見せていただいた仕分結果のシートを載せてしまおうと思う。

Photo廃止。

日本の構造改革は進む。

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で、どぉーすんの?

2009-11-03 22:59:37 | 札幌で考える

先日、和光にあるH社で働くM本さんというスゴイ方から
久々のメールをいただいた。

どうスゴイのか・というと、
文学哲学、思想あらゆる学問のことに長じており、
その一方で空手をはじめとする武道全般にも造詣が深い。

僕はこの方にプランニング作法を教わった、といっても過言ではない。

札幌赴任中、
氏は屈託のない関西弁で、
時に会話文脈に何のオカマイもなく意味不明な問いかけを
突如として僕に投げかけてくることが多々あった。

『で、どぉーすんの?』

『はっ?』

『で、どぉーすんの?って聞いてるんじゃ!』

『さて、どうしますかね・・・知りません!』

『「知りません」じゃ通用しないやろ、で、どぉーすんの?!』

この方の“どぉーすんの”は、
答の範囲を限定しないオープンクエッションなので、

① この会話文脈の帰結点
② 今日、この後の予定
③ ここしばらくの身のこなし方
④ これからをどう生きていくのか

以上4つの意味を包含していた。

とても怖かった(コワイ・コワイ!)。

氏のメール、一部抜粋。

『スタジオジブリの作品で「耳をすませば」という良い作品があります。
 その映画の舞台となっている聖蹟桜ヶ丘というところに家を買いました。
 自宅の半径50メートルの範囲に映画の舞台が現実に広がっています。
 文化と自然が融合した素晴らしいところです・・・』

なるほど。
足立、葛飾、荒川、台東区を中心に生活していた自分ですから、
聖蹟桜ヶ丘、と言われても、にわかピンときません。

きっと国立の方だろう、町田の方かな、
なんてボーっとイメージしながらビデオ屋で「耳をすませば」を借りて観てみる。

・・・

なるほど。

なんて坂の多くて、見晴らしの良い街なのだろうか。

以前、テレビで観たそのときは
主人公である雫が創作した小説世界と聖蹟桜ヶ丘で繰り広げられる現実世界が
もっとパラレルにシンクロしていたかのように記憶しているのだが、
そのあたりは自分の記憶違いでそこまで複雑化されてはいなかった(ね)。

それにしても気になったのは、あの太った猫。

きっとあの猫は、あちらの世界とこちらの世界の結界点に住みついた
「門番」のような役割を担っているのではないだろうか。

(あっ!)

そう思った瞬間、宮崎作品の多くには
「あちらの世界とこちらの世界」、
そしてその「結界点」が描かれていることに気がついた。

なるほど。

◇     ◇     ◇

あれ?
前にも宮崎作品の2つの世界の話を書いた気がする。

話は全く、まとまらない。

いわなみ、スマン。

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