青木文雄の 徒然なるままに

いつもの毎日面白く。ときどき映画。

星野哲郎さんを偲ぶ

2010年11月29日 | 日記

星野哲郎さん、去る11月15日に亡くなりました。

昭和を代表する作詞家でした。

その作品、都はるみ「あんこ椿は恋の花」、美空ひばり「みだれ髪」、

渥美清「男はつらいよ」北島三郎「函館の女」、水前寺清子「365歩のマーチ」、

スリーキャツ「黄色いサクランボ」等。

私は、数ある名曲のなかで北島三郎「函館の女」、昭和40年(1965)

が好きだ。

 

はるばるきたぜ函館へ、さかまく波をのりこえて、

あとは追うなと言いながら、うしろ姿で泣いてた君を、

おもいだすたび逢いたくて、とても我慢ができなかったよ。

 

私は昭和46年に社会人になりました。最初の年は大学生活から抜

け出せず、会社生活毎日ボーとしてました。ある時、職場仲間との飲

み会で、業務では厳しい上司が「函館の女」の振り付けで踊ってくれた。

「とても我慢ができなかったよ」を我慢に我慢して、やっとたどり着いた

トイレまでの様子を。

それは見事に演じた。でもトイレは使用中で入れない。職場の仲間と

歌い思い切り笑った。

「函館の女」歌ったあの日をさかいに、社会人の生活にチェンジしたよ

うに思う。

    


いこ餅をご存知ですか。

2010年11月27日 | 日記

いこ餅をご存知だろうか。

鹿児島だけの餅菓子、もち米を

先に煎ってから作る。

私が小学生の頃、初めて母の故郷、

鹿児島に、家族で帰った。

昭和30年代で東京から鹿児島

までの旅は大変だった。

迎えてくれた祖母が、私たち孫に

作ってくれたのが、「いこ餅」だ。

これが美味かった。

いまでは母の実家で作ることは

なくなったが、ある時、鹿児島

空港土産店で、「いこ餅」を見つ

けた。そのときは嬉しかった。

鹿児島は「かるかん」や「あく巻き

もある。でも私は「いこ餅」なのだ。

土産に買って、一個は空港の待ち

時間に一人で食べた。

懐かしい祖母の味だった。

最近むしょうに食べたくなる。

 

社内のメールで鹿児島弁の早口

言葉を見つけた。意味がわかり

ますか。

 

わいがおいせぇ『わいわい』

ちゅで、おいもわいせぇ

『わいわい』ちゅたっど、わい。

 

 

 


一枚撮ったら

2010年11月16日 | 日記

百目(ひゃくめ)柿をいただいた。よく手入れの行き届いた老木に 

でかい実が成っていた。みごとな柿の実におもわず一枚撮った。

気がついたら柿の主がいて、「食べるかい」と声をかけてくれた。

完熟した柿を見つけてくれたが柿には手が届かない。

「届かないな」と小さな声で言い、柿の主はどこかに消えた。

食べるかいの話はここで終わったと思った。

ところが再び、柿の主は脚立を持ってやってきた。

いただきます。ありがとうがざいました。

 


野鳥の森ガーデンを楽しむ

2010年11月14日 | 

館林野鳥の森ガーデン。11月14日ガーデン特別開園。

あ~~!ごめん。ごめん。バラの名前メモしてこなかった。

ブルー系の色彩の花色探しましたが残念。

黄、オレンジ系、赤系、白、ピンク系の色彩をお楽しみください。

バラの香りが届きますように。


晴れた日には散歩を (柑橘類)

2010年11月13日 | 日記
旬の柑橘類果実が実る。

 

ご近所のM氏宅前で写真を勝手に撮っていた。

 

M氏が出てきて、「食べるかい」

 

 



お隣のO氏宅柿、岐阜時代は富有柿をよく食べた。この柿は何かな?

 

毎年この季節にいただく。

 

 



え~~!似てるな。すだち?かぼす?

 

熊本時代は焼酎にかぼすをキュッとしぼつて飲んだ。

 

 


晴れた日には散歩を (栃木、田楽あぶでんまで)

2010年11月03日 | 旅行

栃木駅からゆっくり散歩。県庁堀まで徒歩15分。


写真は栃木市役所別館を表面から。



栃木市は明治16年まで栃木県庁の所在地だった。
現在その敷地に堀が残っている。
堀の鯉と鴨がえさを求めて寄ってくる。
鯉のえさ30円。えさはすべて鴨に食べられた。









例幣使街道を散策、田楽あぶでんまで。
創業約230年の味噌専門店「油伝味噌」に
併設する食事処。田楽盛合せは500円。