寓風記聞

令和世間話 自然災害 ミサイル 【記事不許複製】

過去の教訓に学ぶ『油断禁物』 Hi-netから敦賀湾沖の地震履歴も消えました

2024-01-01 23:06:20 | 津波
いつのまにか、防災科学研究所Hi-netの高感度地震観測網の地図上から秋田県内陸の地震情報だけではなく、敦賀湾沖の地震情報も消えていました。

これで、筆者が敦賀湾沖、能登半島沖、秋田県内陸部、青森県沖の4点を結んだ線は描けなくなりました。

もしかして、防災科学研究所関係者がこのブログを目にし、煽り行為と見做し削除したものか、またはこの二カ所の地震情報に誤りがあったかのどちらかでしょう。

素人が思いつきで、学術的に根拠がない推測を拡めるな、ブログに書くなと言う警告かもしれません。
筆者の書き方は良くない面があったと思いますが、フェイクではありません。
公開情報を訂正記事なく『いつのまにか削除されていた』に少し驚いています。

筆者の目的は決して煽りではなく、『油断するなかれ』と言いたいだけなのです。

マグニチュード9だった東日本大震災の二日前3月9日にマグニチュード7.3の大きな地震と津波が発生したにも拘わらず、気象庁は今後の余震に注意という警告を行ったことに止まりましたが、その後見直しがあったと思われます。

『余震』と言う言葉は誤解を招くので使うべきではないと東北地方の住民である筆者は、震災後、ブログに書きました。
その地震以降はそれより大きな地震には見舞われないだろうという油断を招くからです。
しばらく見直しが行われることはなくガッカリしていたのですが、同様に思う人がいたのでしょう。
いったん『余震』という言葉は使われなくなったのですが、今日のTV報道では、やはり『余震』という言葉が使われていました。

『津波は既に到達した』とだけ言うと、すでに到達したから、もう大丈夫と解釈する人がいます。
『津波の第一波は既に到達したものの、さらに大きい壁のような第二波、第三波が打ち寄せる危険があります』くらい言わないと、避難した人たちが帰宅してしまう可能性があります。

専門家や津波の歴史を調べたことがある人間なら、どこかで読んだことがあるでしょう。

1896年明治29年6月15日(旧暦5月5日)の明治三陸地震津波のときは、津波襲来の1時間20~30分前の午後7時頃に小さく長い地震があり、その後何度か微震があったということです。
そして、海のかなたから大砲のような轟音が聞こえたものの、軍艦の訓練くらいに考え、気に留めず、端午の節句の日に団欒している最中に、大津波に襲われたのだといいます。

過去の教訓に学ぶことは多いと考えます。
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珠洲外浦、輪島市潮位観測所は欠測、輪島港潮位観測所の潮位計は破損か

2024-01-01 18:20:20 | 津波
気象庁HP、潮位観測データを参照。

珠洲市、輪島市の潮位観測データは欠測となっている。
破損したためか。

輪島港潮位観測データも1m20㎝から測定できていない模様。

このような事象は、東日本大震災でも見られた。

つまり、それ以上の津波が襲来した可能性が否定できないということである。









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12月8日釧路~青森沖の海底地震計にトラブル…データ取得できず 12月21日政府発表 最悪19万9000人死亡 日本海溝・千島海溝地震被害想定 

2021-12-21 15:15:44 | 津波
相当、切迫した状況なのでしょうか。

気象庁は12月8日に以下のように発表しました。
『北海道・釧路~青森沖の海底に設置した地震計などの観測データが取得できない障害が発生。
釧路沖で大地震が発生した場合、緊急地震速報の発表が最大15秒程度遅れたり、津波の大きさの予測精度が落ちたりする恐れがある。
太平洋沖に設置した日本海溝海底地震津波観測網( S―net(エスネット) )の23カ所の地震計でデータが得られないトラブル。
2016年の運用開始以降初めてのこと。』

このトラブルが解消したというニュースは出ていません。
そもそもトラブルの原因は何でしょうか。
海底ケーブルや海底地震計が直接破損する事故が起きたのでしょうか。
新たなケーブルや地震計を敷設・設置しなければ、解決は難しいのでは。

そんな中、昨年公表された『日本海溝・千島海溝地震被害想定』が本日、改めて内閣府から示されました。
コロナ禍の下、物流にも遅延が生じ、医薬品製造にも遅滞を生じている中で、メガ地震津波が発生した場合は、災害発生に続く原子力災害、感染症拡大、経済危機など有象無象の被害が心配され、真の意味で「日本沈没」を免れないと思います。
 
TBSテレビ日曜劇場のドラマ「日本沈没」はいかにも急ごしらえでした。
パンデミックとのダブルでピンチに陥り、取ってつけたような終わり方でしたが、主役を演じた小栗旬氏は既に活動拠点をロサンゼルス(大地震が来そうな場所ですが)に移し、杏氏はこれからパリに拠点を移すのでは、という噂があります。
演じている中で、日本での生活に災害の危険をはじめ諸々の危機感を抱いたわけではないだろうか、などと考えてしまいます。

その上、色々な事件が立て続けに起きて、ザワついた年末となりました。
 
 
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おや?三陸沖アウターライズ地震は大丈夫?

2017-08-30 23:04:32 | 津波
北朝鮮ばかりに気を取られている間に、防災科学研究所のHi-net高感度地震観測網のチェックが疎かになってしまった。

今日のHi-netを見たところ、「おや?」と思う変化があった。






青森、岩手、宮城三陸沿岸の微小地震の巣のはるか太平洋沖に、弧を描いたように地震の発生がみとめられる。
一々地震発生地図を保存していないので、明確ではないが、以前に比較して発生回数が増えている印象が。

これはもしかして、アウターライズ地震というものではないだろうか。
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失敗を繰り返さない:警鐘―東日本大震災3.11前々日の3.09マグニチュード7.3地震津波を忘れるな

2016-11-22 22:24:30 | 津波
油断は禁物だ。
本日2016年11月22日午前5時59分マグニチュード7.3福島県沖地震、これが最大の地震だと思わないことにしよう。
東電福島第一原発は壊れたままなのだ。
少しずつ少しずつ崩れていっていると考えよう。

2011年3月9日マグニチュード7.3の三陸沖地震に引き続き、津波は来た。
しかし、それ以上の地震津波が二日後にこようとは誰も考えなかった。
これが本震で、あとに続くものは余震と考え、3月9日より規模は小さいだろうと誰もが油断し、3月11日、多くの住民が初め緩々と避難している様子をTV報道で見た人も多かろう。

しかし、この失敗を繰り返さないよう声を大にするどころか、大方はこの事実に触れまいとし、忘れられ去られている。

被災地、被災者、関係者にとって東日本大震災の傷跡は現在進行形であることを忘れないようにしたい。

正直なところ、東京オリンピック?それがどうした? ○○もやすみやすみにして欲しいと言いたい。

【Wikipedia】
三陸沖地震(さんりくおきじしん)は、2011年(平成23年)3月9日11時45分頃(JST)に三陸沖を震源として発生したM7.3の地震。
青森県から福島県の太平洋沿岸に津波注意報が発表され、大船渡で 55cmの津波を観測した。2日後の3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の前震と考えられている。


【参考】気象庁発表
平成23年3月9日11時45分頃の三陸沖の地震について
報道発表日 平成23年3月9日

本文

地震の概要と津波警報等の発表状況
発生日時 3月9日11時45分
マグニチュード 7.3(暫定値)
場所および深さ 三陸沖(牡鹿半島の東、約160km付近)、深さ8km(暫定値)
発震機構等 西北西-東南東方向に圧力軸を持つ逆断層型 (速報値)
震度 【最大震度5弱】宮城県栗原市(くりはらし)、登米市(とめし)、美里町(みさとまち)で震度5弱を観測したほか、東北地方を中心に、北海道から近畿地方の一部にかけて震度4~1を観測しました。
津波注意報 青森県太平洋沿岸、岩手県、宮城県、福島県(09日11時48分発表)
○ 津波の観測状況
 9日12時28分現在、検潮所での観測値は次のとおりです。
  気仙沼広田湾沖* (第一波:9日12時00分 押し 0.2m 最大波:9日12時07分 0.2m)
  大船渡 (第一波:9日12時08分 引き 0.1m 最大波:9日12時16分 0.6m)
  釜石 (第一波:9日12時09分 引き 微弱 最大波:9日12時18分 0.4m)
  石巻市鮎川 (第一波:9日12時13分 引き 微弱 最大波:9日12時25分 0.5m)
  *印は沖合いのGPS波浪計観測点

○ 余震活動の状況
 9日12時40分現在、震度1以上を観測する余震が4回発生しています。
 最大は、11時57分に発生したM6.3(最大震度3)です。

○ 防災上の留意事項
  津波注意報を発表している沿岸については、十分注意してください。
  揺れの強かった地域では、余震による揺れに引き続き注意してください。

○ 緊急地震速報の発表
 この地震に対し、地震検知から6秒後に緊急地震速報(予報)を発表しました。
 なお、緊急地震速報(警報)については、発表基準(最大予測震度が5弱以上)に達しなかったことから発表しておりません。


図表等を含めた資料全文につきましては、下記の「資料全文」をご参照下さい。

平成23年3月9日11時45分頃の三陸沖の地震について[PDF形式: 862KB]
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たかが1mの津波?―バカも休みやすみ!…津波と高波は大違い

2016-11-22 21:46:20 | 津波
「たかが1m」とか「たかが膝下までの津波」とかいう言葉がネット上に躍っていることに驚いている。

1mの津波に流されれば命はないだろうに。

今から7,8年前、太平洋沿岸で、海底地震後の、他人の言うたかだか10~20cmの潮位変化を経験したときのことだ。
カッターレースに関わり、毎日、埠頭に出掛けていたので、ちょっとした潮位変化の前後の差を体験した。

港は、流木やゴミ、千切れた海藻や流入物だらけ、海水はすっかり濁り、前日までの美しい海が嘘のようだった。
しかも、港は胸の悪くなるような生臭い空気に満ちていた。

地震による津波や潮位変化は、通常の高波など海面近くの海水の移動とは異なり、海底を掘り起こして根こそぎ浚ってしまうものだと実感した。
数十cmの潮位変化といえども、海底ごと浚っていくエネルギーの大きさといったら、バカにならないのである。

大津波を体験した人たちは口々に「津波は真っ黒だった」と言う。

消防訓練で放水ホースを握ってみれば、放水とともに反動で体が飛ばされそうになるのはよく経験されるところだ。
地震による潮位変化や津波は、そんなものの比ではない。
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始まった―小名浜で引き波

2016-11-22 06:57:01 | 津波
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スペイン巡礼のホタテ貝と青森の貝焼き味噌―東日本大震災から5年に想う

2016-03-13 19:46:09 | 津波
昔、スペインを訪れ、彼の地はいたくお気に入りの地となった。

この国は一見明るい印象を与える。しかし、キリスト教とイスラム教との戦い、キリスト教ユダヤ教異端裁判、アメリカ大陸をはじめとする世界各地における植民地政策、スペイン内戦などなど、文字通り『光と影』の険しい道を辿って来たことを、自分もかつては知らなかった。

安土桃山時代から徳川時代の初期にかけ、彼の地より多くの冒険者が日本を訪れた。キリスト教布教の裏側に隠された世界征服の野望を察知した秀吉、家康など当時の為政者たちの目は厳しく、その後切支丹禁制や鎖国政策がなかったら、多分今頃、われわれの名はマリアやマリオ、ホアンやイザベルだっただろう。

ともあれ、スペイン旅行はとても楽しかったので、今度のスペインは是非とも巡礼の道サンチャゴ・デ・コンテスポーラを、と思ったものだが、いまだそのチャンスは巡って来ない。

キリスト教巡礼のしるし、聖徒ヤコブのシンボルはホタテ貝で、カトリックの国々や宗教画ではおなじみであるが、その由来についてはヤコブが漁師だったから、だとか諸説あると言う。
巡礼のシンボルホタテ貝の由来については筆者は絶対の自信をもって断言できる。

ホタテ貝は古来、海辺から移動する人々にとって食器等として必須アイテムだったに違いない。スペインガリシア地方の海岸はリアス式地形の語源となった「ria=入り江」が連なり、森川海の豊かな自然が魅力だという。その州都がサンチャゴ・デ・コンテスポーラであるという。

筆者がかつて青森県内で大枚四千円だったかをはたいて買ったホタテの貝皿。(昔に比べると大きな貝殻を見つけるのは至難の業だ。)年に2、3回しか使っていないのだが、無性に食べたくなるのが、青森県地方に伝わる貝焼き味噌である。
ちなみに昔、魚屋が並ぶ未舗装の道路には砕いたホタテの貝殻が敷き詰められていたものだった。

ご当地の居酒屋や郷土料理屋などで注文すると、ホタテの貝柱なども入り大層豪華なものだが、筆者のそれは貝殻に煮干しで出汁をとり、長ネギを加え味噌をとき、最後に卵でとじて、あつあつのご飯にかてて食べる、といういたって質素なものだ。
これを食するときは、昔人の質素な食生活に思いを馳せるのである。

スペインを訪れ、ホタテ貝のシンボルをあちらこちらで目にしたときは、洋の東西を問わぬ昔の人々の質素でつつましやかな旅路の食卓を想像したのである。そして旅人が、その貝殻で水を掬って飲んだり、ちょっとした煮炊きをしたであろうことは想像に難くないのだ。

東日本大震災から5年たった。

岩手県沿岸被災地の人たちから、沢から水を運んだ話、煮炊きをするのに空き缶などを探した話などを聞いたことを想い出した。

転々とした避難所、避難経路や日付などを小さなレシートやチラシの切れ端に避難所でもらった小さな使い捨て鉛筆でびっしりと書き込んだメモを取り出し、必死で説明してくれた福島の被災者のことを思い出すのである。福島第一原発事故から2ヶ月も経たぬのに、「東京の娘の嫁ぎ先も含め、もう8か所も転々としたよ。」という言葉も聞かれたのであった。あの人たちは今頃どうしているのだろうか。

今では、ホタテ貝を見ると思い出すのはスペインの巡礼の道ではなく、東日本大震災後の常陸、三陸リアスの人々である。




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津波潮位上昇中ー岩手県久慈港で津波潮位偏差は1メートル超え

2015-09-18 08:42:18 | 津波
9月18日午前8時30分現在

久慈港湾局の観測データは図のとおりだ。


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津波報道には工夫が必要ー高さ40㎝も引き波入れれば80㎝以上

2015-09-18 08:35:14 | 津波
たかが10㎝、40㎝というなかれ。

引き波を含めると、潮位の差は80㎝以上になっている。
気象庁の潮位観測情報でそれが判る。

80㎝の差があれば、海岸に流木やゴミが流れつき、カキやホタテの養殖いかだにも影響は少なくない。

報道の仕方にはもっと工夫が必要だ。

グラフや時系列表示を行うべきだ。




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安倍昭恵さん、巨大防潮堤の見直し求めるーそのとおり!

2015-03-14 19:22:31 | 津波
津波被害を縮小できるという意見もありますが、その効果はいかほどなのでしょうか。

安倍昭恵さんの主張通り、自然破壊は子々孫々に大きな影響を及ぼしかねない、と心配です。

東日本大震災はわが国の歴史上の残る災害の一つですが、「有史以来」とか「未曽有」の大災害ではないと思います。
明治29年三陸地震大津波では2万2千人が命を落としています。大正11年12月のわが国の人口はおよそ4300万人、主な被災県の人口は、岩手県70万3千人、青森県58万4千人、宮城県80万8千人と報告されています。
特に岩手県沿岸では人口7万6千人のうち1万8千人、4人に1人が亡くなりました。

住民感情は大切ですが、同じことを繰り返してはなりません。
国・地方自治体は住民に対して、津波対策の基本は高台移転、と明確に示すべきでしょう。

今回、地震に続く原子力災害さえなかったら、復興は今より早いスピードで進んだはずです。
福島第一原発事故こそ未曽有の災害といえます。なぜ、原発再稼働という議論になるのか信じられません。
福島県浜通りの人々、特に避難されている方々の塗炭の苦しみを目の当たりにすれば、原発再稼働などという発想は出てきません。
廃炉には時間がかかるので、原子力関係者は即座に仕事を失うわけではありません。電力供給以外の事情があるのかと裏読みしてしまいます。

さて、大正12年の関東大震災では死者は10万人以上に上りました。当時のわが国の内地(植民地支配の時代でした。)人口はおよそ6000万人でした。
流言飛語、差別による死者も少なくなかったようです。今日でもヘイトスピーチと暴力がエスカレートする危険があり、大きな問題です。

今求められるのは、巨大防潮堤より、被災地における災害復興住宅の建設と居住圏の再構築、そして、首都直下型地震に備えた建物耐震・免震化、老朽化建造物対策、火災対策ではないでしょうか。
東京オリンピック誘致の理由の一つとして、多少なりとも都市構造の改善もあるのだとは思いますが、そんなものでは到底間に合いそうにありません。

もはや首都圏は手の付けようがないほど過密です。首都機能の分散化を急ぐべきだと考えます。
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奇跡の一本松-賛否両論あれど

2013-06-30 09:40:59 | 津波
 岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」が紆余曲折の末に完成した。
 一億五千万円ほどの募金が集まったとか。

 巨額の資金を要したことについて、観光資源として有効だとか、子どもたちの奨学金に使用すべきだったとか、賛否が分かれている。

 個人的には、それだけのお金が集まるのなら、「陸前高田奇跡の一本杉奨学金」とでも銘打って、子どもたちの将来のために使用したほうが良かったのではないかと思う。ただ、復興奨学金はあるだろうし、奨学金制度の事務を継続する体制をどうするかなど、課題は出てくる。
 勢い、継続的事業より一時的な事業に取り組むことが多くなるのだろう。

 観光資源としての経済効果は、どれだけ期待できるだろうか。

 しかし、「一本杉を残したい。」という方々の寄付であろうから、形状はどうあれ、一定の目的は達せられたのではないのだろうか。

 東日本大震災後のモニュメントについては、岩手県大槌町の民宿の屋上に乗り上げた釜石の観光船「はまゆり」を残したらどうか、という意見があったことなど思い出される。

 一本杉のモニュメントによって、津波が記憶に留められるのは間違いないだろう。

 モニュメントの老朽化対策について、十分な見通しと準備がなされているのか気になるところではある。
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2011.3.09前震があった3.11の二の舞をしないように。

2012-01-02 20:48:48 | 津波
2011.3.9に津波地震があり、嫌な感じだと思っていたら3.11に大震災が起こった。
あそこで、もう少し、注意を喚起しておいても良かったのではと、今更ながら。
今となってはあとの祭りだが、3.09には小さいけれど津波も起きていたのだから…。

2012.1.1の地震も前震だと考えて、怠りなく準備しておこう。
リュックの中身を冬バージョンに更新した。

神奈川にはクジラも打ち上げられたらしいことだし。
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三陸大津波の歴史を伝えるということ

2011-12-17 12:50:31 | 津波
(写真:岩手県立高田病院の窓から高田松原を望む)

三陸の津波の体験と歴史を伝えてきた山下文男氏が亡くなった。
ご冥福を祈りたい。

陸前高田を訪れて以来、三陸大津波の襲来が私にとって最大の心配事になった。
高田で仕事中にちょっとした地震があり、椅子から腰を浮かして、津波が来ないか心配する私に苦笑する人もいたものだったが、そのことがブログをはじめるきっかけとなり、以来6年余りが経った。不思議な縁を感じずにはいられない。

そんな怖がりの自分が、その後、縁があって、三陸で暮らした時期もあり、仕事の中で自然災害発生時の対策に多少なりとも関わった。
今は被災地を遠く離れて暮らしているが、かつて福島県浜通り、仙台、岩手県沿岸に暮らしたことのある私にとって、東日本大震災は心が揺さぶられる大きな出来事であった。

岩手県に長く暮らしていながら沿岸部にほとんど行ったことがなかった私は、大船渡市博物館の充実した津波展示コーナーや関連施設に立ち寄ってみるようになった。
結果、岩手県立博物館など岩手県の主要な施設には三陸地方に連綿と続く津波の歴史を伝える展示がないことに気がついた。
2005年当時、盛岡駅前に建設中の「いわて県民情報交流センター 通称アイーナ」の展示についてパブリックコメントが行なわれていたので、「岩手県には津波の歴史を伝える県の施設がないため、岩手の玄関口盛岡駅に近いこの施設内にそのコーナーを設け、広く県民や県外から訪れた方々にその歴史と教訓を伝えるべきだ。」と提言した。
行政言語(あえて行政用語と言わない)を知らなかった私は「前向きに善処」という回答に大いに期待したものだった。しかし、完成したアイーナの中に津波に関する展示スペースはなかった。

今度こそ、岩手県には、おそらく将来も繰り返されるであろう三陸の津波の歴史と教訓を伝える施設整備を期待したい。
住民や自治体に対しては、(無理な話かもしれないが)あえて言わせていただくなら、利便性を優先して再び悲劇を繰り返さぬよう、歴史が伝えてきた事実に目を向けて頂きたい。

明治29年の明治三陸大津波では岩手県は1万8千人の命を失った。津波の前年明治28年の岩手県の人口は70万5千人。この津波で岩手県沿岸部は全戸数の半数、人口の2割以上を失ったのである。
今回の津波を「千年に一度」とか「未曾有」という人がいる。だから仕方がなかったのだと慰めのつもりなのだろうが、間違っても、「あと千年は来ない」などと思ってはならない。
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東通原発にプラス2mの防潮堤・防潮壁

2011-04-29 12:42:41 | 津波
東北電力は経済産業大臣「平成23年福島第一・第二原子力発電所事故を踏まえた他の発電所の緊急安全対策の実施について」指示を受け、短期・中長期対策を報告した。

今後3年間を目途に防潮堤・防潮壁の設置を追加対策とした、という内容だ。

敷地海側に2mの防潮堤を設けることにより、敷地標高13mと合わせ、15mの津波対策としたそうだが、その構造については説明がない。
福島第1原発を襲った津波の高さ14mを踏まえた措置だが、正直言って、安易な発想としか思えない。

世界最深の釜石の防波堤、世界一の田老の防潮堤はひとたまりもなかったにも関わらず。

しかも震源を南三陸に想定している、など素人目にも杜撰な設定で、厳しい検証が必要だ。

そもそも、津波対策と高波対策を混同していないだろうか。

波の高さだけを判断材料にした今回発表の対策は、防災関係者、専門家の意見を容れたものとも思えぬ、地域住民を馬鹿にしていると言われても仕方がない。

津波の持つ破壊的なエネルギーについて本当に防潮堤が解決策になり得るのだろうか。
東北電力には東京電力と同じ轍を踏まないで欲しい。
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